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1500万円で異世界を買い叩く 〜ブラック企業で貯めた金で【銀行】を作り、【産業革命】を起こして魔法世界を経済支配する〜  作者: 高山 虎
最終章 最期の貸借対照表編

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時を止める魔法と、銀髪の乙女心

 サトシが莫大な私財を投じたプロジェクトは宇宙を目指す「ロケット開発」だけではなかった。もう一つの極秘プロジェクト、それは、治癒魔法を応用した「抗老化魔法技術」の開発である。


 不老不死を目指す、権力者特有の陳腐な妄執の類ではない。サトシ自身は、人間が老いて死ぬことは自然の摂理であり、寿命を無理に引き延ばすことを望んではいなかった。


 ただ、彼には一つだけ、一人の夫としての極めて個人的で身勝手なわがままがあったのだ。


(俺がいつか寿命を迎えて旅立つ時、横で看取ってくれるエレナには、美しい姿のままでいてほしい)


 大陸全土を手中に入れた、冷徹な合理主義者として恐れられる男の、それはあまりにもロマンチックで純粋な願いであった。


 このプロジェクトの責任者として最初に指名されたのは、学術ギルド代表のアリスである。だが、彼女はロケット技術から派生したジェット航空機の開発競争で完全にマッドサイエンティストと化しており、片手間で不老の魔法を研究するような余裕は一秒たりともなかった。


 そこでアリスが目をつけたのが、サージョ財団の中央福祉院で院長を務める、あの「ぽやぽやとした元聖職者」――リリィであった。



 実は、大陸の最高頭脳が集う学術ギルドのトップに君臨するアリスは、サトシの長男エリックたちとそう変わらない年齢の、うら若き天才少女である。


 ある日、アリスは多忙な合間を縫って、中央福祉院の養老院に入居している祖父の面会に訪れていた。その時、彼女は偶然にも、リリィが老人たちに施している「特異な治癒魔法」を目の当たりにしたのだ。


「……なるほど。そういうことだったのね」


 アリスは白衣のポケットに手を突っ込み、感嘆の声を漏らした。


 一般的な病院で使われる急性期用の治癒魔法は、「細胞を強制的に急激なスピードで増殖させる」ことで傷を塞ぐ。だが、細胞の分裂回数には限界があるため、強力な治癒魔法を極端に多用しすぎると、かえって肉体の老化を早めてしまうという致命的な欠点があった。


 しかし、リリィの魔法は根本から違った。彼女の魔法は細胞を無理に増やすのではなく、生命活動の乱れを整え活性化させることで「肉体を本来の正常な状態へと巻き戻す」ことに主眼が置かれていたのだ。


 アリスはすぐさまリリィを院長室に軟禁し、机の上に分厚い抗老化魔法の基礎術式構成を叩きつけた。


「というわけでリリィ先生! 私の代わりに、このプロジェクトの主任研究員になってちょうだい!」


「ええええっ!? 無理無理無理! 私、毎日孤児院の子供たちのお世話と、お爺ちゃんたちの腰をさするのと、地獄の補助金申請書類で手一杯ですよ! これ以上仕事が増えたら過労で倒れちゃいます!」


 ぽやぽやとした顔を涙目にさせて全力で拒否するリリィ。しかし、アリスはニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。


「ふふん。もしこの開発を引き受けてくれるなら、学術ギルドの特権を使って、この福祉院の補助金申請の予算書類を向こう三年間、一切免除にしてあげる。おまけに、南の島での一ヶ月の特別有給休暇(スイートルーム宿泊券付き)も確約してあげるわ」


「……やります。私、身を粉にして働かせていただきます」


 毎晩自分を苦しめる書類の山からの解放と、南国リゾートの魅力の前には、聖母の矜持など一瞬で吹き飛んでしまったのだった。



 かくして、アリスの理論とリリィの魔法技術が融合した、極秘の抗老化魔法開発がスタートした。リリィの持つ「正常な状態へ戻す」というベクトルを、さらに強力に、かつ細胞レベルでの劣化を打ち消すように細かな術式を組み上げていく。


 数ヶ月後、最初の試作術式が完成した日の夜。

 リリィは自室の鏡の前で、自分自身を実験台にしてその魔法を発動してみた。


 淡い、真珠のような輝きを放つ魔力光がリリィの全身を包み込み、ゆっくりと皮膚の奥底へと浸透していく。痛みはなく、ただ温かいお湯が皮膚の奥まで染み渡っていくような心地よさがあった。


「……えっ?」


 光が収まった後、鏡を見たリリィは思わず息を呑んだ。


 毎日の激務と、監査官との胃の痛くなるような書類のやり取りで、最近目尻にうっすらと浮かび上がり、ひそかに彼女を絶望させていた小ジワが、跡形もなく消え去っていたのだ。


 それどころか、肌は二十歳の頃のような異常なほどのハリと弾力を取り戻し、髪の毛の毛先までが天使の輪を浮かべてツヤツヤと輝いている。


「すごい……! すごいすごいすごいっ! お肌がぷるんぷるん! これ、世の女性が知ったら戦争が起きるんじゃ!?」


 深夜の洗面所で、リリィは一人、自分の頬をペチペチと叩きながら歓喜の舞を踊った。この日を境に、リリィのプロジェクトに対するモチベーションが天元突破したのは言うまでもない。



 それから数年の歳月が流れ――地道な技術開発の末ついに、完璧な「抗老化魔法」が完成を見た。


 完成した術式は、定期的に施術を受けることで、肉体の外見と体調をその人間の「全盛期(およそ二十代後半から三十代前半)」の状態にまで巻き戻し、維持し続けるという、まさに神の領域に足を踏み入れた魔法であった。


 ただし、この魔法には絶対のルールがあった。

 それは「寿命そのものを延ばすことはできない」ということだ。


 細胞の劣化は防げても、魂や生命力そのものの絶対量は決まっている。外見は若々しく健康的な全盛期のまま、寿命が尽きるその日、眠るようにふっと電池が切れるようにこの世を去る。それが、この魔法のもたらす究極の結末であった。


 しかし、サトシの「エレナに美しいままでいてほしい」という願いを叶えるには、それで十分すぎる成果だった。



 サージョ本社内部のプライベートサロン。

 厳重に鍵がかけられたその部屋で、術式の最初の被験者(リリィの自己実験を除く)として招かれたのは、当然ながらエレナであった。


 長男エリックがすでに二十歳を迎え、巨大組織の議長として多忙を極める彼女は、年齢相応に成熟した大人の女性となっていた。もちろん、持ち前の美貌と気品は少しも損なわれていないが、長年の激務による見えない疲労や、わずかな体力の衰えは、彼女自身が一番よく自覚していた。


「……ではエレナ様。術式を起動しますね。リラックスしていてください」


 リリィが優しく微笑み、エレナの額にそっと手を触れる。次の瞬間、部屋の中が温かく、まばゆい真珠色の光で満たされた。


 エレナは目を閉じ、自分の身体の奥底から、信じられないほどの活力が湧き上がってくるのを感じていた。長年、肩や腰にへばりついていた重たい鉛のような疲労感が、春の雪解けのようにスルスルと消え去っていく。


 数分後。

 光が収まり、エレナはゆっくりと目を開けた。


「終わりましたよ。……さあ、鏡を見てみてください」


 アリスが手鏡を差し出す。


 エレナは手鏡を受け取り、そこに映る自分の顔を見て、言葉を失った。


 銀糸のように美しい髪は、サトシと結婚したあの頃と同じく、絶対的な輝きを取り戻していた。透き通るような白い肌には一点のくすみもなく、瞳は若々しい生命力に満ち溢れている。


 立ち上がってみると、身体が羽のように軽かった。二十代の頃の、何日徹夜しても全く平気だった、あの全盛期の肉体だ。


「……信じられない。これが、サトシ様が私に用意してくださった魔法……」


 エレナは震える手で自分の頬に触れた。


 冷徹な法の番人であり、サージョ理事会の議長として君臨する彼女の顔から、その時だけは氷の仮面が完全に剥がれ落ちていた。そこにあるのは、愛する夫からの途方もない贈り物に頬を染める、一人の乙女の顔だった。


「ふふっ。大成功ね、リリィ先生」


「ええ。サトシ様も、きっと惚れ直しますよ」


 アリスとリリィが顔を見合わせて笑う。


 エレナは鏡から目を離し、そっと胸に手を当てた。全盛期の活力を取り戻した肉体の奥で、心臓が若々しい鼓動を打っている。それは単に健康になったという喜びだけではない、もっと熱く、甘い感情の昂ぶりだった。


(身体が、こんなに軽い……。疲れも、すっかり消えてしまったわ)


 エレナは、銀色の髪をかきあげながら、うっとりと目を細めた。


 最近は互いの激務と年齢による疲労もあって、夜はそのまま静かに眠りにつくことが多かった。愛は少しも変わっていないが、肉体的な限界はどうしようもなかったのだ。


 だが、今のこの身体なら。


(これなら……今夜は久しぶりに、サトシ様と……)


 誰にも聞かせられない、艶やかで秘めやかな期待を胸に抱きながら。銀髪の議長は、愛する夫が待つ自宅へと、羽のように軽い足取りで向かうのだった。

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