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1500万円で異世界を買い叩く 〜ブラック企業で貯めた金で【銀行】を作り、【産業革命】を起こして魔法世界を経済支配する〜  作者: 高山 虎
IFストーリー集

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【IFストーリー2】神と法と休日の行方――反逆のぽやぽや聖女 (第60話終了時から分岐をイメージ)

※注意

 IFストーリーシリーズは本編とは時間軸が異なったパラレルワールドです。

 時系列や登場人物の生年、キャラクターの能力や設定が異なったりします。

 彼女のささやかな願いは、極めてシンプルであった。


「難しいことはしたくない。痛いのも怖いのも嫌。ただ、毎日あたたかいお茶を飲んで、ふかふかのクッションでお昼寝をして、楽をして生きていきたい」


 それだけである。


 そのためにリリィは、自身の持つ「極めて希少で強力な治癒魔法の才能」という稀代の資質を、ただ己の安寧のためだけに行使し、神殿の聖職者という地位に就いたのだ。


 神殿に所属していれば、一生食いっぱぐれることはないし、重い荷物を運ぶような肉体労働もない。たまにやってくるお金持ちのケガや病を魔法でサッと治せば、涙を流して感謝され、お布施と共に美味しいお菓子までもらえる。


 まさに、彼女にとって神殿は「理想のぬるま湯」であった。


 しかし、物事はそううまくは運ばない。時代は、サトシという異邦人がもたらした「合理主義」という劇薬によって、激しく塗り替えられようとしていた。


 サトシが設立した医科大学と市民病院の登場は、医療と信仰のあり方を根底から覆した。近代医学の知識と魔法を融合させたその巨大な施設では、神殿よりも安く、誰もが清潔な環境で高水準の治療を受けることができた。


 かつては「神の奇跡」として神殿にすがるしかなかった重病の患者たちが、次々とサージョの病院へと流れていくのは当然の流れであった。そうして神殿に落ちる莫大なお布施や寄付金は激減していった。


「……このままでは、我ら神殿の権威は地に落ちる! サージョとかいう得体の知れない商会に、神の庭を荒らされてたまるものか!」


 神殿の最奥、ステンドグラスから差し込む光すら届かない薄暗い会議室で、高位の神官たちが怒りに顔を赤くして机を叩いていた。


「奴らは欲にまみれ、人民に堕落をもたらす悪魔だ! 金のことしか考えずに神の奇跡を『医療技術』などという無機質な言葉に貶めている!」


「左様! 今こそ我らは立ち上がらねばならん。世界がサージョという闇に包まれる前に、信仰の光を取り戻すための聖戦を!」


 神官長の声に、他の神官たちも熱狂的に頷く。


 しかし、言葉で聖戦を叫ぶのは簡単だが、強大な経済力とインフラを握るサージョに対抗するには、民衆の心を一つに束ねる「強力なシンボル」が必要だった。


「誰か……誰か、民衆を導き、サージョの悪魔的技術から人々を救い出せる『本物の奇跡』を体現できる者はいないのか?」


「……いや、いる。おりますぞ」


 神殿情報部の長が、ニヤリと陰湿な笑みを浮かべた。


「我が神殿の第三治療室に、桁外れの治癒魔法を操る小娘が。……才能は歴代の聖女にも匹敵するほどかと。しかし、何より素晴らしいのは、彼女の『頭の中身』です」


 情報部長は、報告書をテーブルに滑らせた。そこには、日向ぼっこをしながら口を開けて居眠りをするリリィの似顔絵が描かれている。


「彼女は、政治にも権力にも一切の興味がなく、ただお茶と昼寝を愛する『ぽやぽや』とした性格。……つまり、我々にとってこれ以上なく『担ぎやすい、軽い神輿』なのです。彼女を『反サージョの聖女』として仕立て上げれば、民衆は熱狂し、かつ我々の意のままに操ることができましょうぞ」


「おお……! 素晴らしい! 直ちにその娘を聖女に認定し法衣を着せよ!」


 かくして、本人が全く与り知らぬところで、リリィの運命は激動の渦へと放り込まれることとなったのである。



「え……? せ、聖女? 私が?」


 数日後。

 神殿の自室で優雅にハーブティーを飲んでいたリリィは、突然押しかけてきた高位神官たちに、金糸の刺繍が施された異常に重い純白の法衣を無理やり着せられ、目を白黒させていた。


「左様です、リリィ様! あなたこそ、神に選ばれし真の聖女! サージョの悪魔的医療から、哀れな子羊たちを救い出す希望の光なのです!」


「は、はあ……。あの、聖女になると、お給料は上がるんですか? お休みは増えます?」


「休みなどと言っている場合ではありません! 今この瞬間も、サージョの冷たいメスによって、人々の魂が汚されているのです! さあ、広場へ! あなたの奇跡を、民衆に見せつけるのです!」


 訳も分からぬまま、リリィは神殿前の大広場に設けられた特設の玉座へと引きずり出された。


 広場には、神殿の布告を聞きつけた何千人もの信徒たちがひしめき合っていた。この時点では、大陸の医療シェアはサージョと神殿で半々といったところであったが、サージョの「効率的で機械的な医療」に得体の知れない恐怖を抱く保守層も依然として多かったのだ。


「見よ! この方こそ神の御使い、聖女リリィ様であらせられる!」


 司教の芝居がかった大声と共に、リリィが壇上に押し出される。


「え、えーっと。リ、リリィです……。よろしく、お願いします……?」


 ぽやぽやとした、全く覇気のない挨拶。だが、その無防備で愛らしい姿は、逆に「打算のない純真無垢な聖女」として民衆の目に映り、広場は熱狂的な歓声に包まれた。


「おおおっ! 聖女様! どうか私の足の痛みを!」


「息子の病をどうか!」


 押し寄せる患者たち。リリィは戸惑いながらも、持ち前の圧倒的な治癒魔法を発動させた。


 淡い緑色の光が広場を包み込む。病院で使われるような外科的な処置も、麻酔も、苦い薬も必要としない。ただリリィが手をかざすだけで、あらゆる痛みが消え去り、傷が塞がっていく。


 その理不尽なまでの奇跡は、間違いなくサトシの近代医療の常識を凌駕するものであった。


「奇跡だ! 聖女様の奇跡だ!」


「サージョの病院なんて必要ない! 悪魔の技術を打ち払え!」


 熱狂する民衆。ほくそ笑む神官たち。だが、その熱狂の中心にいるリリィ本人の心境は、まったく別のベクトルへと向かっていた。


(えっ……ちょっと待って。これ、全員私が治すの……? 今日、何人来てるの!? 五百人!? 無理無理無理! 腕がもげちゃう!)


 ひきつった笑顔の裏で、リリィは心の中で絶叫していた。


 彼女は「楽をしたいから」神殿に残ったのだ。それなのに、聖女という神輿に担ぎ上げられた結果、休む間もなく魔法を使い続けるという、究極のブラック労働を強いられる羽目になってしまったのである。


「あ、あの! 司教様! 私、そろそろお茶の時間にしたいんですけど……魔力もキツいし……」


「何を弱気なことを! サージョの悪魔どもに我らの力を示す好機なのですぞ! さあ、聖女様のお力で、もっと! もっと奇跡を!」


「ひぃぃぃっ! ブラック! サージョより神殿の方がよっぽどブラック企業じゃないですかぁぁっ!」


 ぽやぽやとしたリリィは、泣く泣く「反サージョ・レジスタンス」のシンボルとして、過労死寸前の奇跡の安売りを続けることになったのだった。



 一方その頃。

 神殿勢力による「サージョ不買運動」と「反体制レジスタンス」の熱狂は、またたく間にサージョの知るところとなっていた。


 サトシは、報告書を読みながら呆れたようにため息をついた。


「……信仰と奇跡、ね。非合理極まりない。だが、あのリリィという女の治癒魔法のデータは本物だ。近代医療のシェアが三割も神殿に奪い返されている」


「いかがなさいますか、サトシ様。カイルの武力部隊を投入し、神殿を物理的に制圧しますか?」


「いや、馬鹿を言え。武力で弾圧すれば、あちらは『殉教者』になり、民衆の反発はさらに燃え上がる。俺たちが戦うべきは剣や魔法じゃない。いつだって『システム』だ」


 サトシは執務室の窓際で、静かに書類の束を整えていた銀髪の女性へと視線を向けた。


「エレナ。出番だ」


「承知いたしました、サトシ様。法と経済の何たるかを、時代遅れの狂信者どもに教えて差し上げましょう」


 サージョ法務部を統括する冷徹なる法の番人、エレナ。彼女は、分厚いアタッシュケースを手に取り、美しくも恐ろしい冷笑を浮かべた。


 翌日の午後。

 神殿前広場は、今日もリリィの奇跡を求める信徒たちでごった返していた。


「はぁ……はぁ……。もう、だめ……魔力が、すっからかん……。だ、誰か、甘いお菓子を……」


 玉座に座らされたリリィは、目の下のクマを隠すこともできず、白目を剥きかけていた。過労により、もはや聖女の威厳など微塵もない。


 その時である。広場に通じる大通りから、統一された黒いスーツに身を包んだ集団が、靴音を響かせて整然と行進してきた。


 剣も槍も持っていない。彼らが手にしているのは、バインダーと大量の書類だけだ。その先頭を歩くのは、冷ややかな空気を纏った銀髪の美女――エレナであった。


「な、なんだ貴様らは! 神聖なる儀式の最中であるぞ! 悪魔サージョの手先め、立ち去れ!」


 神殿の護衛僧兵たちが武器を構えて立ちはだかる。だが、エレナは歩みを止めることなく、アタッシュケースの中から一枚の書類を取り出し、僧兵の顔面に突きつけた。


「サージョ法務部執行官、エレナです。……あなた方神殿に対し、『サージョ法典・医療衛生法違反』『無許可の大規模集会による交通妨害』、および『神殿資産の不申告および、公金還流疑惑』にて、強制立ち入り監査と業務停止命令を執行しに参りました」


「な、なんだとぉっ!? 資産の不申告!? 無許可の医療!? 我らの奇跡を、俗世の法律で裁くつもりか!」


「ええ、裁きますとも」


 エレナは冷酷に言い放つ。


「あなた方が行っているのは、衛生管理の行き届かない屋外での『無免許の医療行為』です。さらに、治療の対価として『お布施』という名目で莫大な金銭を受け取っていながら、適正な申告を行っていない。これは明確な経済事犯です」


「黙れ、黙れ! 悪魔の法など知ったことか! 聖女様! 今こそあの銀髪の魔女に、神の怒りを!」


 神官長が、玉座でぐったりしているリリィに向かって叫んだ。


「……えっ? 私? 怒り? いや、私、治癒魔法しか使えないんですけど……」


 リリィが半泣きで首を振る。

 エレナは玉座のリリィを見据え、氷のような視線を向けた。


「あなたが、反体制のシンボルたる聖女リリィですね。……残念ですが、あなたの理不尽な魔法は、我々の合理的なシステムのノイズでしかありません。直ちに医療行為を停止し、同行を願います」


「い、いやだぁぁっ! サージョに行ったら、絶対に毎日残業させられるんでしょ!? 私はただ、お昼寝して美味しいお茶が飲みたいだけなのにぃぃっ!」


 リリィが幼児のように駄々をこねて叫ぶ。


「……なるほど。どうやら、話が通じる相手ではないようですね」


 エレナが冷たく目を細め、背後の法務執行官たちに合図を送る。


「やむを得ません。神殿の資産を差し押さえ、聖女を拘束しなさい」


「させん! 聖女様をお守りしろ!」


 広場は一触即発の事態となった。サージョの執行官たちが差し押さえの令状を掲げて前進し、神殿の僧兵たちが武器を構えた。


 イデオロギーの対立。近代の法 vs 宗教の奇跡。

 まさに、歴史的な宗教戦争の火蓋が切って落とされようとしていた。



「ああもう! やめて! どっちもやめてぇぇぇっ!!」


 その時。

 過労とストレスでついに限界を迎えたリリィの堪忍袋の緒が、音を立ててブチ切れた。彼女の全身から、これまでとは比べ物にならないほどの、桁外れの魔力の奔流が爆発した。


 しかしそれは、神殿が期待した「神の怒り(攻撃魔法)」ではなかった。


「私はっ! 疲れてるの! 寝たいの! だから……お前ら全員、強制的に休めぇぇぇっ!!」


 カッ……!!


 リリィの放った極大の魔法光が、広場全体、いや、王都の半分を覆い尽くした。それは、彼女の持つ治癒魔法の究極――『超広域・回復睡眠魔法』であった。


 細胞を極限まで弛緩させ、肉体の疲労を強制的に癒やすための、暴力的なまでの「強制休息の奇跡」。


「な、なんだこれは……身体が、力が……ふわぁぁ……」


 怒り狂っていた司教が、白目を剥いてその場に崩れ落ち、大きないびきをかき始めた。


「令状の……執行、を……。……おやすみなさい、サトシ様……」


 冷徹だったエレナでさえ、その理不尽な魔法の抗いがたい眠気に勝てず、アタッシュケースを抱えたまま、すうっと美しい寝顔を見せて床に倒れ伏した。


 バタバタと、広場にいた数千人の信徒、僧兵、法務執行官が、一人残らず深い眠りへと落ちていく。

 すべての音が消え去った。

 残されたのは、静寂と、無数の人々の穏やかな寝息だけである。


「……はぁ。はぁ……。やっと、静かになった……」


 魔力を使い果たし、肩で息をするリリィ。彼女は、眠りこけるエレナや神官長たちを冷めた目で見下ろし、ふんす、と鼻を鳴らした。


「宗教戦争? 法律? 知ったことですか。……私は、有給休暇が欲しいだけなんですよ」


 リリィは誰にも邪魔されることなく、広場の玉座に深く腰掛け、用意されていた冷めたハーブティーをぐいっと飲み干した。


 そして、ふかふかの法衣を毛布代わりに包まると、彼女自身も幸せそうな笑みを浮かべて、泥のように深い眠りへと落ちていった。



 数日後。

 サージョ本店ビル、最上階の執務室。


「……で? 君は、神殿とは縁を切り、我がサージョの傘下に入るということで間違いないな?」


 サトシ・サージョが、デスク越しに呆れたような視線を向ける。その視線の先、豪華なソファにふんぞり返ってお茶を飲んでいるのは、すっかり私服に着替えたリリィであった。


「裏切るも何も、あんなブラックな神殿、最初から願い下げです! 無休で毎日五百人も治癒させられるなんて、人間のやることじゃありません!」


 リリィはぷんぷんと怒りながら、サトシに一枚の書類を突きつけた。


「サトシ様! 私はサージョ医科大学の『特別顧問』として再就職します! ただし! 労働は週三日、一日四時間まで! 残業ゼロ! 有給休暇は完全消化! それから、神殿の残党が文句を言ってきたら、エレナさんの法務部で完膚なきまでに叩き潰してください!」


「……お前、反体制の聖女として担がれていたくせに、随分と俗物的で図太いな」


 サトシはため息をついた。


 あの強制睡眠事件の後、リリィの桁外れの能力を恐れた(そして彼女の図太い交渉に呆れ果てた)サトシは、武力や法律で彼女を制圧するのではなく、圧倒的なホワイト待遇でのヘッドハンティングという資本主義の究極の武器を使ったのである。


 神殿側は、最大にして最強のシンボルを「週休四日制」という餌でサージョにあっさりと買収され、完全に瓦解した。反乱の火種は、イデオロギーでも奇跡でもなく、ただの「労働環境の改善要求」によって鎮火させられたのだ。


「いいだろう。お前のその魔法のデータは、近代医療の研究に極めて有益だ。週休四日制を約束する代わりに、契約にある労働時間の限り、アリスの研究には徹底的に付き合ってもらうぞ」


「えっ……アリスさんって、あの徹夜ばかりしてるヤバい技術者の……? ちょ、ちょっと待って……!」


「契約は既に成立している。先ほどサインしたばかりだろう?」


 横で控えていたエレナが、リリィの前に先ほどサインした分厚い雇用契約書をドンッ! と置いた。その顔には、広場で眠らされた屈辱を晴らすかのような、極めて冷酷で美しい笑みが浮かんでいた。


「さあ、リリィさん。法と契約は絶対です。サージョの歯車として、身を粉にして働いていただきましょう」


「ひぃぃぃぃっ!! 騙された! 結局サージョもブラックじゃないですかぁぁっ!!」


 王都の空に、ぽやぽやとした元聖女の悲鳴がこだまする。


 宗教戦争は回避された。だが、アリスとの共同研究は四時間で八時間労働を上回る疲労をもたらすことになる。でもまあ週休四日なので前よりは良しとしようと渋々納得したリリィであった。


【完】

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