第60話 精霊との契約
待合室の隣。といっても、そこには儀式場へ続く長い階段の入口があるだけだった。世界樹の表面に沿うようにつくられた遥か高所まで繋がっている。ラットたちは、ゆっくりとその階段を上っていく。
「なあ、これどこまで続いているんだ?」
「世界樹の頂上付近にある大きなうろ内に大精霊様がいるんだよ。そこに祭壇があるんだ」
「まじか。俺は構わないんだけど……」
口を閉ざしたリオンは、ポニのもとに徐に行くと、
「失礼するぜ。よっ!」
「きゃっ!!」
彼女を、肩に逞しく担ぎ上げた。甲高い悲鳴が響き渡る。
どうやら、息の乱れ始めていたポニを気遣ったらしい。長い階段だ。一般人の彼女には厳しいだろう。
「牧場の仕事をしてるとはいえ、さすがにきついだろ? 担いでやるから休んでろよ。せっかくの衣装も乱れちまうしな」
さすが冒険者の中でも前衛職。体力も筋力も並ではない。人一人を担いでも、けろりとしている。
リオンがそうするなら自分もと、ラットはミルを見た。
「ミル」
「大丈夫……」
が、手を伸ばす前に断られた。
考えてみれば、ミルも前衛職だ。いや、それ以前にギアノイドでもある。以前アーティファクトについて半日近く語り合ったときも平然としていた。ラット以上に体力はある。必要ないに決まっていた。
〝だったらエレを……〟と思ってエレを見るが………
鼻歌を歌いながら浮遊する彼女の姿に、心を折られる。
(エレは飛べるんだった……)
言葉さえ出せない。撃沈した。
男として必要とされていないような疎外感。言いようのない虚無が胸に広がり、階段を上る足が重くなる。
そのときだった……。
「ラット……、衣装の裾…………持てる?」
「はいっ! 喜んでっ!!」
勢いよく駆け上がる。
彼女の長い裾を嬉々として持つ。
ミルの優しさが温かかった__。
*
長い階段を上り切り、ラットたちはついにウロ内へと足を踏み入れた。
視界に広がったのは、鏡のような湖。静まり返ったウロ内に、葉のさざめきが心地よく響き渡る。肌に触れる空気は澄み渡り、一際冷たい。余計なものが一切混じっていない、高潔な空間。ただただ、それを感じさせた。
湖に架けられた木道を抜け、湖内にある島へとやってきた。
「着いたわよ〜〜」
エレは振り返り、告げた。
湖の傍では、世界樹の枝やうろ内から見つかった石などによりつくられた奉納台が静かに佇んでいる。
この台は、水の大精霊〝ヴァッサ〟に対する敬意を表すために築かれたものであり、精霊信仰の中心としての役割を果たしているものだ。
台の上部には、流木のような自由な形だがどこか魅入られる棚がある。
エレに言われ、まずはその棚にたくさんの供物を並べる。
隙間なく埋め尽くし、最後に、その中心に置く。青銅製の小さな盃。ポニが、神酒を祈りを込めて注ぐ。大精霊への供物として捧げるために。
こうして、準備は完了する。いよいよ、契約のときがきた__。
エレはヴェイルスキンを解除する。
一瞬の後にラットたちの前に現れたのは、掌大のエレ。妖精族の、本来の姿。
エレは魔力を操作し、置かれた鞄から六つの祭具を取り出した。小さなエレを中心に、六つの祭具は等間隔に配置される。フワフワと浮きながら、奉納台の手前で止まる。エレは一礼をし、台へと上がっていった。
ポニ、ミルが続く。ポニの傍には契約することになる中級精霊。ミルの手には、綺麗に補修され、儀式のために装飾を施された箒。
台の中央にきたエレは向き直り、ポニの前に立つ。ミルはポニへ箒を渡し、台を降りた。
エレは深く息を吸い、吐く。
それだけで、周囲の空気がわずかに揺れた。
言葉はない。
ポニも目を閉じる。
精霊たちの息吹を求め、意識を内へ、さらにその奥へと沈めていく。
意識の奥底で感じる意思。
それがアーテムだ。
ポニがアーテムへ触れる。
アーテムもポニへ触れる。
二人の意思が、魂が触れ合う。
互いが通じたのを感じとったエレは、言葉を紡いだ__。
ここに集まりし、火、水、風、地、光、闇の精霊たちよ!
大精霊〝ヴァッサ〟の庇護のもと、我らの誓いを聞き届けよ__。
炎の煌めき、水の静寂、風の囁き、土の安定、光の導き、闇の守りを契約の証とします。
<コントラクト__アーテム>
詠唱と同時に漏れていた魔素が激しさを増し、噴出した。
魔素の柱の天辺に、巨大なクラゲが顕現する。
水の大精霊〝ヴァッサ〟だ__
揺らめく気配。
見たところ目はないように思える姿だが、こちらを見ている……。
そう感じさせた。
ヴァッサの持つ水の魔力の影響か、それともあたりから吹き出す魔素の影響か、ラットたちは水中に沈んでいるような感覚にさえ陥る。しかし、呼吸はできる。肌に感じる感覚は、森で出会った〝ラオム〟のようにひりつく感覚とは違う。包み込まれるような心地よさがある。どうやら歓迎されているようだ。
ヴァッサは契約者と中級精霊を見定めるかのように、台の周囲を漂いながら周った。
試すような沈黙が流れる。
拒まれてはいない……、が値踏みされている。
精霊と契約するに値するものかどうかを。
その間、ポニは動かない。
焦りも、恐れも、押し殺す必要はなかった。
ただ、そこにあるままに祈り続けている__。
何度か周った後、強く輝き出した。瞬間、ポニとアーテムも輝き出す。
「契約は結ばれた__」
声が轟き、輝きは消えた。
同時にヴァッサも姿を消していた__。
先ほどと違うのは、強く感じる繋がり。
ポニは今までにない感覚に少しだけ戸惑っていた。
そして、ポニの持つ箒が動き出す。
一帯を飛び回る。契約の完了に、はしゃぐように。
「アーくんは?」
「あの箒に宿っているのよ」
ポニが箒を見つめる。
答えるように箒は動く。
「ずっと箒の中なんですか?」
「精霊魔法を使ったり、媒介を武器として使用したりしたいときだけね」
エレはにっこりと笑った。
飛び回っていた箒はポニの元に戻ってきた。
ポニは箒を抱きしめる。
「よろしくね! アーくん」
答えるように箒が小さく動いた__。
【改訂版のご案内】
一章・二章を大きく見直し、三章も一部再整理した改訂版を公開中です。
四章以降については、現状ほとんど変更は入らない予定となっています。
改訂版は二話ずつ更新しておりますので、追いついたタイミングで、そちらへ移行していく予定です。
なお、伏線や物語の本筋に変更はありませんので、
現在こちらを読んでくださっている方は、そのまま読み進めていただいて問題ありません。
あとがきでは、Xにてご要望の多かったキャラクター同士の雑談形式の小ネタや裏話、次回予告なども掲載しています。
最後に、もしよろしければ何かしら反応などもいただけたら励みになります。
引き続き、『元勇者パーティのアイテム係』をよろしくお願いいたします!!
改訂版
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