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1500万円で異世界を買い叩く 〜ブラック企業で貯めた金で【銀行】を作り、【産業革命】を起こして魔法世界を経済支配する〜  作者: 高山 虎
断章 大陸最後の帝国編

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断章 第4話 崩壊する帝冠と、動かぬ鉄の心臓

サージョが帝都から姿を消して、一週間が経過しようとしていた。


帝都イストバルは、かつての栄華が嘘のように荒廃していた。市場は破壊され、食料備蓄は減少の一途。鉄道による輸送が止まったことで、この巨大都市は完全に干上がっていた。


市民たちの怒りの矛先はサージョには向かわなかった。強引な鉄道と銀行の接収を目撃されたことで、この豊かさを拒絶しこの地獄を招いたのが誰か、民衆が思い浮かべるのは一つだった。


「パンをよこせ! 水をよこせ!」


「サージョを追い出したのは誰だ! 陛下だ!」


「我々の暮らしを返せ! 便利な生活を返せ!」


皇城の正門前に集結した群衆から、怨嗟の声が巻き起こる。

石が投げられ、火のついた松明が放り込まれる。だが、警察機構も軍も、それを鎮圧する術を持たなかった。十万を超える市民全員を敵に回して、この都市を維持することなど不可能だからだ。


だが、真の悪夢は市民の暴動ではなかった。

帝国の武力の象徴、最強の重装歩兵軍団イニーチェ。彼らの離反こそが、帝国の命脈を絶とうとしていた。


イニーチェの駐屯地。そこには、かつてない殺気が渦巻いていた。

彼らは誇り高き戦士だが、同時に契約によって動く傭兵的な性格を強く持っていた。彼らの給与は、サージョ・バンコの口座に振り込まれ、サージョ紙幣で支払われる契約となっていた。


だが、銀行は閉鎖されている。兵士たちの口座に入っている紙幣は、システムが停止しているため引き出すことも使うこともできない。


「おい、どうなっている! 俺たちの金はどこだ!」


大隊長の一人が、机を叩き割った。


「銀行が止まったせいで、俺たちが流した血の代償が支払われていない!」


「陛下がサージョを追い出したせいで、俺たちの資産は凍結されたんだ!」


「飯もない、金もない、冷房もない部屋で寝ろと言うのか! ふざけるな!」


怒号は瞬く間に伝播した。彼らにとって、皇帝への忠誠心よりも、日々の糧と報酬の保証こそが絶対である。


その日の午後。完全武装したイニーチェの一個連隊が、隊列を組んで皇城へと行進を開始した。それは反乱軍の行進ではなかった。あくまで給与の支払いを求める労働争議であったが、その手段はあまりに暴力的だった。


皇城の城壁に、攻城用のバリスタから放たれた巨矢が突き刺さる。警告射撃だ。

城壁の上で震える近衛兵たちに対し、城下を埋め尽くしたイニーチェの兵士たちが一斉に叫んだ。


「我々の給与を保証しろ! 紙幣を使えるようにしろ!」


「飯を食わせろ! サージョを呼び戻せ!」


「皇帝は責任を取れ!」


弓矢が雨のように降り注ぎ、城壁の胸壁を削り取る。最強の矛が、自らの主人に牙を剥いた瞬間だった。



さらに数日が経過し、皇城は完全に孤立していた。

城外はイニーチェと暴徒化した市民によって二重三重に包囲されている。


戦略会議室の窓は、矢や投石を防ぐために厚い木の板で打ち付けられていた。薄暗く、蒸し暑い室内で、皇帝ヴァルド三世は憔悴しきっていた。


「……地方からの援軍はまだか」


乾いた唇で問う皇帝に、宰相ロム・ガルドは力なく首を横に振った。


「来ません。太守たちは、中央を見限りました」


「何だと?」


「彼らは自分の任地を守るだけで手一杯です。もはや個別に生き残りを図っています。『帝都と共倒れはごめんだ』と……」


帝国は、崩壊していた。

中央集権国家としての体裁は失われ、各領邦が勝手に動く群雄割拠の状態に戻りつつある。皇帝の権威は、いまや帝都の城壁一枚分にまで縮小していた。


「……ならば、力づくで動かすしかない」


ヴァルドは、血走った目でロムを見据えた。


「サージョの資産を接収したのだろう? 銀行も、鉄道も、建物と機械はあるはずだ。私兵を使え。奴隷でもいい。無理やりにでも動かせば、兵士たちの不満は収まる!」


「し、しかし陛下、接収時に不可能だと報告が……」


「やれ! これは命令だ!」


皇帝の狂気じみた命令により、最後の悪あがきが始まった。


サージョ・バンコ、イストバル支店。

軍靴でこじ開けられた扉の奥に、怯える現地人の窓口担当者たちが引きずり込まれた。

将軍が剣を突きつけ、怒鳴る。


「業務を再開しろ! 兵士たちに金を引き出させろ!この際、金貨の裏付けなどいらん!誰にいくら払えばいいのか、記録があるはずだ!紙幣を刷ってなんとしてでも払え!」


突き出されたのは、分厚い帳簿の束だった。

だが、そこには見たこともない複雑な数字の羅列と、暗号のような記号がびっしりと書き込まれていた。


「な、なんだこれは……」


窓口係の女性は怯えながら訴えた。


「それは『複式簿記』による信用取引の記録です……。私たちはマニュアル通りに数字を記入していただけで、全体の資金の流れや、決済の仕組みは理解しておりません……。窓口業務の我々では解読すら……」


「計算くらいできるだろう! そろばんでも何でも使え!」


「桁が違いすぎます! 帝国全土の物流と為替、数万人の兵士への給与計算……これを人力で行うには、専門の数学者が何百人も必要です。私たちのような素人には、どこから手をつけていいのかさえ……」


将軍は言葉を失った。

銀行とは、金貨の保管庫ではなかった。高度な計算と論理によって維持される信用情報の要塞だったのだ。


金庫という箱だけ奪っても、その中身である信用と運用能力がなければ、ただの空き家と変わらなかった。


一方、帝都中央駅の機関庫。

ここでも絶望的な光景が広がっていた。


軍所属ではない皇帝直属の技師たちと無理やり連れてこられた都市の鍛冶職人たちが、沈黙した蒸気機関車を取り囲んでいる。


「……動かせないのか」


督戦に来たロム宰相の問いに、技師長が油にまみれた顔で首を横に振った。


「構造的には……可能です。理屈の上では」


「ならば直ちにやれ! 食料を運ばねば、城が持たんぞ!」


「資材と、技術が……圧倒的に足りないのです」


技師長は、破壊された残骸――合成宝石の粉末――を指差した。


「まず、動力炉の核となる宝石が必要です」


「ならば国中から集めろ!」


「この消費魔力量に適合し、かつ高出力に耐えうる宝石となると国宝級の代物が必要です。それを、機関車一両につき一つ。もし集められても我々のものでは石に含まれる不純物が劣化を進行させてしまいます。三ヶ月も保たないでしょう」


ロムは絶句した。

国宝級の宝石を何十個も用意し、それを使い捨てるなど不可能だ。


「それに……仮に宝石を用意できても、保守管理ができません」


技師長は絶望的な声で続けた。


「この機械は、ボイラー以外は純粋な機械工学の塊です。ピストンのクリアランス、蒸気圧の調整、バルブの開閉タイミング……これらはどうこうできるものではありません。精密な調整技術が必要なのです」


「鍛冶屋にやらせればいい!」


「無理です!このような精密機械を整備する工具すら、帝国内には存在しません。サージョの整備士たちは、専用工具もマニュアルも全て持ち去りました」


技師長は、動かない鉄の巨人を仰ぎ見た。


「我々が手探りで動かせば蒸気圧の制御ができずに暴走し、設備が破損して取り返しのつかないことになります。……この鉄の馬を御せるのは、サージョの技術者だけなのです」


サージョは、ただ立ち去っただけではない。自分たちがいなければ絶対に動かせないように、あまりにも見事にシステムを作り上げていたのだ。


そこにあるのは、人類の英知の結晶ではなく、ただの巨大な鉄屑だった。

帝冠は地に落ち、鉄の心臓は沈黙したまま、イストバルの闇はいまだ晴れることはなかった。

最後までお読みいただきありがとうございます。


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