外伝その7 玲花とりか
「ふふふ、新作落語、完成したの。聞いて……」
昼間のセイレーンの事務所で、烏丸りかと石原玲花がいた。玲花は腰まで伸びた黒髪に白い肌、目にクマが浮かんだ美女である。黒いゴスロリドレスを着ていた。彼女が副社長の石原克己の姪であることは聞いている。もっとも克己は32歳で彼女は24歳。ずいぶん年齢が近いと思った。
「いいですよ、聴きましょう……」
りかはエナジードリンクを飲みながらソファーに座っていた。普段りかは作詞の際にトランス状態になることが多かった。レベッカは騒がしいがりかのほうが歯止めが利かず、事務所のメンバーに迷惑をかけていた。
「では毒牙を始めます……。セイレーンのマネージャーは女たらしの節操なし。今日も所属タレントたちに毒牙をかけております。ふふふ、りか。今日も辛気臭い顔をしているな、どれどれ俺が明るくしてやるよ。そういってマネージャーの手はりかのビーチクをツンツン突くのであった。あんあん、さわっちゃいや!! ふふふのふ、君の股は大洪水じゃないか。このままだとノアの箱舟以外動くものが見えなくなるぜ、ふふふふふ」
「いきなり猥談を披露するな!!」
そこにミニスカメイド服を着た大男が玲花の頭にゲンコツを食らわせた。さすがの玲花も目から火花が出た。りかは何も言えず黙っている。大男は石原克己でセイレーンの副社長を務めていた。メイド服を着るのが好きだが、女装好きではない。
「まったくお前は落語の天才だが、少しは子供が聴かせる内容にしたらどうだ? これだとお前の母親に顔向けができん」
「……ママは関係ない。私は私の落語を目指すんだから」
「せっかく見本となる両親がいるんだから、きちんと基礎を学んだ方がいい。ここは逃避の場所じゃないんだぞ」
玲花が頭をさすりながら涙目で答えた。克己は腕を組み説教している。りかはその様子を見て首を傾げた。見本となる両親とはどういうことだろう。すると克己はりかの方を見た。恐らく彼女の疑問に気づいたのだろう。
「玲花の母親は雄侠亭六葉で、父親は剛侠亭剛龍なのさ」
克己が説明したが、りかはぴんと来なかった。ただSNSで名前だけは見た記憶はあるが、詳しくなかった。だが両親が落語家なら玲花はサラブレッドと言っても過言ではないことはわかる。なぜ演歌歌手が所属するセイレーンに所属したのだろうか。
ちなみに雄侠亭は女性だけの一門で、剛侠亭は男だけの一門だ。六葉と剛龍はそこの師匠である。
「……みんな私のことを、パパとママのクローン扱いするわ。努力をしても二人の娘だから当たり前、二人ならもっとうまくやったと怒鳴られてばかり」
玲花はしょんぼりした顔になった。りかも烏丸りあという表向きは問題のある姉がいる。裏では優しい姉だが、りあの妹とばれればいじめられるか暴言を吐かれるかのどちらかなので、周囲には親戚とごまかした。りあの母親は毒親なので近づかないようにしていると言えば、誰もが納得した。
克己はやれやれと首を振った。確かに親の七光りと呼ばれるのはつらいかもしれない。ただ親の意向を笠に着ることはないからマシである。玲花は周囲から強く責められていると思い込んでいるが、周囲はそれほど圧は強くないと思われる。
「……玲花は俺のおふくろ、祖母と暮らしていたからな。弟子入りしたのは16歳からだ。そもそも自分から両親のことを話したからな」
「だったら自業自得じゃない。それで文句を言うのは筋違いよ」
克己の言葉にりかが乗った。だが玲花は暗い目を光らせる。
「へへへ……。みんなが私にプレッシャーを与えてくれる。それに押しつぶされそうになっておもらししかけたことがあったわ。うへへへへ」
玲花は目を見開き、口からよだれを垂らしながら、悦に浸っていた。りかは何か危険だと察した。克己も右手を額に当てて、ため息をついた。
「彼女がここに来たのは、性癖のせいだ。極度のマゾヒストでナルシスト故に厳しい修行を喜々としてこなしているが、他の同門から気持ち悪いと追い出されたんだよ。落語の腕は雄侠亭では真打になったほどさ」
真打とは落語家で一番の階級だ。前座見習い、前座、二つ目と上がっていくのだ。ちなみに落語家が他の事務所に所属することは珍しくない。そもそも玲花は雄侠亭をやめてない。もちろん師匠の六葉の許可はとってある。
玲花が創作BL落語を披露するのは、克己に叱られるのと、客から総すかんを喰らうのが目的なのかもしれない。雄侠亭は女性らしい柔らかな噺が多く、剛侠亭は男らしい噺をすることで有名だ。
「周りが両親のことを言うのは、変な落語はやめろって意味じゃないのかな」
りかがつぶやくと、克己がうんうんと頷いた。
「じゃあ、美咲さんとナンシーさんを絡ませた創作百合落語を……」
「だからそれをやめろというんだ!!」
克己が玲花の頭にゲンコツを落とした。こうしてみると叔父と姪というより兄妹に見える。
「えへへへへ。私にゲンコツをくれる克己兄さん最高です……。もっといじめて、もっと痛めつけて……」
玲花は美女がしていけない顔になっている。さすがのりかもドン引きで克己はため息をついていた。
彼女は普通の仕事ができるのか疑問だが、きちんと仕事はこなしていた。
学校や福祉施設などで落語を披露している。彼女は自分の思い通りの落語ができないことに悩んでいたが、逆に悩むこともまた快楽と思っており、目つきが妖しい落語家として有名になっていた。
ネット配信では過激なBL落語を披露している。あまりにどぎつい内容に引く人間は多いが、逆にニッチ層に人気があった。
雄侠亭六葉は裏返りのリバスのあとがきに書いてます。剛侠亭は今思いつきました。
六葉の本名は田上直子で、剛龍は田上竹丸です。
玲花の本名は田上玲花ですが、母方の姓の石原を名乗っています。
モデルは女性ボディビルダーの田上舞子と大澤直子で、歴史的ボディビルダーの若木竹丸がモデルです。




