第46話 敬意の対話
朝の風は冷たく、肺に入ると意識がはっきりする。ラインブリースの外れ。静かな牧場地帯。緩やかな坂道。踏み締める足音と呼吸だけが規則的に続く。
ラットの身体能力は低い。だからこそ、訓練は怠らなかった。日課として、今日も、まだ誰もが寝静まる朝方、走っている。
視界の端に動きが入る。
ここは牧場だ。柵の中で家畜がゆっくり動いている。その間を、小さな影が忙しく動き回っていた。
ラットは足を緩める。
ポニが家畜たちの中心に立っていた。腕を軽く振ると、小鳥がその動きに合わせて群れを誘導する。チリリだ。家畜が自然とまとまり、餌の方へ流れていく。
ラットは近づく。
「おはようございます」
ビクッ__
ポニの身体が跳ねる。
(どうやら驚かせてしまったようだ)
ポニは振り返り、何事もなかったように笑顔で挨拶をした。
「ラットさん、おはようございます」
ピュイ__
チリリがポニの肩に止まる。
「犬ではなく、鳥なんですね」
牧羊犬、ではなく、牧羊鳥といったところか。
クスクス__
ポニが笑う。
「そうなんです」
チリリを指であやしながら話し出す。
「前に私が家畜たちの世話をしようと納屋に行ったらこの子が寝ていたんです。そのときに少しだけ一緒に遊んだら懐いちゃって。なんだかんだで居ついて、いつの間にか動物の誘導もしてくれるようになってたんですよ~」
チリリが軽く羽ばたく。
ポニが指先で示す。
「チリリ、ご挨拶」
羽を広げ、鳴いた。
「ぴぃー」
ついラットも小さく頭を下げる。
「おはようございます……」
少しの沈黙。風が通り抜けた。
「ラットさん、お早いんですね」
「僕は日課の走り込みです。皆さん、すごい方ばかりですから、町や村ではこうして感覚をなくさないようにしているんですよ」
「精が出ますね」
ポニは満面の笑みで労ってくれる。それだけで、疲れが吹き飛ぶような感覚さえ覚える。
「お食事はどうなさいますか?」
「もしかしたら今日は……いえ、時間が合えば、伺いますね」
そう。
これからどう転ぶのか、わからない。
ロック……
正直なところ、杞憂に終わる可能性は十分ある。
「それでは、行ってきます……」
ラットは真剣な表情でその場を後にした。
「いってらっしゃい……」
ラットの突然の表情の変化に何かを感じとったのか。ポニの挨拶も少しだけ歯切れが悪かった__。
*
ラットは再び走り出す。
通り抜ける風。
再び刻まれる足音と呼吸__。
ポニの姿はみるみる小さくなっていく。離れたところには、人気のない森。ポニとは逆で次第に大きくなっていく。
(そろそろ村外れか。やっぱり杞憂だったかな)
そう思ったのも束の間。
違和感__。
空気を裂く音。
風の流れが歪んだ。
ラットは地面を蹴り、横へ跳ぶ。
(来た!!)
直後、地面が抉れた。長く真っ直ぐに伸びた弾が通り過ぎ、地面に一直線に跡を残す。
着地し、転がるラット。立ち上がり、周囲を見る。
「やあ、ラット」
意外だった。次の攻撃を警戒し、マジックバッグに手を入れていたのに。
来たのは攻撃ではなく、言葉__。
現れたロックは、さらに続けた。
「腕は鈍ってないみたいだね」
ラットは警戒を怠らない。無言のまま、ロックの次の行動に注意を払う。
「おいおい、つれないね。せっかく、話をしようとこうして近くに来たのにさ」
「話……?」
視線がまっすぐ向けられる。
「王城ではゆっくり話せなかったじゃないか。一度は道を同じくした仲間だ。殺す前に、話しておきたかったんだよ」
「僕と話したかったの?」
ロックが笑う。
「意外?」
「正直、女性にしか興味がないと思ってた」
「ああ、好きさ。だけど、狙撃して終わりじゃ、俺としても寂しさがあったんだ」
少しの間。ロックはラットの表情を窺うように目を逸らさない。
「俺は影に潜んで遠距離から敵を撃ち抜く。君は姿を眩ませ、陰ながら勝ちに導く」
視線が交差する。
「似てるのに違う……」
冷静な呟き。
「俺がスマートな戦い方なのに対して、君のそれはとても泥臭い」
次第に熱が入る。
「パーティのために、泥にまみれ、ほこりにまみれ、ひたすらに影を演じ、自分のすべてを出し尽くす!!」
ロックは高らかに叫んだ。
「泥臭いのに、とても魅力的だ。男だとしても、一目置かずにはいられなかった」
熱さも束の間。
「パーティの中でも、俺は特に……」
次の瞬間には、冷静さを取り戻し、言葉を発する。
「ラット、お前を買っているんだ」
対等な相手へ向ける、眼差しで。
「……それで、わざわざ姿を見せたの?」
ロックが頷く。
「敬意だよ」
沈黙が流れても、ロックが襲いかかってくる様子はない。嘘ではない。本当に、ラットに対して、敬意を払っている。ラットと、話したがっている。
今ならば。
訊ける、かもしれない。
ラットは、口を開いた。
「聞かせてほしい……」
ロックは耳を傾けてくれる。__訊ける。
「どうして、ヒーロを裏切ったの?」
空気が、変わった。
「裏切った?」
ロックの笑みが、消える。
「どうして、俺が裏切ったと思うんだ?」
鋭い視線に気圧されず、ラットは切り込む。
「王と勇者。人々の敬意は、今、後者に集まっている。パーティの一員であるあなたが助言しなければ、王都側が発言したところで、勇者の国家転覆なんて誰も信じない」
「本当に転覆を狙っているかもしれないじゃないか」
「王都側が提示した理由……あれが間違いなのはロックも知ってるだろ!」
ヒーロが各地を飛び回ったり、情報収集をしたりしているのは、元の世界に帰るため。断じて、国家転覆を企んでいるためではない。あからさまな偽りを聞かされたところで、到底納得できる訳がない。
「ロックが裏切っていないと言うのなら、ヒーロの方が裏切ったということになる。本当にそうだと言うなら、納得できる根拠を提示してくれ」
言葉が荒れる。
ラット自身、ロックの裏切りは信じたくなかった。だからこそ、熱が籠った。
「……そうだな。俺はお前たちを裏切った」
聞きたくなかった言葉が、聞こえた。
「いいぜ、教えてやる」
しかし、とうとうはっきりする。
「俺は……」
ロックが裏切った理由、それは__
【改訂版のご案内】
一章・二章を大きく見直し、三章も一部再整理した改訂版を公開中です。
四章以降については、現状ほとんど変更は入らない予定となっています。
改訂版は二話ずつ更新しておりますので、追いついたタイミングで、そちらへ移行していく予定です。
なお、伏線や物語の本筋に変更はありませんので、
現在こちらを読んでくださっている方は、そのまま読み進めていただいて問題ありません。
あとがきでは、Xにてご要望の多かったキャラクター同士の雑談形式の小ネタや裏話、次回予告なども掲載しています。
最後に、もしよろしければ何かしら反応などもいただけたら励みになります。
引き続き、『元勇者パーティのアイテム係』をよろしくお願いいたします!!
改訂版
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