外伝その6 美咲とナンシー
セイレーンの事務所で、玄姫やすむこと岩佐歩はライブから帰ってきた。汗だくで早くシャワーを浴びたい気分になる。
事務所は誰もいない。スタッフはライブハウスの片づけがあり、歩だけが帰ってきたのだ。
そこで風呂場に行くと、何やら話し声が聴こえてくる。元々事務所には明かりがついており、誰かいるのはわかっていたが、誰かは知らなかった。
風呂場は改装されており、二人がらくらく入れる浴槽であった。そこに裸の金髪碧眼女性が互いに体を洗っていた。
一人は社長の秋本美咲で、もう一人はナンシー・キャリー・ブラウンだ。歩と同じ新人タレントである。彼女は日本国籍を取得しており、日本名は山本夏希だが、みんなナンシーと呼んでいた。日本人の夫と子供がおり、佐鰭田町に家族で引っ越してきた。普段は家族三人で暮らしているが、なぜか彼女は美咲と風呂に入っていた。
「うふふ、お姉さまの肌ってぴちぴちで羨ましいわ。まるでうちの子が赤ちゃんだったころを思い出すわ」
「私とあんたは同じ年でしょうが。そんなに大差ないでしょ」
「そんなことはないわ。女は子供を生めば女じゃなくなる。今の私は女の形をした遺物よ」
そう言って美咲の体を撫でまわす。正確にはスポンジで美咲の体を洗っているのだが、どこか手つきが厭らしい。歩はドキドキしながら二人のやり取りを見ていた。
「あんたには夫と子供がいるでしょうが。私なんか相手にしなくてもいいでしょう?」
「二人はいつも一緒ですからね。今までお姉さまとはスキンシップを取れなかったので、これからはたっぷりとさせていただきますわ」
「こらっ、へんなとこ触るな!!」
ナンシーは美咲の体を執拗に洗う。歩は話を聞いて腹が立ってきた。美咲とナンシーが百合姉妹になっていたことに驚愕し、義兄である康も相手にしていることが許せなかった。まさか康とは遊びではないかと歩の頭に血が上った。
「美咲っち!! おにぃを裏切るなんて許せない!! その女と百合シスターになって、よっ、夜のベッドで楽しむなんて!!」
歩は風呂場に乱入した。ふたりともぽかんとした顔になった。
☆
「私と夏希は腹違いの姉妹なのよ」
リビングで三人はソファーに座っていた。美咲はナンシーの隣に座り、歩は二人と対面していた。ちなみに歩は風呂に入っており、パジャマ姿になっている。美咲とナンシーは和風の部屋着になっていた。美咲が赤でナンシーは青であった。
「腹違いって、どういうこと?」
「私の父親が二人の女性を同時に仕込んだのよ。ちなみに夏希は私が生まれて一時間後に生まれたそうよ。別の意味で双子かもね」
歩は美咲から話を聞いても理解できなかった。そもそも一時間遅れと言うことは、美咲の父親は二人を同時に相手にしていたことになる。歩は割と純愛主義であり、複数の相手をすることが理解できなかった。そもそも美咲と義兄の康と三人で寝たことがあるが、美咲に誘われただけであり、積極的ではないのだ。
「これは私たちの両親の説明をしないといけませんわね、お姉さま」
ナンシーが説明した。まず美咲の母親、秋本育代から説明せねばならない。
今から32年前、彼女は18歳の頃、アメリカに渡った。美咲の祖母、秋本哲子の友人である横川尚美とともに武者修行に行ったのだ。
そこで美咲の父親であるクラーク・デリカットと、ナンシーの母親であるマーサ・ブラウンと出会ったのである。
「二人は育代母さんを殺そうとしたのよ。当時は同じ孤児院出身で、ロサンゼルスのダウンタウン地区のスキッドロウで観光客相手に強盗を繰り返していたの。それを育代母さんが二人をぼこぼこにしたのよ」
「いや、なにそれ!! どこから恋愛に発展したのさ!!」
美咲の説明に歩が突っ込んだ。その後二人は育代の強さというか、東洋の神秘にほれ込んだのである。さらに尚美にもぶちのめされ、ますますほれ込んだのだ。今までまともな勉強をしておらず、日本人は敗戦国で自由にいじめていいと周囲が言っていたので、それを信じ切っていたが、育代のおかげで凝り固まった思考から解放されたのだ。
二人は日本に行き、日本人になりたいと願った。尚美は二人に日本の常識を叩き込んだ。日本の複雑な行儀に音を上げると思ったのだが、意外にも二人は耐えきった。それに感心して尚美は二人を日本に連れてきたのである。
育代はクラークと結婚したいと願った。マーサは愛人でいいと言ったが、哲子は反対した。歩は当然だろうと思ったが、ナンシーは斜め上な発言をした。
「日本人はハーレムを嫌うから、マーサは別の男と結婚して北海道に引っ越せ。ちょうど妻を亡くした山本紳助さんがいて、赤ん坊を抱えているからちょうどいいだろということで、結婚したのです。お母さんは山本くるよという名前に変えました」
哲子は結婚を反対したわけではなく、三人が暮らすことを反対したのだ。父親は秋本クラークという名前で暮らすことになった。美咲が生まれた時は、ナンシーは北海道の病院で生まれたのだが、一時間遅れて生まれた時は驚いたそうだ。
クラークはIT企業に勤めており、自宅勤務していた。美咲の教育には放任主義だった。娘に法律を教えて、トラブルの解決法を叩き込んだ。放任と言っても美咲を無視したわけではなく、家族の時間は大切にしていた。学校で問題が起きた時は美咲が一人で対応できる術を教えていたそうだ。
山本夫妻とは手紙で連絡を取り合っていた。お互いに家族の写真を撮り、同封していた。
夏休みは北海道にある山本夫妻の家に遊びに行き、冬休みは秋本夫妻の家でクリスマスパーティをしていた。だが近所では秋本一家の在り方は批判的であった。康の両親は美咲と遊ぶことに怪訝な態度を取っていたのは仕方がなかった。
ナンシーは尚美の弟子である大山和美の元で都都逸や三味線などを習っていた。家族同然として暮らしていた山本紳助の息子である竜介と結婚して子供が生まれた。今から8年前の話だ。
クラークと育代は美咲が大学へ入学する前に交通事故で亡くなった。美咲は家族の写真を歩に見せた。
18歳ほどの美咲が外国人レスラーのような体格の白人男性と、ショートカットのふっくらした女性に挟まれて写っていた。
他にも禿げ頭の日本人男性と白人女性、若いナンシーと若い日本人男性が一緒の写真もあった。
「クラークパパと育代ママが亡くなったのは悲しいです。なのでママたちはお姉さまと一緒に暮らすことを提案しましたが、断られました。康さんを振り向かせるために残ると言いましたね」
ナンシーが言った。歩はなんとも言えない気分になった。
「美咲っちの話、おにぃは知ってんの?」
「小学生の頃から教えているよ。でも康はそんなの関係ないって感じだったね」
「おにぃらしいわ」
美咲の言葉に歩は納得した。義兄が人を差別することを嫌っているので、当然だと思った。
ちなみにナンシーの両親は北海道で農業をしている。二人の間に子供は二人ほどおり、美咲の義理の兄弟だ。ナンシーは5年前に北海道へ移り住み、芸能活動を開始した大山和美の元で修行していた。
美咲が独立したと聞き、夫と息子を連れて引っ越したのである。
「家族を愛していますが、お姉さまも愛していますわ。あなたもお兄様を愛しているのではなくて?」
ナンシーが歩に言った。歩は何も答えられなかった。
「お姉さまも私の胸を揉めばいいのに。ほら大きいでしょ?」
ナンシーはメロンのように大きな胸をくいっと持ち上げた。美咲は露骨に顔をしかめる。彼女の胸はナンシーより控えめであった。ナンシーは美咲の気持ちに気づいているのか、蠱惑的な笑みを浮かべ、胸を押し付けようとした。
歩は仲良しなのも問題だなと思った。
ナンシーが美咲の腹違いの妹なのはここ最近思いつきました。実はナンシーのイラストを描いており、ひらめいたのです。




