ある新兵の教練
「おい、そこ。また眉間にシワが寄っているぞ。客を殺す気か?」
担当教官の鋭い指摘に、筋骨逞しいサージョの新兵、ロキは舌打ちしそうになるのを必死に堪えていた。
ロキはシーリンの裏路地で、通行人を脅しては酒場で喧嘩を売るだけの「チンピラ」として生きてきた男だった。そんな彼がサージョ・バンコの警備兵に志願したのは、半年前に結婚した控えめな妻ミナの存在があったからだ。
ミナはロキとは正反対に、争い事を嫌うおとなしい女性だった。彼女は毎日、傷を作って帰宅するロキの身を案じ、消え入りそうな声で訴えていた。
「……あなた。生まれてくる子の父親が、いつ刺されて死ぬかわからないような生き方は、もうやめましょう?」
生まれてこの方、暴力しか能のない男が真っ当な職に就くのは難しい。彼には金もなければコネもなく、つける仕事といえば命を切り売りする傭兵くらいのものだった。
だが、サージョ・バンコだけは違った。
ここは出自や前職などは問われない。登用試験に合格しさえすれば、ロキでも訓練部隊に仮入隊ができるのだ。そのうえ、もしもの時の負傷手当、死亡時の見舞金、さらには引退後の再雇用まで約束された、路地裏の生活とは雲泥の差の「保証」があった。
◇
だが、染み付いた癖は抜けない。警備訓練中に少しでも挑発されれば、反射的に拳が出てしまう。
(クソ、やっぱり俺には向いてねえ。……いっそ、傭兵にでも志願して命を売り飛ばすか)
どうせ俺みたいなごろつきは戦場で使い潰されるのがお似合いだ。そうヤケになりかけていた時、背後から聞き慣れた低い声がした。
「悶々としているな、ロキ。……少し付き合え。模擬戦だ」
統括官のカイルだった。
訓練場の隅、二人は木剣を構えて対峙した。ロキは喧嘩仕込みの無茶な猛攻を繰り出すが、カイルは柳のようにそれを受け流す。ロキの木剣が空を切るたび、カイルの剣先がロキの喉元やこめかみに「コツン」と軽く触れる。
「もう一度だ。……腰が浮いているぞ、踏み込みも足りん。腕だけで振るんじゃない」
一時間が経過した頃、ロキは肩で息を切り、汗まみれで膝を突いた。一方のカイルは、呼吸一つ乱していない。
「……ゼェ、ハァ、……強すぎるだろ。あんた、化け物か」
「俺より強い奴など、王都に行けばいくらでもいる」
カイルは静かに剣を収め、へたり込んだロキを見下ろした。
「街のチンピラとしてはそこそこやれたのかもしれんが、ロキ、お前がその程度の腕で傭兵になれば無様に屍をさらすだけだ。ミナ殿とかいったか、妻と子にはなにも残らんぞ」
妻の名前を呼ばれ、ロキは何も言えず地面を睨みつけた。
「いいか。剣を振って動かない的を叩き斬るだけなら猿でもできる。だが、誰かの笑顔を守るために剣を収め、秩序を維持するのは、その百倍難しい。俺もここ数年で知ったことなんだがな。……お前を、ただのチンピラではなく『誰かを守れる人間』にしてやる。俺を信じろ」
カイルはそう言うと、手を差し出した。ロキはその大きな掌を握り、ゆっくりと立ち上がる。
「よし。まずはその人食い熊のようなツラをどうにかしろ。……笑顔の練習だ。口角を上げろ。次は挨拶だ。腹から声を出せ、だが怒鳴るな」
「えっ……ま、マジかよ。そんなのが警備の仕事なのか?」
「マジだ。お客様に安心感を与える。それがサージョの警備兵だ」
◇
その日の暮れ、ロキは家で水の入った桶に顔を映しながら不器用な笑顔を作り、カイルの言葉を反芻していた。それを見守るミナが、不思議そうに、けれど嬉しそうに微笑む。
『剣は、銀行の信用を守る最後の盾だ』
これまでは、力は奪うための道具だった。だが、ここでは、力を振るわないことが家族の生活を守ることに繋がっている。
ロキは自分が守るべきものの正体を少しだけ理解し、再び桶に向かって、これまでで一番柔らかな(それでもまだかなり怖い)笑顔を作った。
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