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1500万円で異世界を買い叩く 〜ブラック企業で貯めた金で【銀行】を作り、【産業革命】を起こして魔法世界を経済支配する〜  作者: 高山 虎
最終章 最期の貸借対照表編

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第59話 エレナのサージョ法典――永遠のシステムへ

大陸を縦横無尽に走る鉄道網。そして国境を越えて流通するサージョ・ルピ。 サトシが築き上げた経済圏は今や盤石なものとなり、大陸諸国はその恩恵を享受して繁栄の時を迎えていた。


だが、その光が強くなればなるほど、サトシの伴侶であり、サージョの「頭脳」であるエレナ・サージョ・カエサルの胸中には、ある一つの冷たい「恐怖」が萌芽し始めていた。


それは、サトシという個人への深すぎる依存に対する懸念だった。


この巨大なシステムは、サトシという稀代の異邦人の持ち込む知識と発想、そして彼のカリスマ性によって維持されている。だが、人はいつか死ぬ。 もし明日、サトシがいなくなったら?


彼のいない世界では、王たちは再び利己的に振る舞い、商人は不正に手を染め、この合理的な秩序は瞬く間に崩壊してしまうのではないか。


「……サトシ様はこの世界に『奇跡』を齎しました。ですが、奇跡は永続しません」


深夜の書斎。 エレナは、現代日本でサトシと共に学んだ法律書の写しと、この世界の古い慣習法が記された書類の山に埋もれながら、静かにペンを走らせていた。


彼女が目指したのは、サトシという「神」がいなくとも自律的に機能する、強固な社会の骨格作りだった。



「サトシ様。少しお時間をいただけますか」


ある日の午後、エレナは分厚い原稿の束をサトシのデスクに置いた。 表紙には、『サージョ商事法典(草案)』と記されている。


「これは……法律か?」


サトシがページをめくると、そこには現代日本の民法や商法をベースにしつつ、異世界の魔法契約やギルドの慣習を巧みに織り交ぜた、驚くほど精緻な条文が並んでいた。


「はい。サトシ様、どれほど優れた王でも、その時々の気分でルールが変わるようでは、真の信頼は生まれません」


エレナは真剣な眼差しで訴えた。


「商売において最も重要なのは『予測可能性』です。誰が裁定を下しても、いつどこの国で行われても、同じ契約は同じ結果になる……そのために、この『法』という名のプログラムを大陸全土に定着させたいのです」


これまでのこの世界は「人治」だった。 王の言葉は法であり、貴族と平民との契約など紙屑同然。裁判官も領主の顔色を伺い、賄賂で判決が覆るのが当たり前だった。


そんな不確定な土壌の上では、サトシが作った高度な金融システムは根付かない。


「なるほど……。俺が作ったインフラの上を走る、ソフトウェアを作ろうというわけか」


サトシは感嘆した。エレナは、現代の研修で見た「六法全書」の本質を、誰よりも深く理解していたのだ。


エレナが定めた法典は、後に大陸中の法律家と商人の「聖典」と呼ばれることになる。 その最大の特徴は、これまでの貴族社会には存在しなかった「契約の絶対性」――通称『公正という名の呪縛』であった。



数ヶ月後、サージョ商会主催の「大陸法務研修会」。 集められた各国の法務官や裁判官、役人たちを前に、エレナは教鞭を執っていた。


「よいですか。サージョ法典においては、王族であろうと平民であろうと、署名された契約の効力は等価です」


エレナの声が講堂に響く。


「『貴族だから支払いを待て』『口約束だったから無効だ』……これらは一切認められません。契約の不履行は、即ちサージョへの反逆とみなされます」


一人の老法務官が恐る恐る手を挙げた。


「しかし、エレナ様。法典にそう書いてあっても、各国の王や大貴族が剣の力でねじ伏せようとしたら、我々には止める術がありません」


「いいえ、止められます」


エレナは冷徹に言い放った。


「法典に違反した者、およびその判決を履行しない国家に対しては、サージョによる『自動制裁』が執行されます」


その意味を理解した参加者たちからざわめきが走る。


「口座の凍結、融資の停止、鉄道利用権の剥奪。……これらは人の手による温情の入る余地なく、規定されたシステムとして執行されます」


エレナは黒板に、法の条文と経済制裁のフローチャートを描いた。


「サージョ・グループという国家を超越した組織が物理的・経済的に法の執行を保証します。これからは、王の気まぐれよりも、この法典の条文が優先されます。サトシ様という『調停者』がいなくとも、この紙の束が人々の行動を縛り、そして守るのです」


不透明な裁量を廃し、すべての取引を文書化させ公正な競争を担保する。 不正をすれば、社会的地位に関わらず経済的に抹殺される。


その恐怖と安心感がセットになった「法の支配」は、剣よりも強く、魔法よりも確実に、人々の意識を変革していった。



季節が巡り、法典の運用が軌道に乗り始めた頃。 サトシは深夜の執務室で、まだ書類に向き合っているエレナの横顔を見つめていた。


ランプの灯りに照らされた彼女の表情は、どこか聖職者のような厳かさを帯びていた。 サトシは立ち上がり、彼女の肩にショールをかけた。


「……根を詰めすぎじゃないか、エレナ」


エレナはふと顔を上げ、柔らかく微笑んだ。


「あら、サトシ様。申し訳ありません、夢中になってしまって」


サトシは先ほどまで彼女が推敲していた条文――『知的財産権』に関する項目――を見て、静かに言った。


「エレナ、君が書いているのは、ただの法律じゃないな」


「……といいますと?」


「君は、この世界の新しい『理』を書いているんだ」


サトシは窓の外、眠らない王都の灯りを見下ろした。


「俺は鉄道や銀行という『箱』を作った。だが、そこに『魂』を吹き込んだのは君だ。君の作った法があるから、人々は安心して商売をし、未来に投資できる」


サトシはエレナに向き直り、その手を取った。


「君は、俺という一時の『奇跡』を、この大陸が数百年先まで使い続ける『恒久的なインフラ』へと昇華させようとしている。……そうだろう?」


エレナの瞳が揺れ、わずかに潤んだ。 彼女はサトシの手を両手で包み込み、頬を寄せた。


「……はい。その通りです」


エレナの声は震えていたが、そこには鋼のような意志が宿っていた。


「私は、怖いのです。サトシ様がもたらしたこの光が、私たちが去った後に消えてしまうことが。……歴史は繰り返します。賢王が死ねば、国は乱れる。それがこれまでの常識でした」


エレナはサトシを見上げた。


「でも、この『法』があれば。たとえ私たちがこの世を去り、名前が忘れ去られたとしても、このレールとこの法典がある限り、人々は二度と不合理な暗闇には戻れないでしょう」


「私が守りたいのは、サトシ様の功績だけではありません。サトシ様が愛し、変えようとしたこの世界の『理性』そのものです」


サトシは胸が熱くなるのを感じた。 彼女は、単なるパートナーではなかった。彼女こそが、この文明の守護者であり、設計者だったのだ。


「……ありがとう、エレナ。君がいてくれて、本当によかった」


サトシは彼女を優しく抱き寄せた。


「俺たちの命は有限だが、俺たちが作った仕組みは無限に動き続ける。……最高の仕事だ」


「はい、あなた……」


エレナの筆先から生み出される一文字一文字。 それは、大陸を縛っていた古い因習という鎖を断ち切り、サトシの意思を、未来永劫続く「永遠のシステム」へと変えていく。


この後、二人が紡いだ法典は、後の世において「サージョの六法」として語り継がれ、王の言葉よりも重い、文明社会の礎石となるのだった。

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