水平線を見つめる瞳
バルモアたちを乗せた船が水平線の彼方へ消えてから、三ヶ月が過ぎた。 港湾都市シーリンの商館ではサトシは執務室の窓辺に立ち、一人で夜の海を見つめていた。
「……あいつらはもう新大陸に無事たどり着いただろうか」
口から洩れた呟きは、潮騒にかき消されるほど小さかった。 周囲には「対処できるリスクはすべてつぶした。バルモアを信じる」と豪語し、巨大な倉庫を買い取って見せた。
だが、不安がないはずもない。 一歩この執務室へ入り、独りきりになれば、心の中には「もしも」という言葉が絶えず渦を巻いていた。
「アルコールによる衛生管理、ネズミの駆除、栄養の計算。……科学的に考えれば、生存率は飛躍的に高まっているはずだ。だが……」
サトシは組んだ指を強く噛み締めた。 海には、現代の知識ですら制御不可能なリスクが無限に存在する。突発的な暴風雨、未知の海流、岩礁、あるいは海賊の襲撃。
もしバルモアたちが帰ってこなければ、サージョ・コメルツォの財産の半分近く、そして「新大陸航路の独占」という未来のすべてが泡と消える。すべての戦略を一から練り直さねばならない。
「怖ろしいな。自分以外の人間に運命を預けるというのは、これほどまでに……」
幸い酒精と香水の既存事業は順調だ。 日々の維持費を上回る利益は確実に出ている。
しかし、この遠征に投じた資本はあまりに巨大だった。 必要な投資であった。しかし理屈で感情をねじ伏せることは困難である。投資家として、この「待ち時間」のもどかしさは、精神を削り取るような苦痛だった。
コンコン、と軽い音を立て扉がノックされる。
「サトシ様、明日の取引で必要な決済が残っています。確認をお願いしてもよろしいでしょうか?」
エレナの声だ。 サトシは一瞬で表情を「サージョ・コメルツォの冷徹な主」へと作り変え、エレナを迎え入れる。
動揺を見せるわけにはいかない。 サトシが不安に震えているとたった一人にでも知られてしまえば、タブレットの評判に傷がつく。あれは「奇跡の薬」でなければならないのだから。
「ああ、入ってくれ。……バルモアたちが帰ってきたとき、うちが盤石でなくては困る。日常業務だからといって気を抜かず確実に処理していこう」
「はい! サトシ様がいつもそう仰ってくださるから、商会一同安心して過ごせるのですわ」
信頼の眼差しを向けるエレナに対し、サトシは淡々と指示を飛ばし、山のような雑務を処理し始めた。 だが、強くペンを握る指先が、わずかに冷たい。
今の自分にできるのは、祈ることではない。 彼らが帰還した瞬間に、その富を何倍にもに増幅させるための「器」を磨き続けることだけだ。
サトシは、再び窓の外、暗い海の向こうに思いを馳せた。 まだ航海は半分も終わっていない。
嵐は、海の上だけでなく、彼の心の中でも吹き荒れ続けていた。
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