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1500万円で異世界を買い叩く 〜ブラック企業で貯めた金で【銀行】を作り、【産業革命】を起こして魔法世界を経済支配する〜  作者: 高山 虎
IFストーリー集

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【IFストーリー5】鉄のカーテンと魔導の冷戦――あるいは加速する狂気 (最終章中盤から分岐数十年後をイメージ)

※注意

 IFストーリーシリーズは本編とは時間軸が異なったパラレルワールドです。

 時系列や登場人物の生年、キャラクターの能力や設定が異なったりします。

 かつて、サトシが思い描いた世界は「誰もが等しく、安全で豊かに暮らせるインフラの構築」であった。彼は前世の現代知識を小出しにし、社会の受容能力を見極めながら、ゆっくりと、だが確実に大陸の近代化を進めていた。


 しかし、その「遅々とした歩み」に、どうしても耐えられない天才が一人いた。学術ギルドの代表にして、大陸最高の頭脳を持つ技術狂マッドサイエンティスト――アリスである。


「なぜ、わざわざ愚かな大衆の歩幅に合わせる必要があるの? サトシ様、あなたの頭の中には世界を進める技術があるのに、なぜそれを『安全性が確認されるまで』、『市民の理解が追い付いてから』なんてくだらない理由で何年も引き出しに眠らせておくのよ!」


「技術は、人間が幸福に生きるための道具だ。倫理を無視して技術だけを加速させれば、社会は崩壊し、適応できない弱者がすり潰される。それは俺が最も憎む搾取の世界だ」


「弱者がすり潰される? それの何が悪いの。適応できない旧人類は淘汰され、技術に追いつける新人類だけが次のステージへ進む。それこそが進化よ。……あなたの『優しいインフラ』は、人類の可能性に対する重大な裏切りだわ」


 サトシとアリス。二人は決定的なイデオロギーの相違により、永遠に袂を分かつことになる。


 アリスは、自身の狂信的な支持者である学術ギルドのトップエリートたちと、最新鋭の魔導技術の設計図を根こそぎ奪取し、大陸の東へと出奔した。彼女は東方の旧国家群を、その圧倒的な超越技術による武力で瞬く間に制圧・統合し、新たな国家を樹立した。


 ――『東方魔導帝国』。


 対するサトシは、残された大陸の大部分のインフラと経済網を死守し、徹底した量産体制と法治国家としての基盤を固めた『西方サージョ連邦』を再編した。


 かくして、大陸の中央には決して交わることのない「鉄のカーテン(魔導障壁)」が築かれた。

 

 西のサージョ、東の魔導帝国。

 血みどろの全面戦争こそ起きていないものの、互いが互いの喉元に刃を突きつけ合う、極限の緊張状態――『冷戦』の時代が幕を開けたのである。



 大陸を南北に分断する非武装緩衝地帯の上空、高度一万メートル。西方サージョ連邦の国営航空が運航する最新鋭の大型旅客機『サージョ・エアライン七〇四便』が、分厚い雲海の上を巡航していた。


 機内では、ビジネスマンや家族連れが、エアコンの効いた快適なシートでコーヒーを楽しみながらくつろいでいる。それはサトシの理念の結晶である「安全で快適な大衆向けの空のインフラ」であった。


 だが、コックピット内の空気は、客室の穏やかさとは裏腹に凍りついていた。


「機長! レーダーに機影! ――東側から来ます! 速度、マッハ三以上! は、速すぎる、物理限界を完全に超越しています!」


「落ち着け、副操縦士! 航路は絶対に外れるな。我々はサージョの民間機だ、そうやすやすとは手出しはできないはずだ!」


 機長が操縦桿を握りしめ、脂汗を流しながら窓の外を睨みつける。次の瞬間、旅客機の窓の外、わずか数十メートルの距離を、二つの黒い影が音もなく並走し始めた。


 それは、鳥とも飛行機ともつかない、鋭角的な刃物のようなフォルムをした漆黒の機体だった。その機体のコックピットに相当する部分には黒い装甲板が張られ、そもそも人間が乗るスペースが存在していない。


 アリスが開発した、倫理を完全に無視した悪魔の兵器――『完全自律型・無人戦闘機ヴァルキリー・ドローン』である。


「ひぃっ……! こ、こんな近距離で……少しでも気流が乱れれば衝突しますよ!」


「奴らには『パイロット』が乗っていない! だから恐怖も、命の重さも、常識的な安全距離もプログラムされていないんだ!」


 東方の無人戦闘機は、サージョの旅客機を嘲笑うかのように、信じられない挙動を見せた。突如として真上へ九十度の直角上昇を行い、そのまま旅客機の頭上スレスレを背面飛行で通り抜ける。


 もし人体のパイロットが乗っていれば、強烈な(重力加速度)によって脳の血管が弾け飛び、即死しているほどの異常な機動だ。安全と倫理を完全に度外視し、機体の性能限界を極限まで引き上げたアリスの科学力。


 それは、サトシの人を乗せて安全に運ぶという大前提で作られた旅客機を、まるで止まっている標的のように見下していた。


『――こちら西方防空司令部。七〇四便、そのまま航路を維持せよ。奴らは挑発しているだけだ』


 無線から、空軍オペレーターの低く冷静な声が響く。


『こちらが先に攻撃(トリガー)を引くのを待っている。無視しろ。絶対に手出しをするな』


 無人戦闘機は数分間、旅客機の周囲を飛び回って圧倒的な性能差を見せつけると、やがて飽きたように機首を返し、音速の壁を破る衝撃波(ソニックブーム)を残して東の空へと消え去っていった。


 機長は深く安堵の息を吐き、震える手で汗を拭った。空の覇権は、恐ろしい速度で東側へと傾きつつあった。



 空で圧倒的な技術の威容が示される一方、地上の裏路地では、さらに血生臭い暗闘が繰り広げられていた。互いの国境沿いの中立都市。降り頻る冷たい雨の中、ネオンの光が水たまりに反射する裏路地で、二つの影が激しく交差した。


「チッ……! 東側のモグラめ、足が速すぎる!」


 サージョ情報局に所属する工作員が、通信機に向かって舌打ちをする。彼らは、サージョの誇る統一規格のアサルトライフルを構え、統制の取れた陣形で一人の男を追い詰めようとしていた。


 逃亡しているのは、東方魔導帝国のスパイである。東側のスパイは、常軌を逸していた。雨を弾く漆黒の光学迷彩コートを羽織り、その両目には赤く発光する『魔導義眼』が埋め込まれている。


 アリスの禁忌を厭わぬ探求心は、兵器だけでなく人体そのもののサイボーグ化にまで及んでいたのだ。


「西の腑抜け共が! 大衆向けの量産品(オモチャ)で、俺の『加速神経(ブースト)』に追いつけると思うな!」


 東のスパイの足の筋肉に埋め込まれた魔導回路が明滅した瞬間、彼の身体が文字通り弾丸のように路地裏を跳弾し、サージョの工作員たちを撹乱する。放たれた銃弾は、スパイの展開した個人用の電磁バリアによってすべて弾き返された。


「魔力パルス手榴弾、投げます!」


 サージョの工作員が冷静に声を掛け合い、路地の奥に向かって特殊な手榴弾を放り込んだ。閃光と同時に、強力な魔力妨害波が路地に充満する。だが、東側のスパイはそれすらも予測していたかのように、義眼のモードを瞬時に切り替え、バリアの出力を最大にして強引に耐え抜く。


「無駄だ! 我が帝国の『魔力核』の出力は、貴様らの魔力パルスごときでショートするほどヤワじゃない!」


 スパイが腕の仕込みブレードを展開し、サージョの工作員に襲い掛かろうとした、その瞬間。


「出力が高いのは結構だが……燃費が悪すぎるんじゃないか?」


 路地の上の非常階段から、影が音もなく飛び降りた。カイルである。サージョ軍の最高司令官にして、情報局のトップ自らが前線に立っていた。


 カイルの振り下ろした電磁バリアを強制的に中和させる特殊軍用ナイフは、スパイの義手の一本を根元から切断した。


「ぐあぁぁっ!?」


「身の丈に合わないオモチャ(機械化)任せの動きだ。経験が浅い。だから反応速度が遅れる」


 カイルは無造作にスパイを路地に押さえつけ、その懐から血に染まった銀色のデータチップを奪い返した。


「……確保した。中身は無事だ」


 カイルが通信機で報告する。スパイが盗み出そうとしていたもの。それは、サージョの最高機密である『工場生産ラインの最適化アルゴリズム』データであった。


 ここに、東西冷戦の極めて歪な構造があった。


 東方魔導帝国(アリス)の技術力は、いまやサージョを十年、いや二十年は凌駕していた。単体の無人戦闘機や、人体改造を受けたスパイの戦闘力は悪魔的なまでに高いといえる。だが、アリスの弱点は「量産能力の圧倒的な欠如」にあった。極限までチューニングされたワンオフの兵器を作ることはできても、それを何十万個と安価に生産し、前線に安定供給する「兵站(ロジスティクス)」と「規格化」の概念が抜け落ちているのだ。


 ゆえに東側は、常にサージョの『量産技術』を喉から手が出るほど欲しがり、スパイを放ち続けていた。


 対して西方サージョ(サトシ)は、東方のように百点の兵器は作れないが、七十点の戦車や銃を数万単位で即座に生産し、強固な経済網で国力を維持できる。だが、東側の生み出す『次世代マナ・コア』のようなブレイクスルー技術はない。


 いずれ圧倒的な性能差で押し切られてしまうことは目に見えていた。互いが互いの弱点を補うため、技術とノウハウを奪い合う、果てなき諜報戦が夜の闇で繰り広げられていたのだ。



 サージョビル、地下深くの防爆指令室。

 奪還したデータチップの報告を受けたサトシは、ホログラムの地図を挟んで、法務と内政を統括するエレナと向かい合っていた。


「……空の挑発といい、裏路地でのスパイ騒ぎといい。東側の焦りが見え隠れしてますね」


 エレナが、銀髪をかきあげながら冷ややかに分析する。


「こちらの諜報員の報告によれば、東方魔導帝国の経済はすでに破綻寸前です。アリスは国家予算の八十パーセントを軍事と最新研究に注ぎ込んでいる。結果として、一部のエリートやサイボーグ兵士だけが富を独占し、技術に適応できない国民の九割は、浮遊都市の真下にあるスラム街で廃棄物のごみを漁って飢えているそうです」


「技術に人間を合わせようとすれば、当然そうなる」


 サトシは苦渋に満ちた顔でため息をついた。


「俺が作りたかったのは、弱者でも生きられる社会だ。アリスが作っているのは、強者しか存在を許されない生存競争の実験場(コロシアム)だ。あいつは、国民を人柱にして技術的特異点(シンギュラリティ)に到達しようとしている」


 その時、指令室の奥にある厳重なロックが施されたデスクの上で、古めかしい赤い魔導電話機が鋭いベルの音を鳴らした。


 東西のトップ同士を直接繋ぐ、唯一の暗号化通信回線――『ホットライン』である。サトシはゆっくりと歩み寄り、受話器を取った。


『サトシ様? 相変わらず、あなたは地下の穴倉でネズミのように震えているのかしら』


 受話器の向こうから、何一つ変わらない、無邪気な残酷さを孕んだアリスの明るい声が響いた。


「アリス。今日、お前のヴァルキリー・ドローンが緩衝地帯を二キロ越境した。それに、産業スパイの件。これは明確な協定違反だ」


『ふふっ、細かい男ね。私の可愛いドローンたちは、地形を測量していただけよ。それより、あなたの所の鈍重な旅客機を見たわ。あんな空飛ぶ棺桶に乗って、人間が快適だなんて信じているの? 脳髄だけを機械に移し替えて、超音速で飛んだ方がよっぽど効率的で快適よ』


「……お前の国では、何人が餓死している? 技術のために人間性を捨てるなら、それは因果が逆ではないか」


 サトシの重い問いかけに、アリスは電話越しに心底可笑しそうに笑った。


『餓死? だからどうしたというの。彼らは「進化の速度についてこれなかった不要なパーツ」よ。私は彼らに、最先端のサイボーグ化手術を受ける権利を平等に与えているわ。それに耐えられず、適応できなかった旧人類が、勝手に自壊しているだけ。……私の帝国は、能力ある者にとっては至高の楽園よ』


 交わらない平行線。二人の天才は、全く別のゴールを目指していた。


『さて、サトシ様。そろそろ『超量産マトリクス』のデータを譲ってくれないかしら? 私の最新型兵器を量産するには、あなたの工場のアルゴリズムが必要なの。もし断るなら……』


 アリスの声が、一段と低く、冷酷なものに変わった。


『軌道上に打ち上げた私の『衛星型・戦略魔導レーザー』の照準を、あなたの可愛いサージョのど真ん中に合わせるわよ』


 指令室の空気が凍りつく。軌道上からのレーザー攻撃。もしそれが事実なら、迎撃の手段はない。しかし、サトシの顔に恐怖はなかった。彼は前世の冷戦時代から学んだ「ある概念」を、すでにこの世界に構築していたのだ。


「やれるものなら、やってみるがいい。だが、お前がその引き金を引いた瞬間、俺は大陸全土の『希少鉱石』の輸出を完全に封鎖する」


『……っ』


「お前の作る次世代マナ・コアには、西側からしか産出されない特定のレアメタルが不可欠だ。俺の首を落とせば、お前の帝国のエネルギーは数ヶ月で枯渇し、すべての浮遊都市がスラムの地面に墜落するだろう。……お前の高度な技術は、俺たちの泥臭い資源網(インフラ)の上に成り立っていることを忘れるな」


 圧倒的な技術力による物理的破壊か。圧倒的な経済力と資源の独占による国家の完全な餓死か。どちらかが手を出せば、両方が確実に滅びる。絶対的な恐怖の均衡――『相互確証破壊』である。


『……ふふっ。あははははっ!』


 沈黙の後、アリスの狂ったような笑い声が受話器から弾けた。


『最高よ、サトシ様! やはりあなたは私にとって、最高のライバルね! いいわ、今日はこの辺にしておいてあげる。でも忘れないで。私の技術が、あなたの資源への依存から完全に脱却したその日が、あなたの終わりよ!』


 ガチャン、と一方的に通信が切れた。受話器から漏れる電子音を聞きながら、サトシは重いため息をつき、静かに受話器を置いた。



「……サトシ様。東側の技術進化の速度は、異常です。この均衡がいつまで保てるか……」


 エレナが不安げに目を伏せる。


「分かっている。だからこそ、我々もこちらの技術を、人間の尊厳を守れる範囲で極限まで引き上げなければならない。諜報網をさらに強化しろ。アリスが何を企んでいるか、一秒とも見逃すな」


 サトシはホログラムの地図を睨みつけた。平和は、薄氷の上に辛うじて成り立っている。


 空には今日も、サージョの穏やかな旅客機と、魔導帝国の冷酷な無人戦闘機が交差している。路地裏では血を流すスパイたちが暗躍し、次世代の技術と量産の設計図を奪い合っている。


 正義はどちらにあるのか。すべての人間の安全と幸福を保障するが、歩みの遅いサージョの管理社会か。倫理と弱者を切り捨ててでも、人類を究極まで導く魔導帝国か。


 技術の向上により西側が滅ばされるのが先か、東側の破綻までサージョが耐えきるのか、終わりの見えないチキンレースは続く。


 人類が自らの手で自らを滅ぼすその運命の時計の針は、カチリ、カチリと、狂気の技術者と冷徹な投資家の間を行き来しながら、静かに、だが確実に破滅の午前零時へと近づき続けていた。


【完】

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