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1500万円で異世界を買い叩く 〜ブラック企業で貯めた金で【銀行】を作り、【産業革命】を起こして魔法世界を経済支配する〜  作者: 高山 虎
断章 大陸最後の帝国編

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断章 第1話 信仰の壁、経済の橋

宗教を同じくする西方諸国は、いまや信仰ではなく、サトシの手による瞬時情報網によって一つに統率されつつあった。


「おそらくこうなるだろう」という商人の推測が、「今こうなっている」という確定情報に変わる。これにより、商売は「ギャンブル」から「単純な回収作業」へと変質した。そうして物資を右から左へ動かすだけで、サージョは年間に域内生産の数%にも及ぶ利益をあげていた。


さらに、この情報網は域内から戦争すらも消滅させた。


サトシは通信網を駆使し、開戦を企てる国の市場からすべての小麦を買い占め、他国へ移動させる。あるいはその国の公債を暴落させて無価値にすることで、剣を抜く前に兵士が飢える状況を作り出す。


そして最も影響が大きいのはサトシのシステムからの除名だ。

物流が止まり、経済が死ぬ恐怖は、武力による脅しよりも遥かに深く王たちを縛り付けた。


サトシがもたらしたのは博愛による平和ではない。

逆らうコストが利益を上回るがゆえの沈黙という、冷徹な計算式による平和であった。


――そして今、その見えざる支配の魔手は、西方の理屈が通じぬ東の軍事大国へと伸びようとしていた。



鉄道網が、ついに大陸を二分する「宗教の壁」へと到達した。

そこは神殿勢力圏の東端であり、同時に大陸最強の重装歩兵軍団を擁する軍事国家「オース帝国」との最前線でもあった。


国境付近では、今日も絶え間なく小競り合いが続いている。

そんなきな臭い最前線から馬車でさらに一月、サージョから派遣された幹部のゲイルと、数名の駐在員たちが帝都イストバルに到着した。


彼らは屈強な護衛に守られながら、潜伏中の連絡員が確保した石造りの宿舎へと荷物を運び込む。

ゲイルが最も慎重に扱ったのは、巨大な木箱に収められた複数の通信用魔導具だった。


部屋の中央に設置し、魔力供給線を接続すると赤い宝石が明滅を始める。


『――繋がったか、ゲイル』


通信機から響いたのは、ノイズ混じりの、しかし冷徹な主の声だった。

各地点の通信魔導具を経由し、遥か西方本拠地オルドリンドにいるサトシに繋がったのだ。


「はっ。無事に帝都まで入りました。最前線はひどい様子でしたが、こちらは平和なものです。想像以上の大都市ですよ」


『現地の状況はどうだ?』


サトシの声は淡々としていた。


「事前の情報通りです。彼らにとって我々は『西の野蛮な異教徒』に過ぎず、サージョの技術革新も鉄道の威力も良くて話半分だと考えられています」


『無知は罪であり、我々にとっては最大の武器だ。で、彼らとは?』


「はい。『オース経済諮問機構』ですね。彼らは連絡員経由である程度の話がついています」


『そうか、計画通り機構を案内人として帝国の懐へ飛び込むんだ』



オース帝国は、武力と独自の信仰を絶対視する国である。

だが、金貨に宗教は関係ない。


宗教的に冷遇されている少数派の別宗教の信者たちによって構成される機構は、被差別民の集まりであったが、しかし経済面では帝国の主流であった。


目立たない商館の奥まった部屋で、ゲイルは機構の長であるザハドと対峙していた。

ザハドは、日焼けした肌に白い髭を蓄えた、油断ならない目をした老人だった。


「通行手形を用立てていただいたこと感謝します、ザハド殿。おかげさまで国境の通過も容易でした」


ゲイルは礼を言いながら、持参した上質なワインの瓶をテーブルに置いた。


「単刀直入に言います。我々は帝国との交易を望んでいる。その仲介役を、あなた方にお願いしたい」


ザハドは鼻を鳴らした。


「交易だと? 神殿勢力圏では海上都市には通商権が認められているが、そちらでは問題が?」


「ええ、我々はより大規模な取引を求めています。帝国側の問題も解決できる用意があります」


ゲイルは声を潜めた。


「帝国軍前線部は深刻な食糧難にあるそうですね。なんでも輸送の関係で食料の半数は前線に届かず腐ってしまうとか」


ザハドの目が鋭く光った。それは年中戦争に明け暮れている帝国のアキレス腱だった。


「……我々に、西方の鉄道を使わせると言っていたな」


「はい。この件がうまくいけば、あなたたちの商品も安全かつ大量に西方へ輸出することができる。神殿勢力圏であれば国境の通過、商品と決済の保証は我々がしましょう」


それは、彼らににとって新しい市場を獲得する絶好の好機だった。


「いいだろう。宰相ロム・ガルド閣下への謁見を手配する。だが、期待はするな。あの御仁は、異教徒の言葉など虫の羽音ほどにも聞かぬぞ」


数日後、皇城の御前会議の間でゲイルは跪いていた。

石造りの冷ややかな広間に、重厚な足音が響いた。


現れた宰相ロム・ガルドは、戦歴を物語る傷跡が残る巨漢だった。全身を精巧な板金鎧で固めた近衛兵たちがその周囲を固めている。


席に着いたロムは、目の前に平伏したゲイルを、汚いものを見るような目で見下ろした。


「西方の商人風情が。ザハドの顔を立てて会ってはやったが、貴様らが我が神聖な帝国に何をもたらすと言うのだ」


ゲイルは恐れる様子もなく顔を上げた。


「閣下、私が持参いたしましたのは、帝国の未来を盤石にする二つの『鍵』でございます」


ゲイルが合図をすると、部下が恭しく盆を差し出した。そこには、機械仕掛けの模型がのっている。


「これは?」


「我らの技術の結晶、蒸気機関にございます。貴国では輸送スピードの点から様々な問題が起きているとか」


ロムの眉がピクリと動いた。


「……いかにも。だが、そのようなものでどうにかなるとは思えんな」


「この機械を使えばイストバルから前線まで二日で食料を届けて見せましょう。すでに西方では実証済みの技術です。これにより、帝国から飢えがなくなりましょう」


ロムは沈黙した。前線の食料問題は、彼の頭を悩ませる最大の懸案事項だった。


「試験させよう。だが、偽りであればその首をもらう」


「ご随意に。そして、もう一つ」


ゲイルは次に、大きな木箱の蓋を開けさせた。中には、金属製の無骨な機械が収められていた。「魔導エアコン」である。


エアコンのスイッチを入れると、謁見室にひやりとした冷気が流れ出した。重い鎧を着込んだ近衛兵たちが、思わずその冷風に反応して体を揺らした。


この時代、夏における涼しさとは王侯貴族だけが許された特権である。ロムは興味なさげに鼻を鳴らした。


「ふん、魔導具か。確かに珍しいが、それだけだ。宮廷魔導士に作らせた『氷の壺』が余の寝室にもあるわ」


「おっしゃる通りです、閣下。しかし、ご注目いただきたいのはその『価格』です」


ゲイルは勝負に出た。


「閣下がお持ちの魔導具は、家一軒が買えるほどの値がいたしましょう。しかし、我々の冷却魔導具の価格は兵士の月給三ヶ月分にすぎません」


「な……?」


ロムの目が大きく見開かれた。

その場にいた近衛兵たちにも動揺が走る。家一軒と、月給三ヶ月分。その差はあまりにも大きい。


「馬鹿な。そのような捨て値で、これほどの出力を維持できるはずがない!」


「事実です。これならば、宮殿だけでなく、将校の宿舎、野戦病院、あるいは国境の砦にも配備可能でしょう」


ゲイルは畳み掛けた。


「最前線で戦う兵士たちにとって、夜に涼しい部屋で眠れることがどれほどの活力を生むか。閣下ならばご存知のはず」


ロムの脳裏に、戦術的な計算が走った。


従来、魔導具とは「宝物」だった。しかし、この価格ならばそれは「備品」になる。夏の板金鎧の内部は容易に四十度を超える。全軍にこの魔導具が行き渡れば熱中症による戦闘不能は激減し、士気も劇的に向上するだろう。それは新型の剣や槍を配備する以上の軍事革命だ。


この男は、単なる贅沢品ではなく、軍事的な優位性を売りに来たのだ。


西方の異教徒への侮蔑は、目の前に提示された圧倒的な実利の前に霧散した。その目には、もはや商人を侮る色はなく、対等な交渉相手を見る光が宿っていた。


「よかろう。貴様の提案、事実であれば採用に値する。蒸気機関と魔導具、ともに検討しよう」


「ありがとうございます。つきましては、安定供給のための物流拠点として、帝都への支店開設と……」


「分かっている。関税免除を含む『恩恵的通商特権』を認めよう。ただし、品質に問題があれば即座に特権は破棄する」


「ご期待に添えるよう、尽力いたします」


帝国の心臓部にサージョの楔が打ち込まれた。

そうして数週間後、帝都イストバルの目抜き通りにサージョ商会の看板が掲げられたのだった。



遥か西方、オルドリンドの執務室。

夜の帳が下りた部屋で、サトシは大陸地図を見下ろしていた。


地図上のオース帝国の位置に、黒い駒を置く。

情報の断絶ゆえに、帝国は気づいていない。インフラを他国に依存することが、どれほど危険なことかを。


安価で便利な魔導具が生活に浸透し、鉄道により食料が供給されるようになったとき、最強の軍事国家はサージョの手のひらの上でしか踊れなくなる。


大陸全土を覆うサージョ・エコノミー。その最後のピースが、今、完璧にはまったのだ。


サトシは窓の外、満天の星空を見上げ、深く息を吐いた。盤面は埋まった。あとは、この巨大な歯車が回り出すのを待つだけだった。

最後までお読みいただきありがとうございます。


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