第102話 噴き上がる黒の暴流
立ち上がれないでいるトゥーロに歩み寄る。そして、倒れたトゥーロに告げる。
「これは〝放魔の水〟ですよ」
トゥーロが顔を上げた。
__放魔の水
触れた者の魔力を発散させる水。
単純な効果であるが、魔力が主体の魔法にも効果がある。
魔法の規模が高かったり、
高濃度の魔力で覆えば影響を軽減することはできる。
ラットがこの局面で攻撃ではなく、
〝放魔の水〟を使用したのには理由があった。
最後の局面、
トゥーロは体を高濃度の魔力で覆って防御していた。
高濃度の魔力で身を守る相手には、
爆薬でさえも致命傷になりえないことがある。
下手な攻撃は通りが悪い。
ラットが持つダメージを与えられるものは限られる。
爆薬はその中でも威力の高い代物だ。
それでさえも、ダメージが通りにくいとなれば、
魔力そのものへダメージを与えた方が効く可能性が高いわけだ。
さらにもう一つ。
以前の戦いで、トゥーロは魔法を使用していなかった。
最初はそれを〝油断〟からくるものと思っていた。
けれど、今回も途中までは必要以上に使わなかった。
だから考えた。
なるべく、魔力を消費したくないのではと____。
その理由__。
トゥーロは、〝アンデッド〟のような〝動く死体〟じゃない。
動く死体であれば、魔力が枯渇してもある程度動けるからだ。
であれば、死体へ憑依して、魔力で操る種類の死霊系の魔物、
〝ファントム〟なんじゃないかと。
もし後者の場合、魔力がなくなった時点で終わりだ。
どんなに肉体が無事であろうと、
肉体を操ることができなくなるのだから。
もしトゥーロが〝ファントム〟だった場合、
この〝放魔の水〟は、天敵になる。
その効果は絶大なはずだ。
結果、トゥーロは実際に立ち上がることができなくなった。
くくく___
「なるほどな……そこまで気づいたということか…………」
ラットが放魔の水を使用したことで、トゥーロも把握したようだ。
「それでリタはどうなった?」
ラットは少しずつ晴れてきた煙幕を指す。
トゥーロの煙の先を見る。
トゥーロの目を見開いた。
そこには、大きく地面が崩落したような大きな穴が空いていた。
「これは……」
「落とし穴ですよ。〝振動玉〟から着想を得て開発した〝アビスドリラー〟という魔導機械を使用しました」
__アビスドリラー
落とし穴をつくり出す魔導機械。
振動玉から着想を得てつくられたもので原理はほぼ同じ。
地面を高振動により液状化して、落とし穴をすぐにつくることができる。
範囲と時間を調整することができ、
時間が長く設定すればより深い穴を掘ることができる。
振動玉のように狩猟用としてだけではなく、
地面を掘る掘削用としても利用可能。
この魔導機械は、イオーネとの再戦を意識したものだった。
巨大化したイオーネへ有効打を与えるのは難しい。
エレと別れた以上、ラットたちは何らかの対策を余儀なくされた。
通常の振動玉では、足を奪い転倒させることすら難しいだろう。
それほどまでに規格外の存在だったからだ。
だからこそ、ラットとミルは少しでも戦略の幅を広げるため、
旅の途中で改良と開発を続けていた。
そして、今回、これがラットが張り巡らせていた三つ目の罠となった。
大量に発生した煙幕のせいで、
リタが落とし穴へ落下したことに気づくことができなかった。
あるはずの援護が突然消える。
それだけで、綿密に組み立てられた戦術は大きく崩れる。
ラットは、その一瞬の綻びを狙っていた。
「そうか、そのマントは〝何を放ったのか〟を隠すために……」
ラットは最初にカメレオンマントを羽織っていた。
これは確かに姿を隠しやすくするためのものでもあった。
だが、もう一つ役割があった。
空気銃に何を装填したのか隠すためである。
煙玉。
爆裂玉。
粘性玉。
放魔の水。
そして、警戒されかねない魔導機械。
その不確定さが、トゥーロに対するラットの武器だった。
「また負けたのか……」
トゥーロが静かに呟いた____。
「まだ負けてないっっっ!!!!!!」
トゥーロの呟きを打ち消すように、鋭い叫び声が響いた。
崩れた落とし穴の縁へ手をかけ、無理矢理這い上がってきたようだ。
息は荒い。
だが、その目にはなお激しい執念が宿っている。
「まだ……奥の手があるっ!!!!!」
興奮したようにリタは叫んだ。
「それはダメだ!!」
トゥーロが声を荒げた。
先ほどまで冷静だった男とは思えないほど、明確な動揺。
杖を強く握り締め、膨大な魔力を練り始める。
ズンッ____
空気が重くなったように感じた。
周囲一帯へ、高濃度の魔力が広がっていく。
リタの頭上には、黒い球体がゆっくりと形成され始めた。
しかし、それだけではない。
ラットは違和感を覚えた____。
先ほどの特級魔法とは、何かが違う。
魔力の質そのものが異なっているような。
今まで感じたことのないような異質な力。
まるで別種の力が混ざっているかのような感覚があった。
「うっ……」
次の瞬間、ラットの膝が崩れた。
視界が揺れる。
充満した魔力に当てられたのだ。
「ラット……」
ミルがゆっくりと近づいてくる。
「僕は大丈夫……」
ラットは息を整えながら答える。
「それより、ミルの方こそ……」
そう言いながら、ラットはトゥーロへの警戒を解いた。
トゥーロ自身が、明らかにこの状況へ動揺していたからだ。
ラットは鞄を開く。
中からポーションを取り出し、ミルの傷口へとかける。
少しずつだが、ミルの体が回復を見せる。
「……ごめんね。すぐに行けなくて……」
ラットは苦しそうに眉を寄せる。
本当なら、真っ先にミルの元へ駆け寄りたかった。
だが、それはできなかった。
トゥーロが完全に無力化された保証はない。
傷の手当てへ意識を向けた瞬間、反撃される可能性もあった。
ここまで追い詰めておきながら。
最後の最後で見誤るわけにはいかなかったのだ。
だからこそ、ラットはギリギリまで警戒を解かなかった。
ミルは小さく首を横に振る。
「……気にしてない」
火花を散らしながらも、その声はどこか穏やかだった。
それにラットはどこか救われたような感じがした。
ふら____
「ラット……?」
ミルが支えようと手を伸ばす。
「ごめん、少しめまいが……」
ラットは額を押さえながら息を整えた。
周囲へ満ち始めた異質な魔力。
その影響を受けていた。
「だけどこれで……」
ラットは鞄から〝放魔石〟を取り出し身に着けた。
自身を蝕んでいた魔力がわずかに薄れた。
__放魔石
触れた者の魔力を発散させる石。
放魔の水よりも緩やかに発散する自然の鉱物。
放魔石を身に着けたことで、
ラットはようやくまともに呼吸ができるようになってきていた。
しかし、それとは反対に、リタの様子が明らかにおかしかった。
握っていた杖は地面へ落ち。
腕は力なく垂れ下がっている。
焦点の合わない瞳。
それでもなお、膨大な魔力だけが溢れ続けていた。
リタから魔力を吸い出すように、
頭上の黒い球体は、さらに巨大化し、勢いを強めていった。
「リタっ! 吞まれるな!! 意識を保て!!!!」
トゥーロはなんとか体を起こし、ずっとリタに呼びかけていた。
しかし、リタは反応を示さない。
その身から放出される魔力は、さらに勢いを増していく。
もともとリタは規格外の魔力量を持っていたのは明らかだった。
だが今は違う。
その魔力そのものが異常増幅し、
限界を超えた魔力を無理矢理引きずり出されているようだった。
「ぁ……ぁぁ……っ……!!」
リタが苦しそうな声を漏らす。
次第にそれは悲鳴へ変わっていった。
急激に膨れ上がった魔力へ、身体が耐え切れていないのだ。
それに呼応するように、頭上の黒い球体も不安定に揺らぎ始めていた。
まるで、煮え立ったマグマのように。
膨れ上がった魔力が内側から噴き上がり、黒い表面を波打たせる。
押さえ込めなくなった魔力が、噴きこぼれるように溢れ出していた。
ドォォォッ____ォン
漏れ出た魔力だけで、周囲の地面が吹き飛ぶ。
石畳が砕け散り、衝撃で地面へ亀裂が走った。
ラットの表情が険しくなる。
「まさか……」
嫌な予感が脳裏をよぎる。
「……暴走している…………?」
【改訂版のご案内】
一章・二章を大きく見直し、三章も一部再整理した改訂版を公開中です。
四章以降については、現状ほとんど変更は入らない予定となっています。
改訂版は二話ずつ更新しておりますので、追いついたタイミングで、そちらへ移行していく予定です。
なお、伏線や物語の本筋に変更はありませんので、
現在こちらを読んでくださっている方は、そのまま読み進めていただいて問題ありません。
あとがきでは、Xにてご要望の多かったキャラクター同士の雑談形式の小ネタや裏話、次回予告なども掲載しています。
最後に、もしよろしければ何かしら反応などもいただけたら励みになります。
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