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第101話 見えない布石

 ミルとトゥーロが激しくぶつかり合う間、ラットはただ牽制をおこなっていただけではなかった。気づかれないよう、ひたすらに罠を張り巡らせて、反撃のチャンスを伺っていた。


「死角に入ろうとしても無駄だ」


 トゥーロは言った。


 トゥーロが視界に入れて、警戒していたのはラットの動きだけだ。姿を暗ませられないように注視していたのだ。しかし、トゥーロの能力は、視野が広がったり、動体視力がよくなったりするようなものではない。あくまで得た情報から予測するものだ。情報の入力は通常のそれと変わらない。


 ラットはそこを突いた。自身の姿が捕らえられているのならば、それ以外の部分に罠を張り巡らせていったのだ。ラット自身の攻撃はすべて防御魔法によって阻まれ、悪あがきをしているだけのように見せていた。リタへの攻撃の中に織り交ぜた。


(早く……もっと早く…………)


 おそらく嵐槍だけでは、二人を倒しきれない。ミルが持ちこたえてくれている間に、最終局面のための準備を整える必要があった。


「ランスを使え」


 トゥーロの嵐槍への対応は早かった。


 嵐槍の対策として、弾くことのできないランスを使用するようにリタに指示した。リタの放つ黒き槍群は、嵐槍を使用しても捌ききることができない。トゥーロとの連携で容易にミルを追いつめる。


「そっちへ逃げていいのか?」


 ランスは地面から突き出す魔法だ。つまり、上空には届かない。ミルが上空に逃げるとする。しかし、そうなると問題になるのは飛行能力を持たないラットの存在だ。ミルがいなければ、二人の攻撃を一手に受けることになる。


 二人の攻撃を一気に受けてしまえば、機動力がないラットはそう長くは持たないだろう。そうならないように、ミルはランスの届く地上での戦闘を余儀なくされた。


 不利な状況は続く____。


「ミル!!」


 この状況の打開策。こちらも攻めに転じるしかない。


 ラットは空気銃バンプガンから魔導釣竿ワイヤーロッドへ持ち直し、それを低く構え、迫る攻撃へ備えた。


 ミルの機動力は、トゥーロよりも上だ。予見でカウンターはできたとしても、ミルの動きを制限することは難しい。ならば、狙うべきは一点。離れた場所から援護する後衛だ。ミルの速度と嵐槍ならトゥーロが追いつく前に倒しきれる可能性は十分にある。


「リタさんを!!」


 後衛で援護をするリタを倒しきれさえすれば、以前のように二人でトゥーロへ挑むことができる。予見に対して、とれる対策は多くなる。


 ミルがラットの声に反応し、反転して、一気にリタへと向かった。トゥーロはラットに目もくれずそれを追った。


(やはりリタを追った)


 このままトゥーロがラットを狙っていれば、ラットは時間を稼ぐだけでよかった。だが、トゥーロはラットを倒しきる前にリタが倒されると判断したのだろう。実際にラット自身もまだトゥーロに見せていないアイテムもあり、時間を稼ぐだけなら可能だろうと考えていた。


(やはりそこまで甘くはない)


 ミルを追うことを想定した魔導釣竿だ。ラットはそれを振り被り、放った。


 ヒュン__ヒュンヒュン____ヒュン______


 追うトゥーロに対して、それを妨害するように、トゥーロを拘束するように、ワイヤーを操る。射出されたワイヤーが、まるで生き物のように空中を駆けた。


 回り込み。

 足を払い。

 死角から狙った。


 トゥーロはそれを紙一重で躱していく。

 身を捻り。

 跳び。

 滑るように潜り抜ける。


 まるで、最初から軌道が見えているかのようだった。


(行かせない。ここで倒しきる!!)


 それでも手は止めない。

 リタと再合流されれば、戦況は再び拮抗する。

 

(これならどうだ!)


 ラットはワイヤーを複雑に絡み合わせ、包囲網のように広げた。


 スパパッ____


 しかし、トゥーロはそれすらも容易に斬り裂いて、くぐり抜けた。


 そして、たどり着いた。

 リタの防御魔法を突破しようと、ミルが嵐槍を突きつけるところへ。


(間に合わなかった……。いや、まだだミルが抜ける隙をつくれれば)


 トゥーロは二刀でミルの嵐槍に対抗しようとする。


 ギャギャギャギャギャアアア____


 耳障りな音を立てながら、ミルの嵐槍と斬り結んだ。

 ラットも隙をつくるために、縦横無尽にワイヤーを操る。


 ギィィィ____


 嵐槍と剣がぶつかりあう。

 そのときだった。


 トゥーロの腕がサーベルごとを弾かれた。


 飛び散る血__。


 予想外の出来事に、ミルはわずかに目を見開いた。

 一瞬の隙が生まれた。


 その僅かな隙へ、トゥーロが魔法を解き放つ。


<頑強な凍てつく檻で捕縛しろ__アストラ・アイスプリズン>


 ミルが氷の檻へと閉じ込められる。


「リタ!! 今のうちだ!!」


 すかさずトゥーロが合図を送る。

 リタが魔力を籠め始めると、次第に空が曇りだした。

 これは特級魔法だ。


「まずい……!」


 これが発動されてしまえば、防ぐ手だてがない。

 ラットはそれをさせまいと、

 持ち替えた空気銃バンプガンでリタを撃つ。

 爆薬なども織り交ぜてリタを狙った。


 それだけではない。

 鞄からスクロールを取り出して、

 付与されていた魔法を次々と放つ。


 これが勝負の分かれ目になる。

 それを理解していたからこそ、ここにかけた。


<守れ__アイスウォール>


 しかし、トゥーロの魔法がそれを阻む。

 この攻防においては、相手の方が一枚上手だ。


「こうなったら……」


 ラットは鞄へ手を伸ばした。


 仕掛けていた罠を起動する。

 まだ不完全だが、もう迷っている暇はない。


「ダメ……」


 マナベル越しに、氷の檻の中にいるミルの声が聞こえた。

 ラットの動きが止まる。


「まだ……準備……できてない…………」


 そう。

 まだその罠は完全ではなかった。

 今起動すれば、対処されてしまう可能性が高い。

 その上、同じ手は通じなくなってしまうだろう。


「だけど、このままじゃ……!」


 上空では、リタの特級魔法が完成しつつある。

 膨大な闇の魔力。

 空気が震え、周囲の魔力さえ引き寄せられていく。


 あれをまともに受ければ終わる。

 いくらミルが魔導機械人形ギアノイドでも、耐え切れる威力じゃない。

 ラットは無意識に歯を食いしばった。


「……わたしに任せて」


 ミルは静かに言った。

 その声に震えはない。

 ラットは息を呑む。


 無謀だ。

 そう思った。


 ラットは、未だ氷の檻に捕らわれるミルを見た。

 氷越しでも分かった。


 それは追い詰められた者の目ではない。

 やけになった目でもない。


 何かを見据えている目だった。


「…………。任せて……いいんだね?」


 確認するように、ラットは小さく尋ねる。


「……うん」


 短い返答。

 けれど。


 ラットはその言葉を信じることにした。

 今までミルは〝自身でできないと思うこと〟を口にはしなかった。

 何か考えがあるのだと、それを信じた。

 ラットはゆっくりと鞄から手を離した____。


 ラットは焦ったように動き回りながらも、

 その裏で着実に布石を完成させていた。


 そして、とうとうその時が来た。


<__イ・ネビュラ・シャドウソード>


 ミルに向けて放たれた黒き巨剣。

 それをミルは両手の嵐槍で受けた。

 威力は多少軽減することはできたと思う。

 だけど、特級魔法は核が違う。

 両手の嵐槍が破壊される。


 それでも勢いはまだ十分に、

 ミルを破壊しきるくらいにはあったと思う。


「ミルっ!!」


 思わず、言葉に出た。

 そのとき、マナベル越しに微かに聞こえた。


(……マ…………ライブ…………)


 ミルが何をしたかは分からない。

 それが何かをラットは聞かされていなかった。


 ドォオッォオォォ________ォォォン


 巨剣はミルを貫いた。

 凄まじい衝撃とともに、ミルの身体が弾き飛ばされる。

 周囲へ砂埃が舞い上がった。


 パラパラ__


 舞い上がった瓦礫が降り注ぎ、次第に砂埃が晴れてくる。

 その煙の中、ミルは言葉の通り立ち上がった____。


「ミル!! その怪我……」


 しかし、ラットの表情が歪む。

 脇腹は大きく抉れ、鉄鋼の一部は砕け散っていた。

 内部機構が露出し、そこから激しく火花が散る。


 バチバチッ____


 今にも崩れ落ちそうだった。

 ミルは、それでも立っていた。


 ラットは思わず駆け寄りそうになる。

 だが、足を止めた。


 ここで感情に流されれば、すべてが崩れる。


 ミルが繋いでくれた時間。

 ミルが耐え抜いた意味。


 それを無駄にはできない。

 ラットは拳を握り締める。


 胸の奥で渦巻く焦りと不安を、無理矢理押し込めた。


「大丈夫……」


 小さな声。

 その瞳はまだ死んでいない。


「いいよ……」


 ミルは静かにそう告げた。


 ラットはその言葉を聞くと、静かに空気銃を構えた。

 ミルへ向けて一発、撃ち込む。


 次の瞬間、完成した罠を起動した。


 ドオオオォォォォ________ォォォン


 爆音が響き、発生した大量の白い煙で一帯が包まれた。


「また煙幕か! リタ!!」


 トゥーロが叫ぶが返事がない


「リタ……? ……なにが起こった?」


 ラットが仕掛けていた罠。

 その一つ目がその場全体を包む煙幕だ。

 視界を奪い、戦場全体を把握できなくする。

 誰がどこにいるのか。

 何が起きているのか。

 その判断そのものを狂わせるための罠だった。

 そして……。


 ぐちゃっ____


「っ!?」


 トゥーロの足が止まる。


「これで足を奪ったつもりか……!」


 二つ目が粘着玉コボルトホイホイだ。

 足元へ広がった粘液が、機動力を奪う。

 機動力を奪われれば、トゥーロは迎撃へ切り替えるだろう。


 煙幕の中、最初にトゥーロへと飛び出した影。

 それは、ラットの上着だった。


 トゥーロは即座に理解する。

 これはタイミングを狂わせるための囮だと。


 来る前から予見していた。

 ミルの速度はすでに割れているからこそ、

 必ずタイミングを崩しにかかると。


 これをトゥーロはしゃがみ回避した。

 次に来るであろう、本命に備えて。


 煙の中から、二つ目の影が現れた。


「やはり来たな!」


 トゥーロが剣を振るう。


「これで僕の……っ!?」


 ドッ____。


 読み通りの攻撃。

 しかし、先に振りぬかれたのは、剣ではなく拳だった。


 鈍い衝撃音。

 ミルの一撃が、トゥーロを真正面から吹き飛ばした。


 ォォォンッ____!!!


 ラットが煙幕を展開する直前にミルへと撃ち込んだのは、〝速力の水〟だった。

 これにより、ミルの速度は跳ね上がる。

 予測していたタイミングを、さらに超えた。


 だが、トゥーロを誤認させることができたのはそれだけじゃない。

 ラットは最初から、〝すでに速力の水を使っている〟と思わせていた。


 以前の戦いからミルは、鉄鋼ガントレットの改良を重ねていた。


 出力調整。

 魔力制御。

 推進補助。


 少しずつ積み重ねた結果、

 今のミルは、かつて強化状態だった頃に近い速度を素で出せるようになっていた。


 だからこそ。

 最初に使用したアイテムを、トゥーロは〝速力の水〟だと誤認した。


 そして、実際に使っていたのは別のものだ。

 闇属性への耐性を高める〝闇守の水〟だった。

 ラットは最初から、リタの弾幕を脅威と判断していた。

 ミルへ最優先で耐性を付与していたのだ。

 その判断が、トゥーロの攻撃とリタの弾幕から、ミルを辛うじて生還させた。

 そして、特級魔法の威力を軽減するにも多少なりとも役には立ったはずだ。



 __闇守の水

 闇耐性を向上させる一般的なアイテム。

 相手が単属性の場合は大いに役立つが、

 基本的には二属性持つのが平均的なので、

 人相手にはあまり使用することが少ない。

 魔物相手でも同様に複数の属性を持つことがよくあるので、

 なかなかに使いどころを選ぶ。



 吹き飛んでくるトゥーロに、ラットは空気銃を構え、放つ。


 トゥーロは即座に反応した。

 空中で無理矢理身体を捻る。

 だが、避け切れない。

 トゥーロは全身へ魔力を纏わせた。


「これだけの魔力で覆えば、さっきの爆薬程度じゃ――」


 パシャッ____


 放たれた玉が命中する。


 だが、爆発しない。

 代わりに、中から液体が飛び散った。

 トゥーロの身体へ液体が降りかかる。


 そのまま勢いよく吹き飛んだ____。



 コツ____


 静かな足音。

 煙幕の中をラットが歩く。


 シュゥゥゥ____


「っ……!」


 身体から魔力が漏れる微かな音。



 トゥーロが崩れた石畳の中、横たわっていた____



※体調不良のため、少し更新遅れ気味ですが、毎日更新は続けるようにします。引き続きよろしくお願いいたします。


【改訂版のご案内】


一章・二章を大きく見直し、三章も一部再整理した改訂版を公開中です。

四章以降については、現状ほとんど変更は入らない予定となっています。


改訂版は二話ずつ更新しておりますので、追いついたタイミングで、そちらへ移行していく予定です。


なお、伏線や物語の本筋に変更はありませんので、

現在こちらを読んでくださっている方は、そのまま読み進めていただいて問題ありません。


あとがきでは、Xにてご要望の多かったキャラクター同士の雑談形式の小ネタや裏話、次回予告なども掲載しています。


最後に、もしよろしければ何かしら反応などもいただけたら励みになります。

引き続き、『元勇者パーティのアイテム係』をよろしくお願いいたします!!


改訂版

https://ncode.syosetu.com/n5295md/

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