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1500万円で異世界を買い叩く 〜ブラック企業で貯めた金で【銀行】を作り、【産業革命】を起こして魔法世界を経済支配する〜  作者: 高山 虎
IFストーリー集

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【IFストーリー1】鉄と血の流儀――あるいは魔王の誕生 (第五章終了時から分岐をイメージ)

※注意

 IFストーリーシリーズは本編とは時間軸が異なったパラレルワールドです。

 時系列や登場人物の生年、キャラクターの能力や設定が異なったりします。

 サージョ・グループ本社ビル最上階。

 分厚いマホガニーの机の上に広げられた大陸全土の地図を、サトシは冷徹な目で見下ろしていた。


 彼の背後には、すでに完成を見た国内の鉄道路線図が誇らしげに描かれている。

 かつて特権階級の象徴であった神殿勢力も、今やサージョの資本の前に屈し、反発する恐れはない。国内における基盤は、もはや盤石と言っていい状態へと至った。


 だが、サトシの視線は、それでもまだ届かない国外――広大な大陸の領土へと向けられていた。


「……遅すぎる」


 静かな執務室に、独り言が落ちた。


 これまで彼が描いていた基本戦略は「経済とインフラによる平和的な実質的統合」であった。

 他国に鉄道を敷き、エアコンや便利な魔導具を輸出し、ルピという通貨で経済の心臓を握り潰す。血を流さずして相手を依存させ、実質的な属国へと変える。

 それは合理的であり、彼が憎んだ「人命の浪費」を避けるための最善の道だった。


 しかし、地図上で計算を弾き直すサトシの脳裏に、ある日、冷たい疑問がよぎったのだ。


(文化も法体系も違う周辺諸国を、すべて経済で懐柔し、完全に一つのシステムに統合し終わるまでに、あと何年かかる? ――どんなにうまくいっても十年。いや二十、それとも五十年? 百年掛かるかもしれない。それでは俺の寿命が尽きてしまう。そうなればこの大陸に平和が訪れることは永遠に無いだろう。俺が生きている間に『絶対の平和』を完成させるには、時間が足りなさすぎる)


 時間を金で買うのが投資家の鉄則である。


 ならば、最も「手っ取り早く」時間を短縮する手段は何か。

 それは交渉ではない、経済的依存でもない。

 それは、一切の反論を許さない絶対的な『暴力』による、物理的な制圧であった。


「……現代知識を『生活を豊かにするため』だけに使うのでは無理がある」


 サトシは自嘲気味に笑い、手元のペンを転がした。


「内燃機関の技術は、そのまま兵器の動力になる。冶金術は、銃身や装甲板を生み出すだろう。化学肥料の知識は、そのまま火薬の量産に直結する。……そうだ。時間を節約するためには邪魔なものを消し飛ばしてしまえばいい」


 その日、投資家の頭の中で、何かが決定的に狂った。


 平和的な経済的征服は、タイムパフォーマンスが悪いと白紙撤回された。

 それに代わって立案されたのは、軍事侵攻という力を信仰する者たちによる、血と硝煙に塗れた嵐の計画であったのだ。


 ◇


 サトシの決断からわずか数ヶ月後。

 サージョの巨大な工場群からは、エアコンや冷蔵庫に代わって、全く別の「商品」が大量に吐き出されるようになっていた。


 それらは、ライフル銃、重機関銃、長距離榴弾砲。

 そして、無限軌道を備え分厚い鋼鉄の装甲で覆われた「戦車」である。


「旦那、……これが、あんたが本当に作りたかった『道具』なのか?」


 試射場に立ち並ぶ戦車部隊を前に、サージョの武力統括であるカイルは、圧倒されながらも顔を引きつらせていた。


 彼の両手には、量産された自動小銃が握られている。

 ただ引き金を引くだけで、訓練もしていない農民が、何十年も鍛え上げた熟練の騎士の鎧を紙切れのように貫通できる悪魔の杖。


「そうだ、カイル。今日からお前たちの仕事は『列車の護衛』ではない。『国境の書き換え』だ」


 サトシは感情を削ぎ落とした目で試射場の的を見つめながら、平然と言い放った。


「俺が総司令官としてすべての戦略と兵站を統括する。お前は実働部隊の将として前線を指揮してもらう。我々サージョの『私兵』は、これより大陸全土の軍隊を旧時代の遺物として葬り去る」


 カイルは背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。

 だが、サトシに命を救われ、忠誠を誓ったカイルに逆らうという選択肢はなかった。


「……ああ。すべては、大陸統合のために」


 カイルが深く頭を下げたその日、サージョの国境を越えて、数万の鋼鉄の軍団が進軍を開始した。


 ◇


 戦争という概念そのものが、根底から覆った。

 サージョの私兵によって展開されているそれはもはや「戦闘」と呼べる代物ではなかった。一方的な「処理」あるいは「蹂躙」である。


 国境を接する隣国は、サージョの突然の侵攻に対し、誇り高き王室騎士団と数万の精鋭歩兵、そして魔法兵団を展開した。彼らは磨き上げられた鎧を陽光に煌めかせ、魔法使いの支援を受けながら、堂々たる陣形を組んで待ち構えていた。


 対するサージョ軍は、泥にまみれた緑色の軍服を着た歩兵たちと、異形の鉄の塊の群れである。


「撃て」


 指揮車の上からカイルが淡々と命じた瞬間、世界は地獄へと変貌した。


 ドロロロロロロロロロロロッ!!!


 陣地の最前線に据え付けられた数十丁の重機関銃が火を噴き、秒間数百発の鉛の雨が騎士団を襲う。

 「突撃!」という勇ましい号令を上げた騎士団長の胸が弾け飛び、馬が悲鳴を上げて倒れ込む。

 魔法使いたちが障壁を展開しようとするより早く、はるか後方から放たれた榴弾砲の雨が降り注ぎ、大地ごと彼らを細切れの肉片に変えていく。


「な、なんだこれは……! 魔法でもない、ただの鉄の筒が……!」


 敵の将軍が絶望の叫びを上げる中、サージョの戦車部隊が無限軌道で敵陣地を踏み馴らし、残存兵を容赦なくひき殺しながら前進していく。


 サージョの私兵たちは、もはや剣を振るう必要もなかった。

 ただ安全な距離から引き金を弾き、大砲の座標を入力するだけで、かつての大国が次々と崩壊していくのである。


 美しい平原は一瞬にして穴だらけの荒野と化し、川は兵士たちの血で赤く染まった。

 空を覆うのは黒々とした硝煙の雲と、街が焼かれる業火の光だけ。


 サトシは前線から安全な王都の司令室へと送られてくる映像と死傷者数の報告を、コーヒーを啜りながら、ただの「決算報告書」でも見るかのように眺めていた。


「敵軍の損害、三万。こちらの損害は装甲車の故障三台と、歩兵の軽傷者三十四名、重傷者二名、死者はゼロ。……圧倒的だな。これなら、予定通り二年もあれば西半分を制圧できるだろう」


 そこには、他者の命を奪ったという痛みや罪悪感は微塵も感じられなかった。


 ◇


 順調なように見えた軍事侵攻であったが、魔法のある世界であるこの大陸において、完全に計算通りに事が進むわけではなかった。

 旧時代の国家にも、たった一つだけ、サトシの近代兵器に対抗しうる「理不尽な力」が存在したのだ。


 それは、国家に片手で数えるほどもいない、吟遊詩人にうたわれる「大魔導士」である。


 西部戦線における最大の要衝、霊峰アルキメスの攻防戦。防御側は、ここを突破されれば国家の失陥は免れない窮地であった。

 しかし、進軍するサージョの戦車一個師団(約百両)と一万の歩兵の前に、たった一人の老いた大魔導士が立ち塞がっていた。


『我らが祖国を蹂躙する鋼鉄の悪魔どもよ! 我が命と引き換えに、神の怒りを知るがいい!!』


 老魔導士から莫大な量の魔力が放出される。

 そうして身体的負荷からか、血を吐きながら杖を天に掲げた瞬間、空が異常な赤色に染まった。

 彼自身の命、魂、そして国宝とされる最高品質の増幅器を生贄に捧げ、禁忌の大魔法が発動したのだ。


 カッ……!!


 音すらない、絶対的な閃光。

 次の瞬間、霊峰アルキメスという「山そのもの」が、巨大な熱線と爆発によって文字通り地図上から消滅した。


 前線部隊は、戦車ごとドロドロに融解しており、一万の兵士たちは一瞬で蒸発し影すら残さなかった。戦場の中心にぽっかりと開いた、直径数キロに及ぶ巨大なクレーター。

 それは、人間の技術などをはるかに超越し、単独の生命体が引き起こした「戦略核」に等しい究極の奇跡であった。


「――西方方面軍、第一師団との通信が完全に途絶! 生存者、ゼロです!」


 サージョの司令室に、オペレーターの悲痛な叫びが響き渡る。

 一瞬にして一万の命と最新鋭の兵器を失ったのだ。司令室の誰もが顔面を蒼白にし、冷や汗を流して絶望の淵に立たされた。


 だが、その報告を聞いた総司令官たるサトシの反応は、誰の予想をも裏切る、異様なほど冷静なものだった。


「……なるほど。大魔導士が己の命と引き換えに発動する自爆魔法か。確かに、局地的には戦況をひっくり返すほどの威力があるな。だが事前の情報通りでもある、敵の『切り札』を一枚削った対価としては安すぎるな。これは極めて合理的な『損出し』だ」


 サトシは瞬時に計算を巡らせ、石像のような無機質な声で指示を出した。


「前線司令部カイルに伝令。第二師団と第三師団を直ちに迂回ルートから前進、首都を包囲せよ」


「し、しかしサトシ様! またあのような魔法を使われれば……!」


「構わん」


 サトシは鼻で笑い、スクリーンに映る敵国のデータシートを指差した。


「あのレベルの大魔法を使える人材が、あの国に何人いる? 記録によれば、たったの三人だ。そのうちの一人が今死んだ。残りは二人。対して、我が軍の戦車と歩兵はどうだ? 戦車は月産五百両。兵士の装備は完全に規格化されており、素人でも一週間の訓練で一万人の兵士が前線に投入可能だ。つまり『いくらでも替えが利く』」


 司令室の空気が、別の意味で凍りついた。

 サトシが口にしているのは、命の尊厳など微塵も考慮しない、純粋な「数字の暴力」であった。


「敵の『奇跡』は使い捨ての単発兵器にすぎん。三万人の兵士と三百両の戦車を犠牲にして、敵の最後の大魔導士二人を自爆させてしまえばいい。そうすれば、相手の手札は完全にゼロになる。大局的には我が軍の圧倒的有利に一切の変わりはない。……生産ラインを加速させろ。一万人が死んだなら、二万人を徴兵して武器を持たせればいいだけのことだ」


 その言葉に、部下たちは震え上がった。

 彼らはいま、心底理解したのだ。サトシという男が、もはや「人間」ではなく、冷徹な「利益と損失の計算機」になり果ててしまったことを。


 奇跡の魔法すらも、彼はただの「損耗率」として計算式に組み込んだ。

 属人的な魔法は量産できず、サージョの兵士と兵器は工業的に無限に量産できる。その絶対的な非対称性こそが、彼の必勝のロジックであった。


 ◇


 サトシの冷酷な計算通り、戦争は数年で幕を閉じた。

 大魔導士の決死の抵抗も、物量と無限に補充される近代兵器の前には蟷螂の斧に過ぎず、大陸の諸国は次々と血の海に沈み、サージョの軍門に降っていった。


 大陸統一。

 サトシはついに、世界を一つにまとめ上げた。


 誰もサージョに逆らうことはできない。逆らえば、空から無数の榴弾が降り注ぎ、街が一つ消え去ってしまう。

 世界は圧倒的な「暴力」によって統治され、「平和」が訪れた。


 だが、その平和の代償はあまりにも大きかった。

 サトシの執務室。かつては活気に満ち、明るい未来への投資が語られていたその部屋は、今や暗く冷たい「魔王の玉座」と化していた。


 机の上に山積みにされているのは、経済を豊かにするための事業計画書ではない。


『反乱分子粛清報告』

『兵器増産のための、第十二次強制労働(徴用)計画』

『治安維持部隊の死傷者数と補充兵の費用対効果』


 サトシは、それらの書類に次々とサインをしていく。


(……これでいい。俺がすべての力を独占し、力で縛り付ければ、国同士の無駄な戦争は二度と起こらない。長期的に見れば少しの犠牲で、永遠の平和が手に入ったんだ)


 彼はそう自分に言い聞かせていた。

 だが、彼の心の中にある「命の重さ」を計る天秤は、すでに完全に壊れていた。


 かつて、前世のブラック企業で人間を使い捨ての駒のように扱う経営陣をあれほど憎んでいた彼自身が、今や数万、数十万の人命を「帳簿の数字」としてしか見られなくなっていたのだ。

 効率を求めた結果、彼は自らが最も憎んだ「ブラック企業のトップ」へと堕ちていた。


 ◇


 ある日の夜。

 冷たい雨が降る王都の執務室に、一人の女性が足音もなく現れた。

 サージョ法務部を統括し、サトシの伴侶でもあった銀髪の女性、エレナである。


「……何の用だ、エレナ。治安維持法の改正案なら、明日の朝に決済するはずだが」


 書類から目を離さずに告げるサトシに対し、エレナは冷たく、しかし深い悲しみを帯びた声で答えた。


「法案の提出ではありません。あなたに、最後通告をしに来ました」


 サトシがペンを止め、顔を上げた。

 エレナの瞳には、かつて彼に向けられていた温かな愛情や尊敬の念は、もう一滴も残っていなかった。あるのは、狂ってしまった支配者に対する、法の番人としての静かな怒りだ。


「サトシ様。あなたは狂ってしまった。あなたが作ろうとしていたのは、誰もが合理的に、豊かに生きられる世界だったはず。それなのに、今のあなたが見ているのは『死者の数』と『弾薬のコスト』だけです」


「現実を見ろ、エレナ」


 サトシは苛立たしげに反論した。


「俺のやり方で、世界から戦争は消えた! 反抗する極一部の馬鹿どもを処理するだけで、大多数の人間は安全に暮らせている。俺は、最も効率的に平和を維持しているんだ!」


「恐怖で縛り付け、反論する者を殺し、兵士を部品のように使い捨てる。……それが平和だと、あなたは言うのですか!?」


 エレナは、サージョのエンブレムが刻まれたバッジを外し、大理石の床に力強く投げ捨てた。

 甲高い音が、冷たい部屋に響き渡る。


「あなたは、かつてあなたが忌み嫌っていた『人間を使い捨てにする最低の組織』そのものになった。いえ、それ以上の『魔王』です」


「エレナ……。お前、俺を裏切る気か」


 サトシの目が細く危険な形に歪む。

 しかし、エレナは一歩も引かなかった。彼女は凛と背筋を伸ばし、かつて愛した男を真っ直ぐに射抜いた。


「ええ。私は法の番人として、人間の尊厳を踏みにじるあなたを止めなくてはならない。……お別れです、サトシ様」


 エレナは踵を返し、執務室の扉を開け放った。


 彼女はたった一人で反抗したのではなかった。扉の外には、サトシの狂気に耐えかねて離反した法務部の執行官たち、そして一部の軍の将校たちの姿があった。

 サージョのシステムを誰よりも知り尽くし、現代知識のすべてを掌握しているエレナが、ついに「反乱軍」を組織したのだ。


「……止めろ! 彼女を逃がすな!」


 サトシが叫び、警備の兵士たちが銃を構える。

 しかし、エレナが静かに手を振ると、執務室を含むビル全体の照明が落ち、完全な暗闇が訪れた。サトシが構築したインフラの弱点を、彼女は完全に熟知していた。


 暗闇と混乱の中、エレナたちの姿は幻のように消え去った。


 ◇


 翌朝、大陸全土に「解放軍」を名乗る勢力による宣戦布告が魔導通信によって響き渡った。


 圧倒的な火力と恐怖で世界を支配する、血塗られた魔王サトシ。

 それに対し、彼がかつて作り上げた法と秩序の精神を受け継ぎ、人間の尊厳を取り戻すために立ち上がったエレナ率いる反抗勢力。


 無敵を誇る鋼鉄の軍団と、それを内側から食い破らんとする信念の戦い。

 誰も死なないはずだった合理的な経済侵略の物語は、悲劇的な内戦という最悪の結末へと舵を切ったのである。


 ――かつて共に同じ夢を見た銀髪の乙女は、血に酔いしれた魔王の暴走を止めることができるのか。


 絶望の歯車は、大陸のすべてを巻き込んで、今、重々しく回り始めた。


【IFストーリー1・完】

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