三匹娘、再会する
「ぶわぁひゃっひゃっ、はゃあはははは!!」
自然要害都市国家ノエド。広大でなだらかな、丘陵はあるが全体的には平野地帯にあるプレイヤー拠点の1つである。
土地には天然の大河や湖畔小川の類が網目のように広がっており、一面底無し沼のような湿地帯環境となっている。その上に数多の櫓が組まれ、木組みの巨大なジャングルジムのように建つ形で1つの街を構成する、かなり変わった様相の国だ。
季節の変化によって湿地帯は完全に水没すらする設定となっており、その見た目から自然要害と名付けられたのである。
更には、そんな大湿地帯の上にある安全に移動できる流通ルートとしての物流の中継点という面も見せる貿易都市であり、多くのプレイヤーがホームに設定するメジャーな都市でもあった。
その街の一角。
冒険者ギルドに隣接する形で造られた白塗り壁の清楚な雰囲気を醸し出す、暗に利用は女性プレイヤー限定扱いのカフェ〈白蓮亭〉にて3人(?)の少女が再会を果たしていた。
かなり豪快に爆笑しているのは3人の中でも大柄となる〈ドラゴニュート〉系種族の少女だ。ドラゴニュートとは竜と人間的な種族のプレナのハーフという設定の種族で、かなり初期にプレイヤーによってリザードマンから派生させて創られた新種族である。属性魔力を高く内包するので、素手の物理戦闘でも属性魔法を乗せた効果で発揮できる。反面、純粋のリザードマン系よりは防御力が弱い上に、自分の得意な魔法属性と対抗する属性が弱点となったりする。
少女の場合、全体的に緑がかった肌や、柔らかい質の体毛。頭部から伸びる2本の枝状の角から“龍種”と判別できる。龍種は水系統の属性魔法に強いスタイルで、上位になる火系統には強く、下位となる土系統には弱い属性効果を持つ事となる。
「それでっ、早速モエカは本番前に死にそうなってんだっ! 相変わらず不幸体質だー!」
この口調から分かるように、ドラゴニュート少女の中身は睦月未来。萌香の親友その1、である。
アバターネームは〈ミュラ〉。ジョブは約束通りの〈蹴撃士〉である。未来本人よりやや大きめの身体になっており、身長は168cm。体型は本人をそのまま模している。なにせほぼ全裸だ。見た目で分かり過ぎる程に分かる。
爬虫類系の種族特性は他種族よりも肌の強度があるという設定で、所持金の少ない初期はインナーのみというプレイヤーも多い。ミュラも同様の判断だったのか、何故かチュートリアルが終われば所持している筈の防具一式を身に着けず、マイクロビキニ同然のインナーのみという姿だったのだ。
因みに、龍種の尻尾はリザードマン系の太く短いものとは違って細く長い。ミュラはそれを腰に巻きつけてベルトのように見せていた。
「うううう~~……」
「チュ~トリアルのチュ~トリアルを~、しておけば良かった~のねぇ、クスクスクス」
店の外観に合わせた白い円テーブルに突っ伏して唸るモエと、ミュラ程ではないがノンビリ口調で鳩尾を抱え、“片腹痛いわ”と悶えるモコモコ少女。中身は当然、親友その2の真壁マリアンヌである。
彼女の選んだ種族は羊系の獣人〈パングラス〉という。この種族も過去にプレイヤーの誰かが創造した新種族の一つで、魔力に長ける伝承の妖精族“パーン”にちなんだ物という設定だ。
羊でモコモコといっても、それは髪の量や四肢の一部にアクセント状にあるのみで、肢体的には素肌丸出しの人間体である。羊系らしく巻き角もあるのだが、まるで髪飾りのようなサイズなのでパッと見は小柄な少女……、いやケシカラン付属物を増量しまくった少女にしか見えない。
真壁さんちのマリーさんは、欧州系人種のフェロモン成分が120%顕現化した、萌香的解釈では男を惑わす凶悪な魔女の系譜である。背はモエと大差無いくせに胸と腰の張りっぷりは異常の一言なのである。アバターとして構成された身体も忠実に再現されており、クスクスと笑うのに合わせてプルプルプルプルと微振動する2つの柔肉が、実に、凶悪である。
因みにマリーのアバターネームは〈マリア〉。ジョブは〈妖精使い〉である。チュートリアルで既に使役妖精を得たのか、マリアの左肩の上には“二葉を生やした球根”的な物がチョコンと乗っていた。
モエとはジョブが違うので分からないが、マリアの着ている装備はパステルピンクでフリル多めのワンピース水着というか、または身体のラインにフィットする股下ギリギリの超ミニスカートワンピースのように見える。しかも生地の薄さは透けそうな程で、下手に濡れたら今でさえ凹凸を主張している胸の先端がヤバい事になるのは確実、である。
下乳全開の専用装備着用のモエが言えた事ではないが、妙に露出に偏った衣装で揃う事となった3人であった。
「でね~、萌香……じゃ~なかった。モエは~、最後にど~んな戦闘したの? ワタクシは~最初から最後まで“ツイスタ~”っぽいアクションパズルで~終わったからぁ。知りたいの~」
「ウチもウチもっ! 戦闘はあったけどっ、同族皆殺し無双みてーな感じで魔物は相手しなかったからさっ! 知りたい知りたい!」
「そっちはそっちで殺伐してるね!! いや、私はほら回復ジョブだからね。前衛の冒険者さんを必死に回復する魔法飛ばしてただけだからね。まあ、少しは私自身も殴られたりしたけど。多分未来ぃぃじゃなかった、ミュラの方が戦い方は凄いんじゃない……かなー?」
「そうなのかーっ?」
実のところ、モエがチュートリアルを終了して、ここまで憔悴しているのは戦闘内容が余りにも過酷だったせいである。過酷だったお陰で、初期キャラとしては破格の性能を得てもいる。だがその性能の経緯は到底下手な誤魔化しで通せるものでは無く、故に親友にも語れない内容となっていた。
『墓の中まで持って逝く!』
それほど、モエの中では人生をかける程の戦闘だったのである。
で、その超極秘扱いの戦闘内容はというと……。
「守護騎士! ボクと前線構築。後ろには絶対向かわせるな! 遊撃戦士! 後衛とは別方面からの遠隔攻撃。アンデッドに急所は無い、“火”か“聖”の属性付与で可能な限り関節集中! 後衛は全員、盾の後ろへ。見習い達はHPと状態異常の回復に専念。賢者は魔物の鑑定と殲滅を任せる! 以上、散開!!」
現れたアンデッドの魔物、〈ワンダラー〉の歩みが遅いと見破ったファストが、間合いを図りながら可能な限り詳しい配置取りを取らせる。本当の所は冒険者達には説明は要らない。あくまで、長期戦闘には素人のモエに対する説明である。
パーティーの被ダメージを請け負って壁となる“盾役”。その盾役に絶えず魔物のターゲットが固定するよう、魔物の注目度調整をしながらダメージを与える“攻撃役”。攻撃役と同様にヘイト管理を確認しつつ味方の強化や回復に専念する“補助役”。この三役をバランス良くこなしていくのが、多くのMMOで使われるパーティー戦闘での基本となる。『Trillion of Labyrinth』でもそれは変わらない。
ただ、ゲーム独特の個性というか、既に形骸化したというか、『Trillion of Labyrinth』の場合、ジョブによる役割を分けてはいるものの、習得するスキル構成によっては戦闘時の役割とジョブの個性が一致しないのが殆どとなっているのが、やや悩ましいところである。
それでもこの戦闘がチュートリアルであるせいか、冒険者達は基本的な戦術を保持して戦っている。モエも同僚の修道女NPCが毒などの状態異常に合わせて放つ魔法のタイミングを学び、徐々に魔法詠唱に慣れていった。
モエ自身は忘れていたMPを回復するポーションの使用なども、お手本のお陰で効率良く使えている。
冒険者達の戦闘内容も危なげなく、この分なら、モエのリソースは空になるがギリギリ魔物を倒せて平和に戦闘を終われる。惜しいと言えば、この戦闘で新しいスキルや魔法をを習得できなかった事だろう。基本に忠実な動きをするのが精神的に精一杯だったので、何か変わった行動を取る事はモエにはできなかったのである。
そして、魔物のHPが完全に削りきられ、同時にオーガの干からびた身体が砂となって崩れていった。
『やっと、終わった!』
そうモエは心の内で叫ぶ。
だが、実はまだ終わってはいなかった。
ここで一つのお約束の確認だ。現在日本のゲーム戦闘とは、雑魚ならば瞬殺。それより強ければ5分程度。中ボス扱いならば……、たまに“連戦”となる。
その流れに根拠らしい根拠は無い。単にパターンだから、と言っても語弊は無いだろう。
故にまだ、戦闘は終わっていなかったのである。
更に、戦闘行動に集中していたモエは聞き飛ばしていたのだが、魔物を鑑定したシルベスタから〈ワンダラー〉の概要は一通り語られていたりする。
内容はこうだ。
『彷徨える者』という名を冠された魔物はアンデッドである。だが、ワンダラーの外見が肉を持つタイプのアンデッドと思うのは、間違いである。
ワンダラーの本体は半実体の幽体であり、一定空間内の死体に憑依する事で、その一定空間内を徘徊活動するという魔物なのである。ワンダラーという名前には“自縛霊”という意味も含む魔物なのだ。
オーガの死体を破壊され、分離したワンダラーは手近な死体へと再憑依。それは遥か太古に死滅した今は名も知られない巨大昆虫、全高2m近いサイズのカマキリに近い魔物の“殻”だった。
しかも憑依場所はモエの背後の岩塩成分の地面の下。“バキバキ”と結晶化した地面が割れて、音に慌てたモエが振り向いた時には、既に大きく上に振りかぶられた化石状の大鎌が勢い良く振り下ろされる時であった。
VRの再現性能。モエが自分で弄ったステータス調整。それらが合わさり、機能した結果。モエは自分が縦に真っ二つにされた感触を味わった。頭の天辺から股間まで、正中線に沿って綺麗な赤い線が走り、僅かなタイムラグで擬似的な大流血がぶちまけられる。
これが神術師以外のジョブならば、身体は左右に分かれて完全死亡。ホームに設定された場所で復活蘇生という流れになったろう。
だが、モエは神術師である。
〈献身〉スキルが発動したモエは両断された血の痕跡のまま両断されずに、その場で“死亡していない”状態で立っている。残HPは僅か3。身体と一緒に両断された四肢以外の防具は全て破壊扱いとなり、インナーも含めて周囲に散るエフェクト途中で光となって消えた。
更に、足下の血溜まりに派手な“バシャシャー!”という水音が鳴り響く。音の元はモエの股間。瞳孔が開き光の消えた瞳のモエが、ガグガクと震え無意識に自らの身体を掻き抱いたかと思うと、立ったまま失禁したのである。
これが死を疑似体験した恐怖ならば、モエにはまだ救いがあったろう。
何故なら、今のモエの反応は恐怖がきっかけでは無いのだから。原因はやはりモエのスキルの一つである。〈感覚変換(痛覚→性感)〉。全身を壊されて死ぬ程の痛覚である。変換され性感と化した感覚は、モエの短い生涯では経験した事もないレベルの強烈な快感として全身を駆け抜けた。
つまり、一瞬で脳を焼かれる程、一気に“イった”証としての“お漏らし”だったのである。
「ひぃあっ……っ、あっ! ーーーーっ!」
遅れて勝手に喉から迸る嬌声。そして愉悦の笑みを浮かべて反り返るように爪先立ってしまう身体。だが自らの声で脳を揺さぶられ、一瞬の快感に狂った自我が正気の範疇に帰り、自分がとった有り様をモエの意識が認める数秒の硬直。
その後は、本気の怒りに燃えた人間の超思考である。
異常にクリアーとなったモエの意識は、この場で最適な“敵”の殲滅方法を一瞬で検索。実行した。
アバターの表示処理が追いつかない速度で指が走り、ステータスウィンドウが展開され、アンデッドに対するモエの最大であり最適である選択が成される。
神術師のジョブ必殺技〈神さま助けて!〉。
ほんの数瞬、この場に神を顕現化し、“敵”を殲滅する神術師の神業である。
坑道の天井部に巨大な魔法陣が広がり、満天の星で飾られた夜空が広がる。真上の虚空より、実に神々しい光を放ちながら何か細長い物が飛来し、それは、やがて巨大な、天より振り下ろされる拳だと分かるようになる。
御丁寧にトゲが配された金色の“ナックルダスター”を嵌め、甲に憤怒の証の血管を浮かせた神の拳は、虚空から魔法陣を潜り抜けてワンダラーを直撃。化石化した死体諸共、幽体をも浄化消滅、ついでに小さなクレーターを創ってから“ピカリ”と弾けて消えた。
後に残るは、自分の血と小水で作った赤い水たまりにへたり込み、両手で顔を覆って『もうヤダヤダー!』と幼児退行して泣く真っ裸のモエを囲む、フリーズしたように呆然と立つ仲間のNPC達だけなのであった。
この時点でモエは、幾つかレベルを上げてアバターに新スキルを習得。
名は〈エクストラ・ハイテンション〉。アバターのメンタルが精神高揚状態になる事で自動発動し、その間、ジョブカテゴリーに含むレベルがある魔法とスキル全てに、レベルを500、加算するというものだ。
つまり、モエの場合は“キュンキュン悶えれば最強無敵”という事となる。
ゲーム的には実に有効性のある、寧ろ有益以外何もないチートスキルと言ってもいい。
その状況で、最初と同様に派手に漏らす必要があるかは、要検証であろう。
最もモエに検証をする勇気……というより諦観は期待できないだろうが……。
この後の処理は、モエ以外がNPCだったのが不幸中の幸いである。余りに哀れな惨状のモエを慰めて逆に傷を抉る事も無く、機械的な無関心に近い対応で、ヒスるモエがまともな行動に復帰するまで放置し、復帰に合わせてチュートリアルを終了させたのだから。
後は教会に帰ってエンディングのような会話が続いたのだが、正直、自己嫌悪で別の意味で悶え続けたモエの意識には届いていない内容である。
最後に初期スタートする街の選択肢が表示されたものの、モエが悶々としてブツブツと怪しい心の逃避を十数分続け終えるまで放置状態とされる。その後、ようやく状況に気づき、予め決めていた待ち合わせ場所の街の名を選び、エグエグと半泣き状態でノエドに降り立つ、精神的に満身創痍の……モエだったのだ。
そして無事待ち合わせも済ませ、冒頭の親友の大爆笑に繋がるわけだが、できたてホヤホヤの黒歴史による見えない傷痕は、全く塞がる様子も無くやっぱり見えない大流血を放出中である。
最難関レベルのチュートリアルを終えたボーナス報酬か、今着ている装備はラベンダー色で上質の生地が使われた高品質物だったりもするのだが、今のモエには気づく余裕も無かったりする。
「んでもさあっ、1時間遅刻した上で会うなり『帰る帰るっ、ログアウトするー!』なんて爆笑もんの絶叫だもんなあ。やっぱり気になるよなー」
「忘れろ忘れろー! いいっ、未来は今、夢観てるだけなのよ! 今の私は未来の夢なのっ、あんな事は無いのが現実なのよーぉぉぉ!」
「あらら~。何か~、非常~に興味深い~感じなのねぇ」
暫くは“言え、言わない”のじゃれあいが続く。
仮想の加速された時間を最大限実に利用した3人は、それを姦しく1時間以上続けてからようやく、次の予定にと行動を移していった。
「じゃ~、みんな付いて来て~ね~」
「んと、マリアマリア、何処に行くの?」
此処で待ち合わせまでは現実の世界で決めた事。しかし、この後の予定は全くの未定である。
「ミュラにはもう~話してあるの~。ワタクシ達の~装備を買いに~行くの~ね」
それでようやく、ミュラが恥ずかしい恰好だった理由が分かるモエだった。




