第43話 旅路の報
夜__。
二人と別れて自室に戻ったラットは、暗い窓を背に、耳飾りに触れた。
マナベルに魔力を込めると、声が返ってくる。
「ラット?」
ヒーロの声が。
今日も無事に聞こえてきて、安堵した。
「ヒーロ、こっちは〝ラインブリース〟に着いたよ。そっちは平気?」
「俺の風詠みをお忘れかい? 近くには人も魔物もいない。抜かりはないよ」
__リーン、リーン。
だが、マナベル越しにかすかに聞こえる虫の音や、葉の擦れる音は誤魔化せない。
「相変わらず、森の中なんだね」
「街道は人目につくからね。それでも場所を特定されているのか、追手はひっきりなしかな。手練れもそれなりにくるし、ほんと嫌になっちゃうよ」
襲撃の日々も相変わらずなようだ。恒例のぼやきに、ラットは苦笑いをする。
「この前なんか盗賊の集団が来てさ」
「盗賊!?」
予期せぬ追手が登場し、笑いが消し飛んだ。
「まさかだろ? その盗賊ときたら、俺を誘き出すために、街道を利用する荷馬車まで襲おうとしたんだよね。……まったく、笑えないよ」
呟くヒーロの声色が、段々黒くなる。
……無理もない。
騎士だけではなかなかヒーロを捕えられないから、国側も手段を選んでいられないというのは、わかる。だが、冒険者や賞金稼ぎならまだしも。盗賊まで雇い、さらには一般人を巻き込んだ方法を取るのは、さすがに度が過ぎている。
いくら優しいヒーロとて、いや優しいからこそ。無関係の人間を傷付けたことに、これほどまでに、憤っている__。
だが、だからこそ。
「冷静にね、ヒーロ」
頭を冷やさせる。
「王都側にだって体裁があるのに、ここまでなりふり構わないんだ。多分、別の狙いがある」
シュトルムへ入られたくない、以外にも、ある。
そう、たとえば。
「精神的に追い詰めたい、とかね」
向こうもヒーロの性格は熟知している。熟知しているが故に、嫌がらせのような人海戦術を立ててくる。憤らせ、ミスを誘うのだ。
「くれぐれも落ち着いてね」
「……大丈夫。少し愚痴ったら、頭冷えたよ」
ヒーロも理解したのか、少しだけ熱が冷めたようだ。
「いずれにせよ、問題児たちを引き連れてシュトルムに行けないからね。しばらくは可愛がってあげるさ」
溜まっていたものを吐き出せたらしい。冗談を言う彼は、いつものヒーロだった。
と、開けっ放しの窓から、肌寒い風が流れてきた。
身体が微かに震える。
「少し寒いね。ヒーロは平気?」
何しろヒーロは外なのだ。ラット以上に寒いだろう。
「借りたアイテムのおかげで割と快適だよ。あの周囲の温度を調整するアーティファクトもすごいね。ミルさんにもお礼、伝えておいて」
「うん、ミルも喜ぶよ」
別れ際に渡したアイテムたちのおかげで、凍えてはいないようだ。ミルも冥利に尽きるに違いない。
「食料はどう? 足りそう?」
「〝十分だよ〟と言いたいところだけど、足止め喰らっているからね」
足りないらしい。やはり。
ヒーロが追手と戦えば戦うほど、シュトルムへの到着は遅くなる。遅れた日数分、食料も足りなくなる。ラットの不安は、現実のものになってしまった。
「ごめんね。もっと渡しておけばよかった」
「そっちだって必要だっただろう? 狩りをしたり、木の実を採取したりしながら進んでるから気にしないで。それにたくさん貰った保存食のおかげで、重要な局面で逃げるのに徹することができたから、ほんと助かったよ」
混ざった笑い声に嘘はない。さすが、旅慣れているだけのことはある。非常時を見越して保存食はあらかじめ節約していたのだろう。やりくりがうまい。
「それよりもラット、〝ラインブリース〟って言ったね。まさか!?」
「ヒーロには悪いけど。相変わらず、絶品だった」
「いいな〜!」
「あそこの料理好きだよね、ヒーロは……。ニホンの方が美味しい料理多いんじゃないの?」
「うーん、確かに美味しい料理は多いんだけど……」
ヒーロは少し考え、言葉を続ける。
「貴族が食べるような高級料理とはまた違った、素朴な味……馴染みの味……そういうものを何倍も美味しくしたような……、あそこでしか食べられない味があるんだよ」
熱い語りだ。けれど、言いたいことはラットにもわかる。
「ポニさんは元気だった?」
「いつも通り、看板娘さんだったよ」
チリリという小鳥に愛されていたり、料理を始めたりと、磨きがかかっていた。〝コイバナ〟は勘弁して欲しいが。
「ヒーロのこと、心配してたよ」
気にかけてくれても、いた。
「転移門が使えるようになったら、真っ先に行くよ」
その優しさが、ヒーロにもありありと想像できるらしい。はっきり言い切った。
「あの味が恋しいからね」
早く、その日が来るといいね。そして、彼女の作る料理を、ヒーロにも味わってもらいたいと思う。
夜風に乗り、届く。
穏やかなそれは、ポニを慕う動物の鳴き声だろうか。心をほぐされ、言った。
「……ねえ、ヒーロ」
切り出す。
『ロックはどうして、裏切ったと思う__?』
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一章・二章を大きく見直し、三章も一部再整理した改訂版を公開中です。
四章以降については、現状ほとんど変更は入らない予定となっています。
改訂版は二話ずつ更新しておりますので、追いついたタイミングで、そちらへ移行していく予定です。
なお、伏線や物語の本筋に変更はありませんので、
現在こちらを読んでくださっている方は、そのまま読み進めていただいて問題ありません。
あとがきでは、Xにてご要望の多かったキャラクター同士の雑談形式の小ネタや裏話、次回予告なども掲載しています。
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