外伝その5 りかとレベッカ
佐鰭田町の住宅街にある一角にふるびた一軒家があった。演歌歌手の秋本美咲が経営する個人事務所セイレーンの持ち家だ。夜の十時すぎ、リビングのソファーに一人の女性が座っていた。赤い短めのツインテールにだぶだぶのジャンバーとズボンを履いていた。どこか猫を連想する活発そうに見えた。
名前はレベッカ・チェンといい、香港出身で日本人の父親と中国人の母親を持つハーフである。父親は香港では母親の姓を名乗っていた。日本人と分かると差別されるからだ。レベッカは日本国籍を取得しており、日本名は陳玲花である。愛称はベッキーだ。セイレーン所属のタレントで、演歌とラップを合わせた芸を得意としている。ちなみに事務所には石原玲花というタレントがおり、事務所では区別していた。
彼女の父親は演歌の女帝、横川尚美の弟の息子である。尚美の父親が自殺する前に尚美の母親は弟を身ごもっていたのだ。現在は貿易商として活動しており、裏で姉の生活を支えていた。裏返りのリバスでレベッカは尚美の孫役で出演したが、正確には又姪だ。レベッカにとって尚美は大伯母である。尚美に憧れいつか日本で活躍したいと思っていた。レベッカの母方に親戚はいない。なので気兼ねなく日本へ帰化できたのだ。両親は祖父とともに都心で暮らしており、レベッカは自由に過ごしていた。
ベッキーはスマホをいじりながら足をぶんぶんさせていた。ツインテールが跳ね、そばかすの浮かんだ頬が興奮で少し赤くなっている。
「はあ~~~!! 今日のラップ練習きつかった~~~!! でもなんかノリノリ!! ベッキー今日もばっちり決まったぜ!!」
そこへキッチンから幽霊のようにふらふらと現れた。麦茶のグラスを持ってきた同じタレントの烏丸りかだ。
黒髪が腰まで伸びており、黒縁眼鏡の奥は半分隠れ、ぶかぶかの白黒の縞々ジャンパーに、ジーンズという地味スタイルだ。表情は無感情に近い。
「静かにしてください。近所迷惑です」
りかがやんわりと注意した。実際はこの辺りは空き家で、だれも住んでいないが、一応言っただけだ。
逆にレベッカはぴょこんとソファーから飛び起き、目をキラキラさせていた。
「りかちゃん!! ちょうどいいとこ!! ねぇねぇさっきの私の新曲を聞いてよ!! りかちゃんのだっせぇよにインスパイアされて、演歌サンプリング入れたラップ作っちゃったんだ!!」
レベッカは目をキラキラさせているが、りかは何も言えなかった。彼女は麦茶を飲んで、感情の読めない目でレベッカを見た。
「もう少し静かにしてください。頭痛がします」
「えー!! 冷たい!! 香港から来た私に冷たい対応とかさびしーよー!!」
レベッカはりかの隣にぴったりとくっつき、ツインテールを揺らしながらスマホを突き出した。スピーカーから自分自身のラップが流れ始める。
「雪の道~、でも俺は熱いフローで溶かしていくぜ!! 香港の風吹かせて、日本中をワイヤレスでつなげていく!!」
りかは蒸しを決め込んだが、途中で眼鏡を下げ、じっと画面を見つめた。
「美咲さんの演歌をここまで破壊するなんて、ひどくないですか?」
「破壊じゃなくてリミックスフュージョン!!」
レベッカは得意げに胸を張る。りかは何とも言えない笑みを浮かべた。するとりかはノートを取り出して、鉛筆を走らせた。
「レベッカさんをヒントにいい曲が思いつきました!! その名もデスツインテール!! ツインツインツインツインテール!! ツインテールで首が飛ぶ! 私が振り向きゃ首が飛ぶ!! 私が踊れば首飛んで、夜空を彩り、フェスティバル!!」
さすがのレベッカもたじたじになる。りかは普段は地味で根暗だが、作詞をするときは鬼気迫るように執筆するのだ。まるで恐山のいたこのように変貌するのである。
「もしもーし、りかちゃん、聴こえてますかー!!」
「ツインテールで首飛ばせ!! むかつくやつらは、みんなみんな、ツインテールで首飛ばせ!! ツインツインツインツインテール!!」
「えーい!! レベッカチョーップ!!」
レベッカはりかの脳天に空手チョップを振り落とした。ぽこんと可愛い音がする。
するとりかの眼鏡がずり落ちて、彼女は正気に戻った。
「あっ、私またやっちゃった……」
「ふぅ、りかちゃんエスカレート!! 私がいなけりゃ朝まで書き続けてたよね」
「……ごめんなさい。実家ではよく両親に迷惑をかけちゃって……」
りかは眼鏡をかけなおしてしゅんとなった。彼女は普段おとなしいが、作詞になると人が変わる。それを学校の授業中でも平気で起きるため、同級生からは煙たがられていた。いじめられなかったのは、普段の彼女は気遣い上手故であった。めんどくさい仕事を率先としてやってくれるから、不貞腐れてやらなくなることを恐れているだけだ。
事務所ではなぜかレベッカだけが、りかの暴走を止められた。
「おい、お前ら!!」
ドアが開くと男が入ってきた。どこかヘタレそうで平凡な雰囲気がある。マネージャーの岩佐康だ。
「さっきからなんだ、デスツインテールとか。レベッカがりかを挑発して暴走させたんだろ!!」
「それを止めたのも私でーす。悪くないもーん!!」
「何度も同じことを繰り返して、反省の色がないぞ!!」
康はレベッカの頭に空手チョップをかました。いてっとつぶやく。
「やっ、康さん……。私も悪いんです。いつも暴走しちゃって……」
「作詞をやるのはいいけど、周りが見えなくなるのは問題だな。今のところレベッカだけが止められるけど、コントロールするすべを見つけないといけないな」
「いえーい!! 私とりかちゃんは赤い糸で結ばれている関係なんだよね!! ベッドでは百合プレイをしているから、マネージャーが挟み込む隙はないよ!!」
ぺこんと康の空手チョップが再び決まる。
「品のないことを言うな!! お前たちと関係を持つ気はない!!」
「へぇ、りかちゃんとエッチしておいて、そんなこというんだ。えへへ」
「いえ、私が無理やり関係を持ったのです。康さんは悪くありません!!」
レベッカが茶化すとりかは反論した。
「おっ!! 二人の関係でネタが浮かんだよ!! 美咲さんとマネージャー、りかちゃんの三角関係!! ヘタレマネージャーを取り合い、血で血で争う、バトルバトルバトル!!」
レベッカが歌いだした。りかは止めようとするが止まらない。
のちにりかとレベッカの作った曲は百万回ダウンロードされてヒットした。
Xでレベッカ・チェンの絵を描いたので小説を書きました。
横川尚美が大伯母なのは後付けですが、裏返りのリバスで孫と祖母を演じていたから、思いつきました。
尚美から見ればレベッカは又姪です。
りかが作詞をする際トランス状態になるのは、普通じゃつまらないのでそうしました。




