第45話 俺自身として生きられる場所へ
早速サトシは、杉山教授から紹介を受けた各界の重鎮たちに連絡を取り、研修センターに招集した。
そこに集まったのは、引退した老技術者から現役の大学教授、大手ボイラーメーカーの設計者、地質学者、鉄道メーカーに鉄鋼メーカーの技術者まで、日本の近代化を支えてきた知性の結晶とも言える錚々たる顔ぶれだった。
サトシは彼らの前に、縮尺だけを変更したオルドリンドの巨大な地図を広げた。
「皆さんに依頼したいのは、この架空の土地に『19世紀の技術を体験することができるテーマパーク』を建設するためのグランドデザインです」
絶対条件は「15世紀から16世紀相当の現地の技術水準」で製造・保守が可能であること。
その制約の下で、鉄道網、ガス供給網、さらにはそれらを運用するための設計図や組織図、保守点検マニュアルまであらゆる書類の作成を依頼した。
「なるほど、中世末期相当の鍛冶技術でいかにして高圧ボイラーの安全性を担保するか……。これは燃える課題だ」
集まった技術者たちは新しい玩具を与えられた子供のように目を輝かせていた。
「ベアリングの鋼材が手に入らない前提での、砲金鋳物の軸受設計か。面白い、やりましょう」
自分たちの知識が、現代のオートメーションに頼らず原理だけでどこまで世界を動かせるか。技術者たちは、この「あまりに制約の多いパズル」を、最高に贅沢な知的遊戯として歓迎したのだ。
◇
技術者たちは、研修センターに泊まり込むほどの熱の入れようで、二ヶ月にわたる活発な議論の末、完璧な設計図面と仕様書の山を完成させた。
「……素晴らしい。これだけの厚みの『文明の設計図』があれば、きっとテーマパークは動き出せますよ」
サトシはそれぞれに報酬を支払い、一人一人に深々と頭を下げた。 建前上は「計画段階であり、採算性を考慮して着工を検討する」と伝えて。
技術者たちが満足げに退出していく中、一人の老技術者だけが部屋に残った。
かつて新幹線開発の最前線にいたという男は、窓の外を眺めながら静かに口を開いた。
「サトシさん。……他の連中は面白がっていたが、私は少し違う感想を持ったよ。これほど精密に、現地の地質や植生まで考慮した設計を求めるなんて。……本当にどこかに、こういう国があるんじゃないのか?」
老技術者の鋭い眼光がサトシを射抜く。 サトシは一瞬の沈黙の後、肩をすくめて軽く受け流した。
「……テーマパークというのは、夢を売る商売ですから。設定こそが肝なのですよ」
「ふむ……無粋な質問だったな。忘れてくれ」
老技術者は苦笑し、背を向けて出口へと歩き出した。 だが、去り際に立ち止まり、背中越しにこう言い残した。
「もし……もしこれが実現するなら。私はもうこの歳だ、最期の仕事として現地で手伝ってやってもいい。……それが、たとえどんな場所であってもだ」
その言葉には、理屈を超えた職人の執念が宿っていた。 サトシは彼の背中を見送りながら、密かに手帳にチェックを入れた。
(あの人なら……異世界の真実を話し、招き入れてもいいかもしれないな)
机の上並べられたのは、日本の頭脳たちが二ヶ月を費やして編み出した膨大な技術書の束。 会社法、金融工学、施工管理、そして19世紀型工業の全貌。
現代日本で手に入れられる最高密度の技術パッケージが、今、サトシの手元に揃った。
◇
帰還の前夜。
現代の最後にと東京を観光しホテルに宿泊したサトシは、ビルの屋上から宝石を撒いたように光り輝く東京の夜景を見下ろしていた。 隣には、現代の服に身を包んだエレナとカイルが立っている。
断続的に、しかし延べ六ヶ月に及ぶ滞在は彼らにとって世界の理を根底から覆す、あまりに濃密な時間だった。
「……この世界は、本当にいい場所ですわね、サトシ様」
エレナが静かに呟いた。その瞳には、光の海となった大都市の静謐さが映っている。
「飢えることもなく、夜も明るく、法という目に見えない鎖がすべての人を守っている。そして今のサトシ様には莫大な富まであるではないですか。……ここに留まるという選択肢も、あるのではないでしょうか」
サトシは、冷たい缶コーヒーのプルタブを引き、一口飲んでから静かに首を振った。
「いや。ここは居心地が良すぎる。エレナ、この世界では俺は『飼いならされた家畜』でしかなかったんだ」
サトシの視線は整然と並び、深夜だというのに光を放つ高層ビル群を射抜くように見つめた。そこに彼は己のブラック企業時代の光景を重ねている。
「ここでは、誰かが決めたルールに従い、誰かが作ったシステムの中で、決められただけの利益を享受する。それは死ぬまで続く、退屈で安全な監獄だろうさ。……だが、向こうは違う」
サトシは、先ほどまで三人で議論を交わしていた異世界の地図を握りしめた。
「向こうは過酷だ。不条理で、泥臭く、魔法という理不尽が罷り通る。だが、あそこにはまだ『空白』がある。俺がルールを作り、俺が秩序を定め、俺が歴史を動かせる。……俺という男が、俺自身として生きられるのは、あの残酷で自由な世界だけだ」
かつて組織の歯車として使い潰されかけた男の瞳に、鋭い光が宿る。
カイルが不敵に笑い、窮屈そうだったスーツの肩を回した。
「全くだ。この世界のメシはうめぇが、平和すぎて腕がなまっちまう。俺の居場所も、あっちの戦場にあるぜ。それにこの『近代戦術』とやらを、早くあそこの馬鹿どもに見せつけてやりたいもんだ」
カイルはそう言い捨てると、軽く踏み込み夜の闇に向かって鋭いジャブを繰り出した。
「……分かりました。どこまでもお供いたします。私たちが作る、新しい世界の夜明けのために」
エレナが深く一礼し、サトシの傍らに寄り添った。
翌朝、自宅に帰還したサトシはタブレットを起動した。
現代の法と金を武器に変え、未来の設計図を抱えた三人の影が、この街から溶けるように消え去る。
次に彼らが目を開ける時、そこには大航海時代の風と、魔法の気配、そしてこれから彼らが引き起こす「激動」の予感が満ちているはずだった。
【第四章 現代編・完】
獲得リソース: 異世界近代化の完全設計図一式(鉄道・ガス・製造・保守管理)
潜在的戦力: 現代技術者の招聘パイプ(老技術者)
サトシの決意: 魔法と技術を融合させた「オルドリンド産業革命」の開始
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