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Trillion of Labyrinth 一生懸命癒やします!  作者: 魚介貌
第2話【】
58/69

三匹娘のデコレーションタイム①

 一本の長さは40m、太さは大体直径7m。そんなサイズの大木を素材にした巨大な板木のウッドデッキ。ノエドの街並みは、人の遠近感を狂わせるような木材の集合体として存在する。

 湿地帯である地面からは最低でも15mは高い高床式の“国”である。歪んだ楕円形に広がる都市の直径は、狭くても5km、広い所では7kmという、常識的な物の見方では納得できない様相だ。設定上では現在進行形で拡張が続く事となっており、事実、たまのバージョンアップではポンと外周部に新たな施設が土地付きで追加されたりもした。


 これでいてモデルは“ベニスの街”だと言うのだから、サービス側の感性はブレないおかしさと言われるのも肯ける。


 最初期時代からある冒険者ギルドは、ノエドの中心区画ある。そこから南へ200m程移動すれば、マリアが目的地とするプレイヤー商業区という場所となる。

 プレイヤー商業区はその名のとおり、職人プレイヤーがプレイヤーに対してアイテムを売れるよう解放されたエリアとなる。

 『Trillion of Labyrinth』では基本的に自由経済を認めていない。プレイヤーが得たアイテムを換金するには買い取り専用のNPCを通さねばならないし、その価格はプレイヤー側では変更もできない。あくまでシステム主導の機能なのである。

 多くのMMOではプレイヤー間の取引を推奨する物が主流だが、それに完全に逆行するデザインなのだ。


 だがそれにはちゃんと理由がある。


 ゲーム内の経済が自由化すると、確実に、一部のプレイヤーによる経済支配を誘発するのだ。そういうプレイが好きな者は多い証拠なのだが、物がMMOとなるとその影響は全プレイヤーに拡散する。しかも、ゲーム内経済とは貨幣がドロップという形で“無から沸く”のだ。市場が高騰という流れになれば、その上限が無限にまで跳ね上がり易いのである。

 それは、殆ど収入を持たない新規参入者をスタートで排斥するという結果に繋がり、遠因的にゲーム寿命を終わらせる事にも繋がる。


 故に、『Trilion of Labyrinth』では経済だけはプレイヤーの自由にできない状況としているのである。


 だがそれは逆に、職人を目指すプレイヤーの不満を生む要因ともなる。自分が精魂込めて作ったアイテムが、システムの都合で二束三文でしか売れないとなれば、面白くないのは当然だろう。それは職人を辞めてしまうプレイヤーを誘発する事にもなる。


 だからこの、商業区エリアの登場である。


 プレイヤーはここでしかアイテム販売ができない。そしてアイテムを売る権利は、アイテムを自作でき、店舗の賃貸料を払えるプレイヤーに限られる。加えて販売できるのは自作アイテムのみ。転売は許されていない。

 最後に、価格設定は職人プレイヤーの自由である。


 正に治外法権扱いとした、特別なエリアなのである。


 価格設定が自由化しても、この場所以外の経済は全てシステム管理の範疇である。プレイヤーが平均して所有する金額が大きく変動しない事から、職人側も現実的な価格設定をする流れとなり、良い性能の装備が手頃な価格で売買される場所となっているのだ。


「でも~、やっぱりNPCショップよりは~、高いみたいねぇ~」


「んー、NPCの買い取りは7割くらいで良心的だったけど、ウチ、下手すれば武器くらいっきゃ買えない?」


「真っ裸の前衛……、使えないね」


 マリアの簡単な説明を受けながら歩く3人。

 幸い、モエは自分の女の子の重要な成分を削って得た大金がある。鳥頭以上に馬鹿な親友(ミュラ)への投機は、利益を産むより投棄と変わらない雰囲気プンプンだが、この往来を平気で全裸闊歩する馬鹿に何か着せたい欲求も、また強いモエである。

 ぶっちゃけて、ドラゴニュートのインナーであるマイクロビキニはボディペイントと大差ない。重要な凹凸が丸分かりである。移動を始めてミュラの歩く姿に驚愕したモエが、ドラゴニュートの長い尻尾を無理矢理結わえて“フンドシ”状態で重要部分を隠さなければ、周りが恐ろしい事となっていただろう。


「だからねぇ~、ちょ~とズルする事~にしたのねぇ」


 マリアがそう言って立ち止まった先には、1人の職人プレイヤーの店舗があった。

 いや、店舗というよりは“屋台”だろう。未だ現実の世界でも活躍するリヤカータイプの荷台に組まれた木製の陳列棚。棚の上部には、キャンプなどで車に設置する巻き取り式の帆布屋根があって展開された屋台の隣が、地面に直に敷布を引いた店の日差し除けとなっている。

 敷布の上にはリヤカーに乗せていた棚の一部が下ろされて見本棚に。また敷布に直に置かれた片手武器らしい物もある。同じ敷布の奥には店主らしき職人が、麦わら帽子を目深に被って座っていた。


 特別貧相という印象は無い。同じように敷布だけを広げて店にしている職人も居るし、据え置きの小屋っぽくしている職人も居る。


 ただ、この商業区エリアの場合、何となくデザインが“浅草寺の境内”という印象なのである。狭いながらも小屋の率が多く、であるから、そこに屋台が並ぶのは妙な違和感を醸す雰囲気なのだろう。

 そう、モエは解釈した。


「えーとえと、『ジョージ武具店』? ……え? 武具店?」


 リヤカーの横に書かれる店名に驚愕したモエである。

 何故ならば、よく見れば商品として並んでいるのは何かしらの液体が入った小瓶やスパイス類の小瓶。他には鍋とかフライパンとか、フライ返しにオタマといった片手武器と勘違いした調理器具ばかりなのだ。つい印象からは日用雑貨の店と思っていたのである。

 ついでに、装備と言いつつマリアが間違った店に案内したとも思っていた。この親友は自信満々に歩いて道に迷う系の免許皆伝保持者なのだから。


「今晩~わぁ~。ジョージおじ様ぁ、マリ~が来ましたよ~ぅ」


 だがモエの予想は外れたようで、平然と店名にもなっている人物の名を呼んだ。

 麦わら帽子の店主の前で、しゃがんで視線を合わせる恰好でマリアが挨拶をする。“マリー”と愛称を述べたのは外見では判別できないだろうとのものと思える。


 だが超ミニの恰好でしゃがむなど、かなり危険なポーズですよ。と内心焦るモエ。


 事実そのとおりだったのか、俯き座る店主のジョージは、僅かに顔を上げてマリーを見ると、すぐ目を伏せてマリアの状態を見ないようにしてから、老人らしき“嗄れた声”で『おやマリーちゃんかい』と低く響く声で応える。


 モエの印象では実に渋いお爺さんである。皺は多いが太い眉と細い糸目は生来のバランスであろうし、骨太の体格なのかあまり衰えている雰囲気も無い。甚平姿のあちこちから見える身体もバランス良く筋肉が付いてるし、帽子との隙間、耳元の揉み上げの白髪量だと禿げているようにも思えない。

 そこまで分析して、ふと、このお爺さんは“何処かで観た事がある”と思えた。


「……あららぁ~、何時から~ジョージおじ様ぁは~“文○”様に~?」


 マリアの言葉でモエも思い出した。古いムービーやテレビで“懐かし”系の番組が流れれば必ず紹介される名俳優“○太様”である。


「ふっふっふっ、わしゃあ、世を忍ぶ仮の姿じゃけい……」


 静かに、しかし少女等の下腹に響く渋い声で答える“ジョージ(仮)”は、親指を立ててリヤカーの方を“くい”と指し示す。

 モエ達が其方を、正確にはリヤカーに置かれた棚の背後を見るように伺うと、そこには棚裏の隠し扉が開かれて人1人の全身が楽に写せる“姿見”が現れていた。


「本当の店はそっちじゃ、おめい等、“潜って”行くがいい……」


「はぁ~い~」


 素直なのかアホなのか、マリアの行動に躊躇は無い。

 リヤカーの荷台に乗るとそのまま巨大な鏡へと進み、頭突きをかます勢いのまま、“するん”と鏡面に潜る形で姿見の中へと消えて行った。モエは『ゲームだもんね』と納得し、ミュラは純粋に驚きつつ、マリアに続いて姿見を潜る。

 一瞬の、エリアを転移するような感触の後には、やたらと広い、二階くらいの高さまでは吹き抜け状態となる部屋の中へとモエは移動していた。


「……倉庫?」


 第一印象は、ドラマで観る犯罪者が集まって裏取引をするような港の倉庫である。だが同時に、モエの感性では“図書館”とも思ってしまった。その理由は、高い天井まで接する程の巨大な棚が、何列も整然と並んで部屋を埋めているからだ。ただ棚の中には本では無い。形も用途も統一性の無い様々な武具が置かれていた。現実にも有りそうなデザインの全身鎧が部位に別れて置かれていたり、人間サイズの巨大な光る剣であったり、置かれる区別も無く無造作にあるようにも見えるが、隙間無くビッシリと棚に収まる様子だと、何か法則性があるようにも感じられる。


 異様な様相の店内ではあるが、なる程、これは確かに“武具店”だ。とモエはすっかり感心してしまっていた。


「おう、マリーとその友達供か。随分時間がかかったみてーだなあ」


 先程の渋い印象とは真逆とも言える、異様にガラの悪そうな言葉とともに本当の店主であるジョージが、棚の奥から表れた。


 その外見を一言で言えば、“見てはいけない類の人”。である。

 痩身で背は180cmを越えている。背の高い人間が癖にするような、やや猫背気味の姿勢は視線が合えば“即殺し合い”という生活習慣の人種を連想させる。

 その連想をさせる別の要因は、やはりその面相だろう。不健康に痩けた頬。4日は徹夜ですとか、今元気になる系の投薬中ですとか、とにかく人殺しが楽しいと主張するような隈ができた、やぶにらみの三白眼。

 そしてモエを観て“獲物だヒャッハー”とでも考えているように思える“ニヤケ顔”。

 短髪にカットされた黒髪だけはプラス要因だが、その髪もセットから程遠い乱髪状態では結果マイナス。


 モエが本能的に後退りしたのも、当然の反応であろう。


「あ~、ジョージおじ様ぁ。やっぱり~そのお姿の方~が似合いますねぇ~」


「「うえ!?」」


 奇しくも、ミュラがモエと同じ感想をもっていた事が分かる。


 まあ、知る人は知る古参職人プレイヤーのジョージである。本日の衣装は赤のチェックのシャツに普通の青Gパン。靴は何故か膝丈の暗緑色なアーミーブーツである。

 日本人にはミリタリー被れの“秋葉系オタク”と認識されそうな風体であるが──


「あらあら~、何かロズウェル~辺りのお土産やさん~っぽいわ♪」


「だろう。このブームに悪ノリした挙げ句大量の売れ残りグッズに囲まれる生活っぽい店にゃ、これが案外似合うんだよなあ」


 ──未確認な物体を想像で補完しただけの怪しい物。そんな胡散臭い土産物を売るだけで何十年と億単位の年商稼ぐ、ある意味フロンティアな国の象徴をこき下ろす2人。


 そして何より。 

 モエが感動した店内を、店主自ら激しく貶めるという荒技引っさげての登場……であった。





「──でねぇ。何か~このゲ~ムは、女の子だけで遊ぶのはちょ~っと危険って話だから~、保護者役をお願い~したのねぇ」


 少女等と店主は店の上階、実質は三階相当の居住スペースに移動して情報の共有をしていた。


 パーティーションで八畳間程に区切ったリビングスペース。ミドルサイズのローテーブルを囲むように配置された三人掛けのソファが三脚置かれ、うち一脚にジョージ。もう一脚にはモエ達が三人並んで座り、残りのソファは空けられている。

 配られた飲み物はジョージのストレージから出された物で、好み優先なので統一性は無い。

 内訳はモエが『緑の炭酸』。ミュラが『黒い炭酸』。マリアは『ミルクティー』でジョージが『エスプレッソ』である。テーブルには少女等の好みと思ったのか、派手目のデコレーションで彩られた〈ケーキポップ〉が置かれている。

 ケーキポップとは、要は“棒付きキャンディー(ロリポップ)”の飴がケーキ素材となっている物だ。一口で色々な見た目と味が楽しめるので日本以外では程良くメジャーな菓子である。


 日本にある物を強引に当てはめるならば、〈きな粉棒〉などが近いかもしれない。


 さて、そうして寛ぐ雰囲気で共有された情報と言えば。

 マリアとジョージは現実においての親戚筋である事。

 マリアが『Trillion of Labyrinth』を始めるのを、ジョージが両親伝いに聞いた事で現状は諸注意が必要だと連絡して来たという事、だ。

 装備云々は、その注意をする上での“ついで”である。


「今は“未だ”そんなに危険とも言えねーんだが、近く厄介な裏アプデが導入されるんだわ。その対策無しに動いたら、お子ちゃま連中にゃ少々キツい社会勉強になりそうなんだよなあ」


 プレイヤー間のトラブルは、ほぼ100%自己責任で自己解決が基本である。ジョージの気質では『馬鹿は馬鹿なりの経験をして生きろ』なので、裏アプデに対するプレイヤーへのボランティア救済などする気も無い。

 が、その対象が身内となれば話は別だ。


 一部の戦闘系プレイヤーと職人プレイヤーには、既に裏アプデの内容や対策方法も伝わっており、ジョージはマリア達にそれを施そうと、プレイ初日に来るよう言っておいたというわけである。


 内容は分からずとも、降りかかる危険が減るならモエにも断る理由は無い。見た目はラリったチンピラでも、マリアの親戚ならば……まあ……信用できる範疇だ。と納得もできる。


 そして『ならば早速』と。

 少女等3人は新しい装備に期待して、跳ねる勢いで立ち上がるのであった。




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