19話 泊まりに来なよ
マチルダという女性と模擬戦を行い勝ってしまった俺は、お詫びとばかりにギルド内の食堂で遅い昼飯をご馳走になっているところだ。
まあそうたいした模擬戦でもなかったので別にお詫びなどいらなかったのだが、せっかくご馳走してくれるというのだから素直に頂くことにした。まあ行商人のおっさんと分かれて昼飯もまだだったし、腹も減っていたのは事実なので、喜んで食べているのは内緒である。
「しかし、開始後一歩も動かずにお嬢に負けを認めさせるとは、ただ者じゃないとは思ったが、兄ちゃんは実にたいしたもんだな!」
頭頂部をテカらせた男がジョッキを片手にそう言った。
何故かハゲのギルド長まで一緒に席に座り、昼間から酒のようなものをグビグビと飲んでいる。きっとあの賭けで結構儲かったのかもしれない。
それでいいのか? 冒険者ギルドとはそんなぬるま湯のような組織なのか? ギルド長自らぬるぬるじゃないか。ツルツルでもあるが。
「ふん、少し油断しただけだ。次はそうはいかん……それよりなんでギルド長が昼間から飲んでるんだ? サボるのもいい加減にしろ! 本部に報告してやるぞ!」
「グハハハ、なんだ、負け惜しみかお嬢? お嬢らしくねえな?」
「う、うるさい、少し手元が狂っただけだ! あの模擬戦用の剣が不良品だっただけだ!」
マチルダは顔を真っ赤にして、まさしく負け惜しみを口にしている。
「手元が狂ったのか。ならまだまだ精進が足りないということだな。実戦で手元が狂いましたで済めばいいが、油断と慢心は命取りになるのではないか?」
「うぐっ……痛いところを突くな……シーベルト……」
「次がある模擬戦でよかったな。実戦で次などあると思わん事だ。マチルダ嬢、あんたの敗因は慢心以外にない。自分の力量に自信過剰になり、戦況を最後まで見誤った。俺に剣が当たる前に「貰った!」と言って気を抜いていたことでもそれが伺える」
「くっ……可愛い顔して容赦無く抉る奴だな……まあ確かに次のない実戦なら、私は死んでいたな。あの時点で勝ちを意識したことも認める。だがなぜ私の剣の軌道が逸れたのかが解せぬ。私は確実に捉えたと思ったのだが、シーベルト、何かしたのか?」
どうやら勝ちを意識する余り、なにも見えていなかったようだ。
「それすら分からなかったのか? まだまだだなマチルダ嬢」
「むぅ……負けたからなにも言えんな……だがそこは教えろ。今後の課題にする」
唇を尖らせ拗ねてみせた表情はものすごく可愛らしい。普通にそうしていれば、まさしくお嬢様みたいだと思うのだが、現実は強さを求める男勝りの女性だとは、いやはや残念だ。(俺のことは棚に置く)
だが、素直に負けを認める謙虚さも持ち合わせているようだ。次に活かせるヒントを欲しているのは、まだまだ伸び代があるということに他ならない。
マチルダはまだ強くなるな。
「マチルダ嬢、あんたは最後まで気を抜かず剣を振り抜くことだけに注力していれば、俺の小細工でもあの剣筋を狂わせることはできなかっただろう。間違いなく俺に当たっていたはずだ。まあそれでも俺は難なく躱せただろうけどな」
「ぐっ……なんか自信なくすな……」
俺の言葉に落ち込むマチルダ。
だが、剣を振り抜くまで気を抜かなければ、剣の軌道を逸らすことは難しかったことは本当のことだ。剣の速さも、重さも、十分乗っていた一振りだったのだ。
「気が緩んだことによって、剣の支点がわずかに緩んだ。その支点を少し横にずらすだけで、動点である剣先は大きく逸れていく。マチルダ嬢の武器である大剣もその役割を大きく買っている。ブレードが長い分、力点である先端にかかる力は強くなり遠心力も多く働き、一撃必殺の武器としては良いかもしれない。だが、支点である手元を指二、三本ずらすだけで、身体一つぶんぐらいは簡単に先端でずれてしまうだろう」
「……な、なに? あの一瞬で剣を弾くわけでもなく、把持部近くを少し押しただけだというのか?」
「当たり前だろう。いくら模擬戦用の剣とはいえ、大剣とミドルソードでは歴然とした違いがる。まともに受けようものなら俺の木剣が粉々になるほどの威力はあっただろう」
「だからあえて扱いやすいミドルソードを選んだのか? 最初からそれを想定して……」
「まあ、マチルダ嬢のあの女性を見下す態度でだいたい予想はできた。少し隙を見せるだけで慢心してくれるとな」
自分は強いのだ。だから他の女性では自分に敵うわけはない。そう思っている以上、男にもそれは適用できる。自分よりも格下だと考えたなら、こいつはたいしたことがない、勝ったな、と慢心してしまうだろうと。
「なんと、私は戦う前から負けていたということか……そこまで見抜かれていたとは……」
「まあ、敵がいかに弱かろうと、勝敗が決する最後まで油断しないことだな。勝ちを確信したのだろうが、油断していなければたとえ剣が空を切ろうとも、あそこまで無様に体勢を崩すことはなかっただろうに」
「……そ、そうだな……全く恥ずかしいとしか言いようがない……」
マチルダは顔を赤く染めて肯定した。
体勢を崩したたらを踏んで、俺に受け止められたのだから、剣士としては忸怩たる思いなのだろう。
それに防具も考えた方が良い。いくら腕に自信があるとはいえ、露出度の多い装備では、いつか必ず痛い目を見る。その一度の痛い目で自分の命を散らさなければいいのだがな。
「そ、それはそうとシーベルトとリディアは、今日この町に来たのだろ?」
「ああ、先ほど着いたばかりだ。先に懸賞金を受け取ろうと思い、ここに立ち寄っただけだ」
「なら宿はまだとっていないのだろ?」
「そうだな、これからだ」
「な、なら、きょ、今日は私の家に泊まれ」
俺達が宿をとっていないと知るや、自分の家に来いと言うマチルダ。
どこか挙動がおかしいが、何か企んでいるのか?
「ん? それは迷惑だろう。今日知り合ったばかりでそんな厚かましいことはできんぞ。なあ、リディ?」
「はい、わたしたちはちゃんと宿をとりますのでご心配なく」
「いや、迷惑なんてとんでもない! ほ、ほら、迷惑を掛けた礼だと思ってくれ。いきなり模擬戦なんて申し込んだ、な?」
「うーん、そうか? なら、遠慮なくお邪魔しようか」
「いけませんシーベルト様! マチルダ様はまた何か良からぬことを画策しているような顔をしていますよ?」
「何を言うリディア! そんなことは何も考えてない。気のせいだ気のせい! ほらリディアとも女同士で親交を深めたいんだ、な、いいから泊まりに来い」
「……」
マチルダの慌てふためく様子に、リディアは一層不信感に満ちた目で眇め見る。
まあ女同士の親交は深められないがな。
「まあそこまで言うのなら行こうではないか。宿を探す手間も省けるからな」
「そうか! 来てくれるか! ──おい、至急家の者に客人2名が泊まると伝えて来い!今夜は飛びっきり上等な料理も用意するようにとも伝えるんだぞ? いいな」
「はい、畏まりましたマチルダお嬢様」
「おい、そこまでしなくても……」
「いいのだ、気にするな。心ばかりの持て成しだからな」
飛びっきり上等な料理が心ばかりの持て成しか?
どうやら態度がお嬢と言うよりも、本当にどこぞのお嬢様なのだろう。マチルダの仲間の側仕えのような口調の女性が、早速マチルダの家へと伝達に向かったようだ。
こうして俺たちは、宿代を浮かせることができるのだった。
□
マチルダがシーベルトとリディアを伴って冒険者ギルドから出て行くと、ギルド長を筆頭に、数人が集まって話を始めた。
「やれやれ、ようやくあのお嬢にも春がきたようだな」
「そうですね。あんな顔のお嬢なんて初めて見ましたよ。恋する乙女を見たようですよ」
「弱い奴には興味はない! って、口癖でしたからね」
「美男子だし、お嬢を負かすだけの強さもある。模擬戦同様お嬢はシーベルト君に瞬殺されちゃったねっ!」
あははははっ、と一同の笑い声がギルド内に響き渡った。
「グハハハ! まあ、兎にも角にもめでたいことだ。これで子爵様も少しは肩の荷が降りるんじゃねえのか?」
「だといいですけどね。あのお嬢じゃ嫁に出す先もない、っていつもボヤいていましたからね」
「まあお嬢が落ち着けば、少しは心労も減るだろうさ?」
「ですね。貴族のお嬢様が好んで冒険者になるなんて聞いたことないですよ」
「騎士とかでもいいのに、なんで冒険者なんだろうね? 女騎士! カッコいいのに」
「姉のベルーナお嬢様が騎士だから、自分は騎士にはなりたくないって言っていましたからね。常に身を危険に晒し、誰よりも強くなってリーマン領を支えるんだ! と言っていたし、他領に嫁に出るなんて考えてもいなかったようですよ」
「そう言えば、領主様の嫡男に憧れていたって昔言ってたよな」
「でもその嫡男は、お家の事情で半年前に次期領主を降ろされたんでしょ? そして第二夫人の生まれたばかりの弟が後継者になったって……何があったのかしらね?」
「領主様の所の話なんかオレらにはわからんよ。そもそも首を突っ込んだらいけない雲の上のお方だ。あまり詮索しないほうがいいぞ?」
「お嬢の恋、成就すればいいな」
「そうだな、みんなで応援しようじゃないか」
「賛成!」
そんな話で盛り上がり、酒もどんどん進む。
マチルダの恋物語は成就しない。と今はまだ誰も知らないのだった。
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