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1500万円で異世界を買い叩く 〜ブラック企業で貯めた金で【銀行】を作り、【産業革命】を起こして魔法世界を経済支配する〜  作者: 高山 虎
最終章 最期の貸借対照表編

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六法と恋心――ある少年の挑戦

 サージョがもたらした革命は、鉄道や通貨といった物理的・経済的なインフラだけではない。それらを運用し、社会の秩序を根本から書き換えたもう一つの巨大な柱――それが「サージョ法典」であった。


 かつて法とは貴族の気分や地方の古い慣習によって恣意的に運用されてきた。しかし、すべて合理的かつ平等なルールへと統一したこの法典は、今や大陸全土の共通言語となっている。


 そして、この法典を編纂し、最高責任者として君臨しているのが、サトシの右腕にして伴侶であるエレナであった。


 彼女を筆頭とするサージョ法務部は、大陸で最も優秀な頭脳が集う、法律家の最大勢力である。彼らは剣の代わりに法律書を持ち、魔法の代わりに論理と契約で不条理を斬り伏せる、新時代の騎士だ。


 王都の裏通りで時計工房を細々と営む両親を持つ十五歳の少年、ルークもまた、その「新時代の騎士」に人生を救われた一人だった。


 それは三年前、彼の両親が工房の前を通りかかった傲慢な貴族の馬車に泥を跳ねられた際、思わず抗議の声を上げたことがあった。旧態依然とした中世の価値観が抜けきらないその貴族は平民の分際で無礼であると激高し、腰の剣を抜いて両親をその場で無礼討ちにしようとした。


 絶望的な恐怖が家族を包み込んだその時、偶然通りかかった一人の男が歩み出た。仕立ての良いスーツを着たその男は、胸元にサージョの弁護士バッジを輝かせていた。


 男はただ懐から手帳を取り出し、冷徹な声で告げたのだ。


『サージョ法典・第三章第十二条に基づき、正当な理由なき平民への殺傷は、重大な契約違反と見なされます。もしその剣を振り下ろせば、即座に貴殿の領地におけるサージョ・バンコの全口座が凍結され、物流網から完全に除外する手続きに入りますが、よろしいのですね?』


 その言葉を聞いた瞬間、貴族の顔から血の気が引き、剣は震えながら鞘に収められた。魔法使いでもないただの男が、言葉と「法」の力だけで、絶対的な権力者を退かせたのだ。


 その背中を見て、幼いルークの心に強烈な憧れが芽生えた。


(僕も……あんな風になりたい。法律家になって、虐げられている人たちを助けるんだ!)


 それ以来、彼は法律家を目指すようになった。中でも、彼を助けてくれた男が所属し、その完璧な法典を作り上げた最高峰の組織――サージョの法務局長エレナのもとで働くことが彼の最大の夢となったのだった。


 ……ちなみに、後日新聞に掲載されていたエレナの美しく凛とした肖像画を見て、思春期に差し掛かったルークが顔を真っ赤にして一目惚れしてしまったのは、両親にも内緒の絶対の秘密である。



 ルークが目指すのは、憧れのエレナ自身が理事長を務める「サージョ高等法律専門学校」であった。


 そこは大陸で最もレベルの高い法律家養成所であり、卒業すればサージョの法務部への道が約束された超エリート校である。


 サトシの「才能は身分を問わず拾い上げる」という理念に基づき、学費は完全無料で食事も提供される全寮制、成績優秀者には奨学金まで支給される。生活の心配なく学業に専念できる環境が整えられている。


 しかし、その分、当然ながら入学試験の難易度は大陸最高峰であり、合格率は極めて低かった。


 今年、十五歳になりようやく受験資格を得たルークは、この日のために三年間、がむしゃらに勉強を続けてきた。


 受験会場に向かう道すがら、周囲の受験生たち――貴族の次男三男や、裕福な大商人の子弟、あるいは代々法律家を輩出する名家の子息たちが目に入る。彼らのように、高額な家庭教師をつけることなど、職人の家庭には到底不可能だった。


 古本屋で安く譲ってもらったボロボロの六法全書を暗記するまで読み込み、判例を書き写した。ペンを握りすぎたその指には、いくつもの硬いペンだこができている。


(家庭教師もいない、豪華な参考書も買えなかった。でも、僕は誰よりも時間と努力だけはしてきた。絶対に努力は裏切らないはずだ)


 ルークはそう自分に言い聞かせながら、試験会場の巨大な講堂へと足を踏み入れた。


 高い天井にシャンデリアが輝く講堂には、すでに数百人の受験生たちが緊張した面持ちで着席していた。隣の席に座る、上質な絹の服を着た貴族であろう少年が、貧相な身なりのルークを見て鼻で笑うのが見えたが、そんなことはいちいち気にしていられなかった。


 指定された席に座り、ルークは目を閉じる。心臓が早鐘のように鳴っている。


(落ち着け……。深呼吸だ)


 深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。肺に冷たい空気が満ちると共に、これまでの三年間の光景が頭を駆け巡り、不思議と心が澄み渡っていくのを感じた。


 やがて、会場の重厚な扉が開き、サージョの制服を身にまとった厳格な面持ちの試験官たちが一斉に入室してきた。彼らの手によって、分厚い問題冊子が次々と配られていく。


「これより、サージョ高等法律専門学校の入学試験を開始する。……始め!」


 開始の合図と共に、数百人が一斉に問題用紙をめくる音が講堂に響き渡った。


 ルークはペンを握り、第一問に目を落とした。サージョ法典における商取引の契約不履行に関する複雑な事例問題。だが、彼にとってそれは、三年間共に過ごしてきた親友の顔を見るようなものだった。


 頭の中の引き出しから、必要な条文と判例が次々と引き出されていく。ルークのペンは迷うことなく、解答用紙の上を滑り始めた。



 長い一日が終わり、夕暮れ時の空が王都をオレンジ色に染める頃。


 ルークは足早に自宅の工房へと帰ってきた。手には、試験終了直後に会場の掲示板に張り出された公式解答速報を急いで書き写したメモが握られている。サージョの効率主義は、受験生に結果を待つだけの無駄な時間すら与えないのだ。


「ただいま!」


 息を切らして工房の扉を開けると、心配そうに待っていた両親が顔を上げた。ルークは何も言わず、自室に飛び込み、自分の記憶と解答速報を突き合わせる自己採点を開始した。


 第一問、正解。第二問、おそらく部分点。第三問の記述式、キーワードはすべて網羅している。


 震える手で赤ペンを走らせ、一つ一つの点数を足していく。過去のデータから推測される今年の合格推定ラインは、百点満点中、およそ八十一から八十五点と言われている。非常に高い壁だ。


 最後の問題の丸付けを終え、合計点を出した瞬間。ルークは息を呑み、椅子から立ち上がった。


 合計点、八十七点。


「……超えた。合格ラインを、二点超えている……っ!」


 信じられない思いで、何度も計算をやり直す。だが、数字は変わらない。受かったのだ。あの雲の上のような学校に。憧れのエレナの足元へと続く、第一歩を踏み出したのだ。


「父さん! 母さん!!」


 ルークは部屋を飛び出し、階段を駆け下りた。


「受かった! 自己採点だけど、合格ラインを超えてたよ!!」


 その報告を聞いた瞬間、時計の修理の手を止めていた父親の目から大粒の涙が溢れ出し両手で顔を覆う。母親は言葉にならず、ただ泣きながらルークを強く抱きしめた。


「よくやった……! ほんとうに、よくやったな、ルーク……!」


 煤けた小さな工房の中に、これ以上ないほどの歓喜と祝福の声が響き渡った。


 それは、一人の少年の小さな成功体験かもしれない。だが、この大陸の歴史において、それは途方もなく巨大な社会変革の証左であった。


 以前のこの世界では、貧しい平民の子供が特権階級へと成り上がる手段は、事実上ただ一つ。五百分の一という極めて稀な確率で魔法使いの才能を持って生まれること。確率の神による気まぐれの奇跡にすがるしかなかったのだ。


 しかし、いまや魔法の才能がなくても、身分が低くても、親の金がなくても。己の努力と知性という合理的な対価を支払いさえすれば、社会の頂点へと続く階段を登ることができる。貴族と平民の間にそびえ立っていた分厚い垣根は、法と教育という名のもとに、確実に薄れつつあった。


 これから先、その傾向はより一層強くなっていくだろう。


 血統の時代は終わり、知性と努力の時代が幕を開けたのだ。


 歓喜に沸く小さな時計工房の窓の外で、サージョの魔導街灯が、明日への希望を照らすように明るく輝いていた。

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