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Trillion of Labyrinth 一生懸命癒やします!  作者: 魚介貌
第2話【】
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三匹娘の『野営地』クエスト③

 “Ohma alley”。

 単純に訳せば“オーマ横町”である。実際、パッと脳内で訳せなかった匿名ワラビー娘と竜娘にはサポート用の変換ウィンドウが立ち上がって日本語読みでそう表示されている。

 が、そこでモエには疑問がひとつ。


(何で名前はカタカナなのかな?)


 現在、この手合いのゲームでは日本語から外国語へ、または逆の訳称が展開される時は発音訳と文字訳が同時に表示される。

 例えを出せば『鈴木』と書いて『SUZUKI』と発音表記し、同時に『Bell wood』と漢字の意味をも含む内容という内訳となる。

 現実ではほぼ『SUZUKI』と表記するだけとなっているのだが、まあ、VR環境では一度に表記し知覚もできる事から色々と付加情報が連なる事も多いのである。


 その流れならば、当然『Ohma』にも付加情報は有る筈なのだが、何故か今回に限ってはローマ字表記とカタカナ表記しか存在しない。


 であるから、モエには疑問が浮かんだのである。

 『何故、“Ohma”は『オーマ』としか訳されないのか』と。


「俺達はタンガロ経由で移動となったが、このエリアはどの都市国家でクエストをスタートさせても来る事になる共通エリアってやつな。つまり、此処はタンガロであってタンガロじゃあ、ない」


 オーマ横町に入り、黒い壁の通路を歩きながらジョージが説明する。

 クエストによってはイベントが発生するエリアだけを独立した物で作成する事がある。この状況の前段階で牢獄での会話というイベントがあったが、あれも似たようなものだ。何処の都市国家からも移動できる地下牢という独立したエリア扱いなのである。

 室内への移動という区切りがあって、モエ達は気づかなかっただけだった。


 このオーマ横町というエリアは、タンガロの他2ヶ所の街から進入できる設定だ。

 出る時は入った街に戻るしかできないが、タイミングさえ合えば別の街から入ったプレイヤーと会う事もできる、この『Trillion of Labyrinth』では異世界とも言える設定つきなエリアなのである。


 そんな逢えない者同士が逢える状況を表現する言葉がある。


「だから唐突に変な奴と遭うかもしれんが、まあ……」


 時を表す言葉。日が落ちる瞬間。昼と夜の境。昼は人の世、夜はアヤカシの世、その二つが交代する間際の、ほんの一瞬、交わる時を表す言葉。『逢魔が時』。


「……翁※(おうま)横町じゃあ通常仕様だから諦めろ」


「ぅえ?!」


「ん?」


 小さく驚く声にジョージが振り向けば、その声を出したモエ自身、何で自分が反応したかに不思議な顔をしている。


「あれ? あれあれ?」


「モ~エ?」


「なに跳ねてんのー? エンカウント?」


 いきなり周囲を見回して警戒するモエにマリアとミュラも不思議がるが、当のモエも何故そんな反応をしたか分かってないので混乱中である。

 が、答えはジョージからもたらされた。


「まあ多分、別の街経由でこのエリアに来たプレイヤーでも居るんだろう。たまにそのデータ更新を感知する奴もいるしな。特に神術師(プリトン)はキャラ的に被ダメ計算の変動に直結してっから、意識の方にも情報行くとか聞いた事がある」


「「ほー~」」


 そんな自覚をした感触は無いが、その言葉に取りあえずは納得したモエであった。


「ついでに言っとくが、このエリアじゃ戦闘は無いぞ。特定の場所で密輸業者と黒ローブの女を見つけて、寸劇イベント見れば終わりだ」


「「「はーい」」」


「そのまんまトンボ帰りしてまた別の街に行く予定だったが……、まあ、1日観光で使うか」


 ジョージの感覚ではタンガロの街並みはゲーム的に異質な物が多い。故に、まだこのゲームに慣れていない小娘達には触れるのは早いと思っていたのだが、“興味を持ってしまったのならしょうがない”と諦めた心境である。

 保護者意識から野営地クエストにかかる出費はジョージが持つ心境であるし、幸い、モエ達は前回のクエスト報酬で無駄遣いしまくれる額の報酬も得ている。どうせゲーム内通貨なので使いきっても問題無いと、遊ばせる事にしたのであった。





◆  ◆  ◆





 モエ達がジョージにくっついて歩く事30分余り、横町と言いつつ、店や家屋の無い黒い壁ばかりの迷路のような通路を歩き終わって出た一辺が50m程の四角い広場。中心には円形の噴水が置かれ、壁際には様々な屋台が並び、見た目は欧州風の市場(マルシェ)のような場所だった。

 タンガロとは別エリアであるためか、屋台はみな黒に近い木材を組み合わせているし造りの共通性も多い。並ぶ品に奇抜な品物もなく、典型的なNPCショップか、もしくは外見だけのオブジェクトとも思える印象である。

 そんな無個性という印象の中で、ただ一つ、異様な空気をはらむモノが、噴水の真上に鎮座していた。それは、〈女性の腕を生やした箱〉である。銀色に輝くバスケットボール大の金属の箱。その一面にだけ穴が開いてて、肩から先の腕だけが、人差し指を伸ばして何かを指し示す形で伸びているのである。


「よう、俺達の目的地は何処だい?」


 さも当然のようにジョージが箱へと問いかければ、腕が“ピクリ”と反応し、広場から続く道の一つを指す。

 それで用は終わりと、ジョージが歩き出せば腕はまた元に戻った。なんとも不可解な一幕である。


「うわぉ、不気味なイベントだよう」


「不条~理な日常~演出ぅ?」


「てかガイドっぽいアイテムなんじゃん?、ちゃんと箱から道順言う声出てたし」


「「え?」」


「ん、良く聞こえたな?」


 見た目の不気味さの感想を述べるモエとマリアに、さも当然と答えるミュラ。更に変に感心するジョージである。

 続くジョージの説明によると、“アレ”は過去にあったとあるイベント後に設置された物で、ミュラの言ったとおり利用者を目的地へと導く機能を持つ。そしてそう言われれば、そのイベントとは?と問うのが人情なのだが、そのあたりは言葉を濁して教えないジョージである。

 ただ、『肺も声帯もねーから出る声は口ん中の分だけなのにまあ、よく聞き分けられたよ……』と実に怖い想像を誘発させる呟きを吐き、それを聞き取ってしまったミュラを怯えさせたのであった。


 更に歩くこと数分。ガイドの示した先に目的の人物は居た。

 黒いローブ姿の女と、それを取り巻く野盗っぽい外見の密輸業者達である。

 声は聞こえないが何やら業者が相手に怒鳴っている雰囲気で、ジョージの指示でその場に待機するモエ達の前にて、そのイベントが終わるまで待つ。

 この手のイベントの定番か、最後は業者達が暴力に訴えて相手を襲い、見事に返り討ちに合う。数人いた業者は無惨に倒れ、ただ一人だけ泣き叫びながら逃げて来る。


「ほいっと」


「「「ふえっ?」」」


「ぐえっ!?」


 逃げて来る業者に衝突するよう、ジョージが3人の襟首を摘まんで放り投げ、結果、業者は小娘三人分の圧力に屈して押しつぶれる。


「ありゃ、本当はぶつかるだけでこのバカは逃げてくんだがなあ、まあ、一人と三人じゃ同じとはいかんか」


「おじ~様ぁ、事前~説明ぇ、ヨロ~ですよう!」


 本来の流れとは違うが、とりあえず、イベントは回収である。唐突な扱いで怒るマリアに向け、ジョージが指し示した地面には一枚の金属板が落ちている。


「これが“トラペゾヘドロン”を囲う檻の一片だ。正方形をなす一つの面となる。て事で、後五面分のイベントをこなせば良いって事は分かったな?」


「……はぁ~。結局~、コ~レは“輝かせる”事~になるのねぇ……」


 必要アイテムの構成から真実を知るマリアが嘆く。まあ、クトゥルーネタ確定なのだから当然だろう。


 ただ、時間の都合でこのままタンガロに一泊という事になり、先にジョージが言ったようにタンガロでの自由行動で喜ぶ。

 密輸業者の街と散々脅されたが、システム上は普通の都市国家であるので芯から危険な場所では無い。とりあえず拠点とする宿を決めた後は、各自自由行動を許されショッピングに興じるのであった。





◆  ◆  ◆





 モエ、ミュラ、マリアがゲーム廃棄物に新鮮な驚きを楽しんでいる頃。ジョージは一人、再びオーマ横町へとやって来ていた。

 理由は、どうにも自分が経験したクエストの流れとは微妙な変化があるのに気づいたからである。


 この場所での中心的な要素は、あくまでイベント後にぶつかる密輸業者の方だ。進行するプレイヤーが前衛ジョブならその業者との少戦闘となり、ダメージも出ないような斬り合いをして逃げられ終わる。

 その時、キーアイテムとなる金属板と、次の目的地となるメモの紙片を入手するのだ。因みに後衛の場合はプレイヤーがそのまま人攫い的な目に遭い、暫く移動する途中で業者連中の話から目的地を知る事となる。聞いた時点で業者連中を襲うゴロツキとのイベント戦闘が起こり、プレイヤーはドサクサで逃げるという落ちだ。


 どちらにせよ、今回も“黒ローブの女”は脇役な扱いなのである。決して、小娘達の下敷きになってノビる業者を見てクスクスと“影から笑う”なんて演出が設定されたキャラではないのだ。

 しかも気にしたジョージが近づいた時点で消え、その後に本来業者が持つ筈だったメモが落ちているとなると、何処かで、クエストが変質していると思うのが、まあ、通常の感覚である。


 その部分が気になり、またゲームとは別の要因の可能性を心配し、確認のために来たのである。そしてジョージの予想は当たったようだった。


「おこんばんわあ、“毒蛇”様ぁ」


 黒い壁に同化するように立つ黒いローブの女が、ギリギリ、ジョージとの戦闘範囲に入らない位置から現れた。


「人違いだよ。どっかの地獄の関係者さん」


「そりゃ解ってるよってぇ、でも、あてにとっちゃあ限り無く御当人に近しいやんさあ、“青大将”」


 ローブのフードを少しズラし、僅かに、顔の鼻から下のみが晒される。死人のような青白い肌、痛みきった髪、新月スレスレの三日月の如くニタリと笑みを形つくる唇。少なくとも、かなり人間離れしたキャラメイクの存在といえる。


「……たく、懐かしい呼び名を。つか、よりにもよって何でこんなゲーム世界にまで出てくるかな」


「んふふぅ、アフターケアやよ。一応、あんさんの依頼どおりにモノが出来たか確認もいるよってぇ。そんで、この“人形”が青大将に一番近いんで使わしてもろたんよぅ」


「本音は?」


「暇潰しやん。聞くなや♪」


 軽い掛け合いを済ませた後は、そのまま連れ立って歩くこと暫く。やがて前方に背の高い建物が見えて来る。


「なんでまあ、開発連中はここまで似せて創ったかねえ?」


「この人形に染み付いとる妄執によんと、『でざいなぁの悪夢がこんせぷと』だそうやで。てことはぁ、元を辿れば青大将なんやん?」


 ジョージのボヤキにローブ女の茶々が入る。反応したジョージが顔を顰めるのが面白いのか、更に『ケラケラ』と笑うのが余計にジョージの眉間の皺を深くする。


「とにかくだ。まあ、色々聞きたい事もあるんで茶でもシバくぞ、コンチクショウ!」


 露骨に機嫌を悪くしたまま、ジョージは先に立って建物へと歩いて行く。ある程度近づけば、その建物にはネオンの看板で『BAR・Old horse』と書かれているのが確認できる。

 ここはまるでホラーハウスのような造りではあるが、『Trillion of Labyrinth』が用意した、れっきとしたNPCショップなのである。

 入室には様々な制限もあり誰でも入れるわけでは無いが、その条件を満たすジョージは普通に入れる。ジョージと同伴(パーティー)扱いのローブ女に制限がかかる事は無いが、そもそもNPC扱いのキャラに適応する状況なのかは解らない。

 そんな内情を気にする事もなく、普通な態度で二人は中へと入って行く。その後の事は、今、ここでは語らない。

 が、買い物を堪能したモエ達が宿で寝るまで、ジョージが戻らなかったのだけは確かである。





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