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1500万円で異世界を買い叩く 〜ブラック企業で貯めた金で【銀行】を作り、【産業革命】を起こして魔法世界を経済支配する〜  作者: 高山 虎
第五章 産業革命編

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届かぬ叫びと、鉄の幻影

カン、カン、カン……。


今日もまた、外から硬質な音が響いてくる。

俺は宿の粗末な窓から、街道沿いの風景を見下ろした。そこには、数ヶ月前までただの砂利道だった場所に、奇妙な鉄の道が敷設されている。


均一な太さの枕木、そしてその上に固定された、どこまでも続く二本の鉄の棒。


「……正気とは思えん」


俺は呟き、手元の羊皮紙に暗号で走り書きをした。

俺の名はラルド。隣国から潜入している諜報員だ。表向きは行商人を装い、こうして日夜、このオルドリンド王国の動向を探っている。


サージョという新興勢力が台頭してから、この国の動きはあまりに不可解だった。紙幣の流通、規格化された建材、そしてこの鉄道と呼ばれる鉄の道。噂では、この上を「鉄の馬」が走り、大量の荷物を運ぶという。


「鉄の塊が走る? 馬鹿げている」


俺は鼻で笑った。鉄は重い。それが常識だ。それを動かす魔力など、宮廷魔導師が束になってやっと足りるかどうか。


だが、俺の任務は事実を報告することだ。俺は情報の裏を取るため、宿を出て近くのパン屋へと向かった。


「へい、毎度!」


「ああ、いつものパンをくれ。……それにしても、最近は職人が増えて景気がいいね」


「おうよ! 聞いたかい? 今度、王都で『鉄道』の試験運行があるらしいぜ」


「試験運行?」


「ああ、なんでも『蒸気機関車』ってやつが、客を乗せて走るんだと。サージョ様の発明品だ、きっとすげえぞ!」


パン屋の親父の言葉に、俺の背筋が冷えた。

ただの噂話ではなかった。本当に動かすつもりなのか。俺はその足で、王都へ向かう乗合馬車の手配をした。



数日後。オルライアの中央駅。

俺は、目の前の光景に言葉を失い、持っていた荷物を落としそうになった。


「な……なんだ、あれは……?」


駅のプラットホームに鎮座していたのは、俺の想像を絶する怪物だった。

鉄の馬? いや、そんな生易しいものではない。


見上げるような巨大な車輪。漆黒に輝く鋼鉄の装甲。後方には長く連結された箱型の車両。

大きさは、俺が想定していた馬車の十倍どころではない。城壁の一部が切り取られて置いてあるかのような、圧倒的な質量感。


「こんなものが……動くのか?」


動くはずがない。物理的にあり得ない。

だが、その怪物は俺の常識を嘲笑うかのように、白い蒸気を噴き上げた。

凄まじい排気音とともに、地面が震える。


「出発進行!」


制服を着た駅員の声とともに、怪物――蒸気機関車が、ゆっくりと動き出した。

最初は重々しく。だが、すぐに車輪の回転は速まり、人の早歩きを追い越し、全力疾走する馬すらも凌駕する速度へと加速していく。


轟音を残し、鉄の塊は地平線の彼方へと消えていった。


「……馬鹿な」


俺は震えが止まらなかった。

あれだけの質量を、あれほどの速度で運ぶ。

もし、あの後ろの箱に積まれているのが、客ではなく兵士だったら?


完全武装した兵士千人を、馬車なら一週間かかる距離を、わずか数時間で移動させることができる。国境に敵が現れた瞬間、即座に援軍が展開され、補給物資が無限に届く。


「……戦争の概念が変わる」


兵員輸送の効率化どころではない。これは、軍事バランスそのものの崩壊だ。攻め込んだが最後、我が国は瞬く間にこの鉄の網に絡め取られ、すり潰されるだろう。


俺は宿に戻ると、震える手で本国への緊急報告書を書き上げた。


『至急報告。オルドリンド、巨大な自走式鉄製車両を開発。数百の兵員を高速輸送可能。従来の兵站概念は通用せず。直ちに対策を請う』



三週間後。西方の都市を調査していた俺は本国から届いた返信を受け取り、絶望で膝から崩れ落ちそうになった。


『貴官の報告は確認した。だが、長期任務で疲れているのではないか? 少し休んでから任務を続行されたし。送るならもっとまともな、現実的な軍事情報を送れ。以上』


「……ふざけるなッ!!」


俺は羊皮紙を壁に叩きつけた。

現実的? これが現実だ! 俺はこの目で見たんだ!


だが、上層部の石頭たちには、この脅威が想像すらできないのだ。彼らの頭の中にある最新兵器は、せいぜい新型の火縄銃や、少し強力な火球を放つ魔法使い程度なのだから。


「なんで……なんで話を聞いてくれないんだ……!」


憤りが込み上げる。だが、俺は諜報員だ。帰還命令が出ていない以上、勝手に任地を離れることは死罪に値する。

俺は唇を噛み締め、再び街へと出た。何か、奴らに理解できる形の証拠が必要だ。


そんな時、酒場でガラス細工師の会話を耳にした。


「聞いたか? 今度は王都で『街灯』の点灯式があるらしいぞ」


「街灯? たいまつを掲げるのか?」


「いいや、サージョ製の魔導具だ。夜を昼に変える魔法の光だとよ」


俺の勘が警鐘を鳴らした。

俺は再びに王都へと舞い戻った。



王都の大通りは、祭りのような熱気に包まれていた。

夕闇が迫る中、通りには等間隔に、奇妙なガラス玉を冠した鉄柱が並んでいる。


「……あれが、魔導具だと?」


その数に、俺は戦慄した。

一本一本に、高価な魔石や増幅器が組み込まれているはずだ。それを、こんな無防備に、しかも数百本単位で屋外に設置するだと?


王城の宝物庫にあるような魔導具を、雨ざらしにするようなものだ。この国は、それほどまでに生産体制が整っているというのか。


「点灯五秒前! ……三、二、一、点灯!」


カッ、と音が聞こえた気がした。

瞬間、俺の視界は白に染まった。


「おおおおおおッ!!」


市民の歓声が爆発する。


「な……!」


俺は目を見開いた。

明るい。あまりにも明るい。

揺らめく炎の心許ない光ではない。直視できないほどの純白の光が、王都のメインストリートを一直線に照らし出している。


夜の帳が降りかけていた空が、そこだけ切り取られたように昼間であるかのように輝いていた。


「魔法だ……だが、これは……」


俺の周りで、子供たちがはしゃぎ回り、老人たちが拝んでいる。

だが、俺に見えていたのは「絶望」だった。


魔導具とは、選ばれた職人が数ヶ月かけて作る一点物のはずだ。

だが、この国ではそれを街灯として惜しげもなく並べている。

これは、彼らが魔導具を「工業製品」として量産できることを意味している。


経済力、技術力、および軍事力。

魔導具をこれほど容易く揃えられる国に、我が国の騎士団が勝てる道理がない。


暗闇でも昼間のように行軍でき、鉄道で無尽蔵に補給を受ける軍隊。

対して我が国は、松明を持ち、斥候を走らせ、泥道を馬で進む軍隊。


「……勝てない。絶対に勝てない」


確信した。大陸中のどの国が束になっても、今のオルドリンドには傷一つつけられないだろう。

このままでは、我が国は何も知らぬまま、この巨大な怪物に飲み込まれる。


俺は群衆をかき分け、路地裏へと走った。

もう、手紙など書いている場合ではない。

文章でどれだけ熱弁しても、彼らは夢物語として処理するだろう。

俺が直接帰り、上官の胸倉を掴んででも、この目で見た「未来」を伝えなければならない。


それは、無許可離脱という重罪だ。

見つかれば処刑されるかもしれない。本国についても、狂人扱いされて投獄されるかもしれない。


「……それでも、行かねば」


俺は懐の身分証を握りしめた。

命を賭ける価値はある。祖国が、あの鉄の馬に踏み潰される前に。


俺は王都の光を背に、闇夜の街道を走り出した。その背中には、決して消えない「文明の光」の恐怖が焼き付いていた。

最後までお読みいただきありがとうございます。


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