三匹娘の『野営地』クエスト①
ジョージが屋台の店仕舞いをして店舗兼倉庫兼自宅に戻ってみれば、姪っ子達用に設営したまま放置していた室内の一角に、当の本人等が果てていた。
「おろ? 確かクエストは5~6日のぶっつけでやるって話だったんじゃね?」
マリアからクエストの依頼者である〈G☆I〉の為人を聞かれた時に、その依頼がどれだけの期間行われるかも聞いたジョージである。
ゲーム内とはいえ、長期間、成人男性と生活を共にさせるのは気になった。だが相手が〈G☆I〉ならば話は別だ。
連中の子煩悩度は5分も話を続ければ蹴りを入れたくなる程の濃さだ。それに何より、ちゃんとした妻帯者である。しかも揃って新婚だ。まだまだ浮気などに余裕をかませる時期では無い。
ついでに言えば、手を出したら奥方に即、チクられるのも知っている。大昔には新婚旅行帰りの“成田離婚”などというブームも有ったが、現在はそれなりに長続きしているのが日本の結婚事情だった。
それは兎も角。
それぞれ人数分のベッドがあるくせに小娘達は3人揃ってひとつのベッドに眠っている。またもシステムからの強制スリープで落ちたのか、中々に不様な寝姿だ。
ただまあ、それが単に寝る前のジャレ合いに見えないのは、ジョージにしても容易に想像できる恰好であった。
「んー……。どうにもガールズラブは範疇外で解らんなあ」
“組んず解れつ”の言葉どおりに、観ようによっては淫らとも言える恰好で3人が折り重なるように果てている。ジョージの感慨をそのまま表現すれば、踏みつぶされたカエルが三匹、ベッドに埋まっているようなものだ。
モエとマリアは辛うじてパンツ着用だがミュラはスッポンポン。しかしミュラの上に残りの2人が重なっているので、あられもない姿を余さずジョージにさらけ出すには至っていない。
しかし、絶妙な態勢に隠れた三人三様の手指の位置で、何故こんな体勢だったかは丸分かりである。
まあ、ログイン以降の惨状からすれば、今更弁解のしようも無い手遅れの感じでもあるのだが。
その実、初クエストから帰還しても治まらないミュラの状況を、モエとマリアの2人掛かりで鎮静化させた結果なのである。
ただその過程で、対象がミュラであっても普段は自分自身に向ける技の数々である。
指の運びから現実の昨日の自分の背徳感をも思い出し、更についさっきまで味わった強烈な感覚までがフラッシュバックし、結果的に全員揃っての騒ぎになってしまったのも、若さ故の拙さであった。
……という部分まで、支配者権限で3人の過去ログを無断閲覧して知る外道な身内は、取りあえず自分の事は棚に上げて〈G☆I〉へのペナルティーを思案していた。
ついでに、ログチェックから万が一の盗難除けにと設置した室内の監視カメラの確認も怠らない。
無駄に高性能な機能付きのカメラには、ログを裏付ける様々なアングルからの映像が、複合式なのは当然で完璧に、音声も付いて記録出来ていた。
実に見事な盗撮物をゲットしたジョージが、売り物には出来ないものの、その商品価値にほくそ笑むのは、此処だけの秘密。という事となる。
そして〈G☆I〉への連絡をとった時点で。
改めて現状の問題を直視する事となったのであった。
◆ ◆ ◆
さて、スリープから目覚ての三日目。
場所はジョージの店舗の三階、居住区画。
現実の習慣からの朝食を済ます途中で、ジョージからモエ達に話が振られた。
内容は、今日から3人が野営地クエスト完了するまではジョージが面倒を見るという物である。
寝入る前の記憶を残す3人が、顔を恥じらいに染めて微妙に視線を合わせないのを余所に、昨日までは放置の姿勢だったジョージの突然の方針変更を示したのには理由がある。
実は、ゲーム内サイトにモエ達〈テトラペッツ〉のファンサイトが乱立し始めていたのである。
昨日のクエスト状況を知ったジョージが〈G☆I〉と連絡を取る過程で、偶然、第三者が作成したサイトを発見したのだ。
内容はクエスト自体には関係無く、オープンエリアでの盗撮を主体としたもの。
筋肉質の大男達と共に移動する場面。連中から特殊装備を受け取る場面。そして、クエストから帰還しての、どう観ても“危ない目に合って放心気味”の、まるで“そのような目に合った”かのような場面の画像である。
虚ろな瞳でダラシナい表情の3人が、互いに蹌踉けつつ支え合い歩く姿である。
“ナニ”を想像させようとしての画像かは、容易に解るだろう。
なまじ内容に誤差が少ないのも困ったところであった。
ジョージとしては当然、引率役の連中を締め上げたのだが、〈G☆I〉にしてみても、最後まで引率しようとはしたのである。
しかし当のモエ達が意固地を出して、単独での帰還に拘った。
まあ、あんな状況の元凶である連中から離れたかったという判断なので、それはそれでしょうがない。
だが結果として、現状の〈テトラペッツ〉は『Trillion of Labyrinth』の外道属性な連中の注目対象に急上昇していたのである。
これは、なまじ自己防衛のレベルを上げたのが災いした結果である。
個人個人で密着した情報が得られなくなった為に、少ない情報を共有しようという動きに変化したのだ。
その過程で情報は拡散の傾向を持ち、余計な者の目にも止まる事となる。そして薄い情報はデマと臆測で変容し、興味を持った者に噛み合わない情報の齟齬を与える。
その不確かさが更に興味を与える結果となり、モエ達は妙なブームの的へとなりかかっていたのであった。
「──て事で、取り敢えず、オレが“野営地クエスト”終了までは引率する事にした。反論は認めん」
「というかもうもう、本当にオジサンの家に居候で良くない?」
「確か~にぃ。一応~、勉強の~集まりです~ものねぇ」
「んー……」
たった一回のクエストしかこなしていないモエ達だが、内容の濃さに加えて新人特典の影響で名声的なポイントは充分得ていた。
なので、ジョージ引率の流れでは、野営地自体を得る為のクエストとなる。
クエスト名は『彷徨える魔人』。
剣と魔法のこの世界でも珍しい、異界の理を操る魔法使いを題材にしたキャンペーン型クエストである。
そもそも『キャンペーン型クエスト』とは、短めの内容のクエストを複数連続して解決していく内に、一つの大きな物語となるタイプの物を言う。
要は、連載作品なのだが掲載は1話完結スタイルの話、と思えば良い。
物語の主役は現在を時間の中心として、過去や未来を転々と移動する魔人に翻弄されつつ、何とか魔人の抱えるトラブルを解決していく。というものだ。
タイムパラドックスをネタに仕込まれ、後から“ニヤリ”とさせられる展開はあるが、オンラインであるが故にプレイヤーが時間を遡る展開なども無く、気軽に取り組める内容となる。
ただし、この手のキャンペーン型に有りがちな、色んなエリアへの御使い移動という面倒な手順は存在していた。
最初っからゲーム内容に振り回される経験ばかりしたモエは、既に行動イコール災難という公式が脳に刻まれているのか、クエストの進行自体に消極的である。
なので、引率という名の強制連行に近い行動その物にも消極的であった。
因みに、そんな話を移動中に済ませたので、現在4人が居るのはクエスト最初の導入部エリア、『地下牢獄』となる。
これはプレイヤーの拠点対象となる各都市国家の地下にそれぞれ存在する。造りは様々だが、クエスト発生の条件を満たしたプレイヤーがエリアに入ると、〈8番の檻〉にクエスト発生のアイテムが在るというものだ。
「でもこのクエスト、かなり導入が強引じゃねーの?」
「まあ、それは確かに、だな」
そもそも、普通にゲームプレイしている者が地下牢獄に来る機会など滅多に無い。その導入部こそが、正確にはクエスト発生となるのだが、実はこれが中々、プレイヤーの解釈が難しい代物なのだ。
先ず日用食材を扱う市場の一画に移動。そこに居る“如何にも怪しい”黒ローブ姿の人物とぶつかる。
この後自分のストレージを確認し、所持金が半分になっていたなら、クエスト発生だ。
金をスられた事となり、確認後にその人物を探しても、もう周囲には居ない。で、被害届けを出しに街のガードの詰め所へと移動し、担当者に話せば『そのような人物が地下に捕まえてある』と言われ、面通しをする為に地下牢獄に降りる。という流れなのである。
このクエストが導入された当初、そもそも所持金が半額にされる事自体に気づかない者も多く、クエストと関連した処理と気づかない者が『バグか?!』『不具合か?』等と騒いで炎上しかけた経緯も有ったりした。
現在はサポート処理も施され、クエスト発生と同時に『財布が軽くなった気がする』と強引なメッセージが表示される。
その後に市場の人間から『またスリか。被害届け出した方がいいよ』と促されて、詰め所へ誘導される事となる。
しかしそれにも気づかず、クエスト発生の三日後に漸く気づいたプレイヤーが居た。
それに対して、突然市場の人間が現れて忠告した経緯がある。
場所は極寒の氷原エリアで、クエスト発生の街からは遠く離れた人跡未踏の地である。
そのプレイヤーには中々のホラーな展開だったそうだ。
実はネタとして面白いと、未だに残されている仕様でもあったりする。
それはさて置き。
地下牢獄でモエ達はスられた所持金の回収には成功する。
空っぽの8番の檻の中に、ポツンと金の入った革袋がおかれていたのである。
閉じ込めた筈の人物が居ない事でガードのNPCが慌てているが、それもクエストの流れの内なのでモエ達は気にしない。
そして開けられた檻から回収したサイフを開いてみれば、金貨に混じってコロンと宝石が1つ、転がり出てくる。
その宝石を見た3人の反応は、やや、ズレたものとなる。
モエとミュラは単に綺麗な物を見て喜ぶものだ。
宝石は多角形にカッティングされた、透明感は有るものの深い黒色の物で、中心部まで透かし見る事は出来ない。決して見栄えは良くないのだが、2人はそのカッティングに目を奪われているのである。
その宝石は角錐の底面同士を貼り合わせた双角錐と呼ばれる物の一種で、双五角錐に非常に似ている十面体である。
で、何故“似ている”と称するかというと、普通は一つの面が三角形で作られる多角錐に対して、これは歪な四角形、“凧型”と称される形をした『捻れ双角錐』という形状なのである。
マリアだけは、その形状を示す言葉から連想される物の名を知っていた。
故に、ゲーム内において“どのような機能を有する”かも連想出来て、素直に宝石の綺麗さを喜べず、何より、近寄りがたい気分に襲われたのである。
「お……叔父様。これ~って、もしかしてぇ?」
「ヤッパリ解るか。さすがオレの姪っ子だなあ」
捻れ双角錐。
別名、トラペゾヘドロン。
その名称で黒い結晶体として登場すれば、それはもう有名なオカルトアイテムである。
そう、クトゥルー系では定番となる、関わればろくな事にならない保証付きの代物だったのである。




