20話 貴族の屋敷だと?
マチルダの家に泊めてもらうことになった俺達は、マチルダの後ろに続きカリパラの町なかを歩いている。
人通りの多い通りを歩いていると、「よう! お嬢、元気そうだな!」とか、「マチルダお嬢様、今日もお美しいですわ」などなど、たくさんの人々から声をかけられ、ハハハ、とマチルダは笑顔で手を振りそんな人達の相手をしていた。
どうやらこのカリパラの町でマチルダは有名人らしい。お嬢と呼ばれているだけあるのだろうか?
「マチルダ嬢は、随分と顔見知りが多いのだな?」
「ああ、まあ、この町で私を知らない奴は、旅人ぐらいだろうからな。シーベルトが私を知らなくとも当然のことだ」
ハハハ、と笑いながらそう説明してくれた。
この町のほとんどの住人がマチルダを知っている。それは俺にとっては信じられないような事だった。この町はリーマン領の首都に比べれば小さな町だが、それでもほぼ全員に認知されているなど、どれだけ顔が売れているのだろうか。
俺など首都に出ても誰も俺が領主の子だとも知られていなく、声もかけられたことがなかった。ただの女みたいな男が歩いているな、そんな程度で見られていただけだろう。
まあ、長年家の敷地から出ることが無かったのだから、当然といえば当然なのだが……。
そうこう歩いていると街の景色が徐々に変わってきた。
冒険者ギルドから商店街、住宅街を通ってきたが、この辺りは高級住宅街のような建物が多く建っている地域のようだ。
そしてしばらくゆくと、一軒の大きな屋敷にたどり着いた。
「ここがマチルダ嬢の家か?」
「ああそうだ。我が家にようこそ」
簡単に泊まれと言うから、それなりに広い家かと思っていたのだが、ここまで大きな屋敷だとは思わなかった。
冒険者ギルドよりも立派な造りだ。
「お? この屋敷を見ても驚かないとは、やはりシーベルトは肝が据わっているのだな」
ハハハ、と豪快に笑うマチルダ。
残念ながらこの程度の屋敷では驚かん。リーマン家の屋敷には、まったく及ばないからな。この屋敷の数倍の大きさがあると思う。
「いや驚いたよ、立派な屋敷ではないか」
「ハハハ、リーマン領で私の家よりも大きな家を持つ貴族なんて山ほどいるからな。私の家などまだまだだ」
「マチルダ嬢の家は貴族なのか?」
「ああそうだぞ。言ってなかったか?」
「ああ、聞いてない」
みんながお嬢とかお嬢様と言っていたから、そうではないかと薄々考えていたのだが、本当に貴族だったとは、これまた驚きだ。
貴族の御令嬢が冒険者など考えられないからな。それに男勝りの風体と言動などは、全く貴族らしくない。こうして貴族の館を見てもまだ信用できないぐらいだ。
「まあそんなことはどうでもいいだろう。さあ、入ってくれ」
「あ、ああ……」
どうでもいいとは到底思えないのだが。
俺はよく分からないのだが、普通は貴族が気軽に一般人を家に入れてはいけないのではないのか?
まあ考えても良く分からないし、泊めて貰うと約束した以上ここで帰るわけにもゆくまい。貴族の御令嬢の誘いを断ったとあっては、気を悪くするどころの話ではないだろうから。
こうして俺とリディアは屋敷へと誘われたのだった。
「戻ったぞ!」
マチルダが扉を開いてそう言うと、屋敷の中で使用人たちが「お帰りなさいませ、マチルダお嬢様」と迎えている。
歴としたお嬢様なのだと実感させた。
「大切な客人二名を連れてきた。丁重にもてなしてくれ」
「畏まりました。ようこそおいで下さいました」
と、使用人達は俺とリディアに向かって頭を下げる。
いつの間に大切な客人になったのかよく分からないが、粗末な扱いではないので気にしないことにした。
「俺はシーベルト、連れはリディアという、よろしく頼む」
俺達も一応礼儀として挨拶をした。
「父上と母上は戻られているのか?」
「まだ戻られておりません」
「そうか、ならば挨拶は戻られてからでもいいか。先に客人を部屋に案内してくれ」
「畏まりました。それと湯浴みの準備も整っておりますので、お客様から入られてはいかがでしょうか?」
「ああ、そうだな。シーベルト、先に風呂にでも入って夕飯まで部屋でゆっくりと寛いでいてくれ。私の家族もその頃には戻るだろうから、夕食も兼ねて紹介したいと思う」
「相分かった。そうさせてもらおう」
さすがは貴族の屋敷だ。風呂は完備しているようである。
旅に出てからまともな入浴もしていなかったので、そこは素直に嬉しい。特に桶で頭を洗うのも結構難しいもので、良く洗えていた気がしないのだ。タオルで身体を拭くよりも、やはり湯浴みをすればさっぱりとすることだろう。
使用人に俺とリディアが宿泊する部屋と案内された。
この屋敷の女性の使用人もメイド服を着用している。リディアの着ているメイド服とは幾分デザインが違うが、メイドとしては見慣れた服装だ。
客室はどうやら二部屋用意されているようだ。やはり貴族の大きな屋敷だけある。客間もそれなりにあるのだろう。リディアとは別々の部屋で過ごすことになりそうだ。
「こちらでございます。浴室は一階にございます。準備ができましたら、こちらのベルを鳴らしていただければご案内いたしますので」
「了解した」
部屋に案内されると、使用人はそう言って去って行った。
「こういったお部屋は久しぶりですね。なんか懐かしい感じがいたします」
「そうだな、まだ数日しか経っていないが、宿の部屋とは全く違うからな」
広い部屋、豪奢なベッド、なにをとっても違う。
一般庶民と貴族の違いは、歴然としたものがある。ただ、庶民が宿泊するような宿も俺は意外と嫌いではないが。
「もうこういった部屋で過ごすことはなくなると思っていたのだが、因果なものだな」
「マチルダ様が強引に誘って来たのですから、遠慮なく泊まらせてもらいましょう。それよりも湯浴み前に装備を外してしまいましょう」
「そうだな」
リディアは少し面白くなさそうな表情でそう言いながら、俺の装備を外し始めた。
大きなバックパックから着替えやタオルを準備し、リディアも一度部屋に戻り外出用の装備を外しにゆく。
風呂はリーマン家の俺の部屋とは違い、部屋に備え付けられてはいないらしいので移動しなければならない。どこか不便だが、これが普通なのだろう。
俺やリディアは、自分の性別が露見しないように、他の者とは入浴できないようにされていたのだろう。今考えれば非常に用心深いものだ。
確かに屋敷には、別に浴室があったので他の者はそこを使っていたのだろう。使用人の浴室だと言われ、一度もその浴場は使ったことが無かったのだから。
リディアの準備が整ったので、ベルを鳴らしてこの屋敷の使用人を呼んだ。
そんなに待つこともなく現れたので、この屋敷の教育はそれなりに行き届いている事が分かる。
使用人に案内され浴室に来て驚いた。
かなりの広さがある風呂だった。俺の部屋の浴室と比べても十倍以上の広さがある。風呂にこんなに豪華にしなければならないのかと思うと、貴族はやはり一般庶民とは生活自体が全く違うのだと認識するしかない。
水浴びが一般的な庶民なのに、全く贅沢すぎる生活だろう。
「ではここまでで結構です」
「はい?」
リディアがこの屋敷の使用人にそう言うと、使用人はキョトンとして首を傾げた。
「ここからはわたしがシーベルト様の湯浴みのお手伝いをしますので、申し訳ありませんが退室をお願いいたします」
「あ、はい。畏まりました。何かございましたら扉の外で待機しておりますのでお声掛けくださいませ。それではごゆっくりお温まり下さい」
「ありがとう」
使用人はそう言いながら出て行った。
使用人はきっとリディアが俺と一緒に風呂に入るものだと思ったのかもしれない。そんなことはしないが。
今の所まだリディアに洗ってもらわねば、一人では入浴もできないのだ。今後何とかしよう。
「ふう、いい湯だった。やはり湯に浸かるのは疲れが取れるようだな」
「はい」
やはり湯に浸かるのはとても気持ちが良いものだ。それにしっかりと頭も身体も洗え、とても綺麗になった気がする。風呂は良いものだ。
「では、リディも風呂を頂け。俺は先に部屋に戻っているぞ」
「いえ、先にお部屋までお送りしないと……」
「それはここの使用人の仕事だ、扉前で待っているのだから案内してもらう」
「そう、ですか……では遠慮なく頂いてゆきます」
「うむ、そうしろ」
そうして俺は浴室を後にした。
この屋敷の使用人にリディアが交代で湯浴みをしていることを告げ、部屋への案内を頼んだ。
すると階段を上っている途中、
「おお、シーベルト! もう湯浴みは済んだのか?」
前方からマチルダがそう言いながら階段を降りてきた。
冒険者の装備を着替えたのか、多少貴族の女性らしい姿になっている。ドレスではないが部屋着なのだろう。先ほどの武骨な冒険者装備とは違い、ひらひらとしたスカートで女性らしさが際立っている。
「ああ、ありがたく頂戴した。いい湯だった。感謝する」
「そうかそうか、それは良かった。ん? リディアはどうした?」
「ああ、俺の入浴が済んだので、交代で入っているところだ」
「ハハハ、そうか。ならば私もゆくとするか。シーベルトは部屋で寛いでいるといい」
「ああ、そうさせてもらうよ」
ハハハ、と陽気に笑いながらマチルダは階段を降りて行く。
ああいう衣装でいれば女性らしいいのだが、口調は変わらない所がマイナス点だな……。
そう考えながら、俺は使用人に部屋まで案内され、ソファーによいしょ、と腰かけ一息ついた。
ふう、なんか落ち着くな……。
そう考えていてふと気づく。
ん? リディアが入浴中といって、さっきマチルダはなんと言っていた?
『ハハハ、そうか。ならば私もゆくとするか……』
そう言っていなかったか?
どこへゆくのだ?
──あっ‼
そう気付いた瞬間、俺は部屋を飛び出した。
マチルダは、リディアが入っている風呂へと向かったのだと。
『ぎゃあああああああぁーっ‼』
『きゃあああああああぁーっ‼』
だが遅かった。俺が廊下に出た瞬間、そんな悲鳴が屋敷中に木霊していたのだった……。
可愛い悲鳴は、言わずもがな。リディアの悲鳴である。
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