21話 おばあさま?
『ぎゃあああああああぁーっ‼』
『きゃあああああああぁーっ‼』
屋敷中にそんな悲鳴が響き渡る。
ああ、遅かったか……。
マチルダはリディアが男だと知らずに、女同士だから大丈夫だと風呂に向かったのだろう。そこにはムキムキの裸体を晒したリディアがいたと。
マチルダも驚いただろうが、裸を見られたリディアも驚いたことだろう。俺の裸は見慣れているだろうから、マチルダの裸体を見てもそう驚きはしないだろうが、自分の裸体を他人に見られるのは免疫がないからな。
仕方がないので俺も急いで浴室へと向かった。
浴室前では悲鳴を聞き付けた屋敷の使用人たちが集まり、どうしたものかと右往左往していた。
「ちょっと失礼。連れが騒がしくして申し訳ない」
俺は使用人達の間をすり抜け、浴室へと入ってゆこうとした。
すると一人のメイドが立ち塞がり、
「お、お客様……今はお嬢様が入っておられます……男性の方は……」
そう言って浴室へと入れようとしてくれない。
まあ普通はそうなのだろう。だがこのままにしておけば、他人に裸体を見られたことが無いリディアが恥ずかしさの余り、死んでしまうかもしれない。(それは大袈裟だろうが)
「ああ、心配するな。俺はマチルダ嬢と同じく女性だ。それよりも連れが心配なのだ、入れてくれ」
「えっ……?」
俺が女性と聞くや、メイドは目を瞬かせ首を傾げた。
女みたいな顔をしているが、男装しているので信じられないのだろう。
「まあ信じられないのも分かるが、早く行かねば連れが大変なことになる。ならば君も一緒に来てくれ」
「あ、えええーっ!」
説明しているのも面倒なので、そのメイド手を引き一緒に中へ入ってもらった。
脱衣場のリディアの脱いだメイド服の所にあったタオルを手に取り、浴室へと続く扉を開く。
「リディ! 大丈夫か?」
「し、シーベルト様っ!」
リディアは隅の方で身を縮めながら恥ずかしそうにしていた。
対するマチルダは、堂々たる裸姿でリディアを凝視し固まっている。
「ほらタオルだ」
俺はリディアにタオルを放ってやる。
タオルを受け取ったリディアは、真っ赤な顔をしてそそくさと裸体に巻いた。まったく、妬ましいぐらいに女性らしい所作だ。
するとようやく俺の存在に気付いたマチルダが、
「ぎゃあああーっ! し、し、しし、シーベルト! な、なぜお前がここに!」
あたふたと裸体を隠そうとし、悲鳴を上げるマチルダ。
「ああー申し訳ない。言っていなかったな。そこのリディアは男だ、そして俺は女。同じ女性同士そう恥ずかしがることはない」
「な、なあ、なんだと! う、嘘を言うな!」
「信用できないのであれば、ここで服を脱いでもいいぞ。マチルダ嬢と同じくちゃんとおっぱいも付いているからな」
今は布を巻いているから分からないだろうが、あんたより立派なのが、な。
「じょ、冗談だろ……だが、リディアが男なのは確かなようだ……あんな立派なモノが付いていたからな……」
「きゃああああーっ! お忘れください! 綺麗さっぱりお忘れくださいーっ‼」
リディアは恥ずかしさの余り、顔を真っ赤にしながらその辺にある手桶や石鹸などをどんどんマチルダに向かって投げ付ける。
どこか既視感のある行動だ。
「お、おいこら! 危ない、危ない! 止めろ!」
マチルダは素っ裸でそれらを華麗に避ける。
コーン! カコーン! と浴室にそんな音が響き渡る。
すると、
「あなた達! 何の騒ぎですか!?」
脱衣場の方から現れた人物が迫力ある声でそう言った。
「お、お婆様……」
どうやらマチルダの祖母らしい。
祖母とは言うが、まだお婆さんとはいえない感じだ。鬼ババア、もといメイド長と同じぐらいかな? でもどこかで見たような……。
お婆様と呼ばれた女性は、きりっとした眉を吊り上げ、マチルダを見た。
「まったくはしたない。マチルダ、貴女は少し女性らしさを磨きなさい! それになんですか? 男性が女性の入っている浴室に侵入するなど破廉恥にも程があります!」
「うっ……」
マチルダはしゅんとしてしまう。
ついでに俺にもきつい視線を向けて来る。
「いや、男性が入っている浴室にマチルダ嬢が侵入したんだけどな……」
「あなたの事です! どちら様か知りませんけど、早くここから出て行きなさい!」
「あー、そうですね。ですが、俺は男ではなく女だからいいだろ?」
「まぁ! なんですかその理屈は!?」
「お婆様、誤解だ。色々と手違いがあったのだ。シーベルトは悪くない、だから怒らないで欲しい。シーベルト、すまん、私が出てゆく。リディアはそのまま湯浴みを済ませてくれ」
俺がお婆様に叱られていると、マチルダがそう言って仲裁してくれた。
するとお婆様と呼ばれた女性は、何か考えている様子だ。
「シーベルト……女性……?」
そう小さく呟きながら、俺の顔をまじまじと見詰め思案している。
「そう……分かりました。全員湯浴みが済みましたら私の部屋に来なさい。良いですね?」
お婆様と呼ばれた女性は、そう言うやさっさと出て行った。
問答無用らしい。
「はいお婆様……」
しんと静まり返った浴室に、マチルダの返事が木霊した。
リディアの湯浴みも済み部屋で待っていると、マチルダが迎えに来た。
「すまないなシーベルト。お婆様は厳しい方でな。客人であるシーベルトまで呼びつけられるとは、本当に申し訳ない」
「いや気にするな。こちらも肝心なことを言っていなかったのが悪いのだ。出てゆけと言われたら素直に出てゆくので心配するな」
廊下を歩きながら、しゅんとして申し訳なさそうにそう言うマチルダを慰める。
「しかしシーベルト、お前が女だったとは……私は女性のお前に負けたことになるのだな。私は何と傲慢だったのだろうか……」
「まあそう落ち込むな。マチルダ嬢、あんたはまだ強くなれる。俺が保証しよう」
「ふっ、保証してくれるのは嬉しいが……まさか女性だったとはな……」
どうも俺が女性だったことが相当にショックみたいだった。
なにも女性に負けたからと言って、そこまで落ち込まなくともよいと思うのだが。まあ女性を卑下していたような物言いをしていたから、自分より強い女が現れたことがショックなのかもしれないな。
ほどなくして、件のお婆様とやらの部屋に到着した。
「お婆様、マチルダ参りました」
『お入りなさい』
扉前でマチルダがそう言うと、中から凛とした声が聞こえてきた。
「失礼します」
メイドが扉を開き、マチルダを先頭に俺とリディアも続いて入室する。
部屋は結構な広さがあった。寝室というよりも、執務室みたいな感じである。父の執務室と似たような部屋のつくりになっていた。どこか懐かしく感じる。
「皆揃っていますね。ではそこに座りなさい」
お婆様は、応接セットのソファーを差し座るように勧める。
そして自分も執務机から腰を上げしずしずとこちらに向かって来た。立ち居振る舞いといい、長年貴族として生きてきた気品が窺える。
俺達の向かいのソファーに腰かける姿も気品が漂っていた。
だが俺は今、奇妙な感覚に襲われている。このお婆様とやら……どこかで見たことがある……はて、どこだったろうか?
そう考えても今まで屋敷から余り出たことが無いのだから、屋敷で以外考えられないのだが、思い出せない。
まあ、リーマン領内の貴族なのだから、父に挨拶に訪れていた人達の中におそらくいたのかもしれないな。そう思うことにした。
メイドがお茶の準備をし、全員にお茶が行き渡る。
そしてお婆様が先にお茶に口を付け、みんなにもどうぞと勧めた。
うむ、美味しいお茶だ。庶民の食堂で飲むお茶など出涸らしのような味だ。さすが貴族の家、贅沢なものだ。だが俺は庶民が飲むような、ああいった素朴な味も悪くないと思っている。
「うむ、良いお茶ですね。大変美味しいです」
「ほほほ、やはりこういったお茶を飲み慣れているようですわね?」
「ん? ああ……以前飲んだことがありますから」
リーマン家で飲んでいたお茶と余り変わらぬ味だったが、その辺りはぼかしておいた。
しかし真っ先に先ほどの浴室の件を叱られるのかと思っていたが、どうやら少し様子がおかしい。
お婆様は柔和な笑顔で俺を見詰めている。すると、
「久しぶりですねシーベルタ」
「──!!」
お婆様と呼ばれていた女性は、俺の以前の名を口にしたのだった。
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