第33話 「恩義」は数十年続く利益となる
港湾都市シーリンは、たった一日で「死の街」と「生の街」に分断されていた。
鉄格子を閉ざし、暴徒と化した群衆に包囲され続けている王都系銀行の周囲は怒号が飛び交い、さながら地獄絵図であった。
それとは対照的に、既に殺到する群衆はおらず、他行から引き揚げた資金を預けに来る客で混みあってはいたものの、「通常営業」を続けていたサージョ・バンコの周辺は奇妙な平穏が保たれていた。
「……サトシ様、バンコ・カピタルの頭取が、裏口から泣きついて参りましたわ。どうにかあの人垣を押しのけてきたみたいですわね。おかげでうちの裏口にまた人が集まり始めています」
つい先日まで「旧態依然とした銀行」とサトシを嘲笑い、高級馬車で街を闊歩していた男の姿はそこにはなかった。
土埃にまみれ着崩れた上着を必死に整えながら、すがるような目でサージョ・バンコの重厚な扉を叩く影があるだけだ。
「自分たちでは現金の確保ができなかったようです。なりふり構わず、救済融資を求めているようですわ」
エレナが呆れたように吐き捨てていった。
サトシは手元の書類から目を上げすることさえせず、ただ冷めた紅茶の表面を眺めていた。
「通せ。一応は客だ。丁重な対応をな」
サトシの言葉にエレナは短く応じ、執務室を後にした。残されたサトシは、窓の外で絶望の渦に呑み込まれつつあるシーリンの街を冷徹に見つめる。
サトシの狙いは彼らを破滅させることではない。 王都系銀行が積み上げた「負債」という名のゴミの山を、自らの帝国の「礎」へと変えるための仕上げの時間が始まったのだ。
「……さて、王都のエリートがどんな顔で頭を下げるのか、拝ませてもらおうか」
サトシは冷めた紅茶を一口含み、死にゆく街の喧騒を静寂の中で味わっていた。
◇
執務室に現れたバンコ・カピタルの頭取は、震える声で頭を床に擦りつけんばかりの勢いで懇願しはじめた。
「サトシ殿! 同じ銀行家として助けてくれ! 一時的なキャッシュがないだけなんだ! 船さえ、アルテミス号さえ入港すれば、倍にして返す! 我々の業務は健全なんだ!」
頭取はかつての威厳など微塵も感じさせないほどに顔を歪ませ、サトシのデスクに身を乗り出していた。
しかし、サトシは組んだ指の上に顎を乗せ、まるで壊れた機械を見るかのような無機質な眼差しを相手に向けた。
「一週間の遅れでパンクする資金繰りを、銀行とは呼ばない。それはただの博打だ。今回の事態の責任は実体のない融資をおこない続けたあなたたちにある。我々は余裕のある資金をもって具体性のある事業への融資を心掛けてきた」
サトシは事前に調べ上げていたバンコ・カピタルが保有する債権リストを机のうえに投げた。
「だが、助けてやる。ただし、条件は二つ。一つ、貴殿の銀行の全債権、店舗、顧客情報をサージョ・バンコに譲渡すること。二つ、貴殿を含めた役員全員が最低限の私財を残して全財産を処分、引退することだ」
「な……! そんなものは救済ではない! 買収ですらない、まるで強盗ではないか!」
頭取は椅子の肘掛けを掴み立ち上がり、怒りと震えの混じった声を張り上げた。
しかし、サトシは組んだ指を解くこともせず、低く、澱みのない声でその言葉を撥ねつけた。
「強盗? おかしなことをいう、これは『清算』だ。貴様らがバラ撒いた空手形の責任を、俺が肩代わりしてやるといっているんだ。嫌なら、外で待っている群衆に直接説明しに行け。……一分で終わるはずだ。物理的にな」
窓の外から聞こえる「金を出せ!」という地鳴りのような咆哮が執務室まで響くと、頭取はがっくりと膝をついた。
◇
「……サトシ様、本当にあんなゴミ同然の債権を買い取ってよろしいのですか? 我々が売却した債権であればまだ実体がありますが、損失が出る案件も多いのでは……」
頭取が去った後、エレナが不安げに尋ねる。
「いいや、エレナ。ゴミの中にも『宝』はある。確かに今の状況下でこれらの債権に価値を見出すことは難しい。だが連中の顧客には、運悪く融資を止められただけの腕の良い職人や真面目な小商人が大勢いる。……連中を俺たちが救い、恩義という名の鎖で繋ぎ止めるんだ。失敗したのは銀行であって、実需を支える末端の連中じゃない」
サトシはそう言うと、バンコ・カピタルから奪い取った顧客名簿をゆっくりと捲った。 彼の指が止まるのは派手な大商会の名ではなく、着実に仕事をこなす名もなき職人たちの欄だった。
エレナは驚きに目を見開いた。彼女の目には、回収不能な焦げ付きに見えていた数字の羅列。それがサトシには輝く原石として映っていたのだ。
「いま、債務者から勝ち取った恩は、経済が正常化すれば数年、数十年にわたって俺たちに利益をもたらしてくれる」
サトシはこのシーリンの町で起きたバブル崩壊の中でも「敵」を作ることはなかった。 ただ自滅した傲慢な連中を排除し、行き場を失った有能な者たちを救済することで、自らのシステムに組み込み直したのだ。
「エレナ。明日の朝から『救済融資』の受付を開始しろ。ただし、条件は厳しいぞ。経営実態をすべて公開し、サージョの管理官を受け入れ、うちの『認定印』を掲示することに同意する事業者だけを対象とする」
「サージョの『認定印』……ですか?」
サトシの言葉は、救済というにはあまりに支配的だった。 サージョ・バンコの手先を経営の監視役として受け入れ、帳簿を公開する――それは実質的に、事業の主導権をサトシに差し出すことと同義である。
エレナはその過酷な条件に、一瞬戸惑いの表情を浮かべた。 しかし、サトシの視線はすでに、その先にある「再生」の形を捉えていた。
「今のシーリンに必要なのは、金そのもの以上に『信頼の証明』だ。カピタルに裏切られ、商人たちはサージョ以外どこも信じられなくなった。だからこそ、うちの認定印はその事業が健全であるという唯一の保証書になる」
「職人たちは、二度と不渡りの恐怖に怯えなくて済む。俺たちは彼らの経済活動から利益を得る。……エレナ、これは慈善事業じゃない。この街の血流すべてをサージョ・バンコの心臓に繋ぎ直すんだ」
今この瞬間こそバブルが弾けて、いい「資産」が破格の値段で投げ売りされていた。 サトシは混乱の最中だからこそ、シーリンの経済を再定義するための大掃除を開始した。
【第33話 収支内訳】
預金受け入れ総額: 金貨 220,000枚
収入項目:
バンコ・カピタル等の接収資産: +金貨 48,000枚相当(帳簿上の価値・固定資産含む)
接収銀行の残存現金: +金貨 2,800枚
既存事業: +金貨 1,750枚
預金利息: +金貨 52枚
為替決済手数料: +金貨 420枚
支出項目:
パニック鎮静・不良債権整理費用: ▲金貨 15,000枚
接収店舗の改装・サージョ化費用: ▲金貨 3,000枚
代理店(各地両替商)への配当: ▲金貨 350枚
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