彼女の陥落3h④
「これはあれか。クイズとかで『最終問題は10000点です』っていう“お約束”カ?」
ドウテツの死骸を含め、三階全体に広がる全ての結晶体が爆発四散していく。
それらは全部が『鬼の赤心玉』に変じた上で、『唐揚げ定食』全員のストレージへと格納されていくのだ。
同一名アイテムが一枠でまとめられる上限数『99個』を軽く超え、全員のストレージの平均7枠を埋めきっての大放出だ。トキヤが今まで1つ2つの違いに躍起になっていたのが哀れとしか言いようのない状況である。
「追い討ちしたかったでゴザルが、少々、いや、哀れ過ぎて断念でゴザルよ」
起き上がった状態で現状に気づいたトキヤは、そのまま今度は『orz』の恰好で絶望中だ。トキヤのストレージに格納された『鬼の赤心玉』の影響か、もう外見はすっかり人間形態に戻ってしまっている。ややボリュームが縮んだせいか、下からしがみつく形になったウスネとはいい感じのバランスになり、完全にイワオには見せられない体位になっていた。
そのイワオにしても身を起こしてはいたものの、立ち直していた余裕は無く、床に胡座をかいて気まずい表情のままだ。
やや天を仰ぐ恰好なので、爆散しミゾレのように降ってくる『鬼の赤心玉』を観ているようにも一見、見れる。……のだが、その実、脚の間に収まって丸まるマヤヤを、周囲からは見えないよう動かしている片腕で、ナニやらモ~ジモ~ジさせているの看破すれば、『ナニやっとんじゃい』と怒鳴られる状況だったりるする。
到底トキヤを責められる姿では無いのであった。
『(あーあ、とうとう火がついちゃったねぇ~)』
戦闘状況が終了した証か、再びマヤヤから生えていたエヴァラの使い魔越しに突っ込みが囁かれる。
「(こうも焚き付けられ続けりゃあ、さすがに無理だ)」
実にシミジミとした口調で嘆くイワオであるが、既に完全に遠慮無しの指捌き中である。戦闘も終了し、実はもう女性プレイヤー対象のエリア攻撃も止んでいるのだが、哀れマヤヤの鳴き声は止まる様子が無い。イワオは、そのマヤヤの顔を自分の身体に押さえつける事で、微かに洩れる呻きにしているのだ。
『(ていうかぁ、何かマヤヤちゃん、随分と“女の子らしい”反応してるわね)』
「(理由はあんまり分からんけどな、急に恥じらいだして可愛くなった)」
大声を出したくないのはマヤヤも同じようで、イワオの鎧の革ベルトに噛みつく事で堪えている。珍しく眉を苦悶の形にしかめ、目尻からはポロポロと涙が溢れていているのだが、時たま痙攣するように震える様子にエヴァラは同情と同時に感嘆を覚えていた。
『(……凄いねぇ岩騎君。さすが“夜の地引き網”?)』
「(うわ、止めてくれ。その呼び方)」
過去の異名を掘り出され、本気で慌てるイワオである。
『(じゃあ“誘蛾灯”の方がいいかね?)』
「(ぐおお、またも禁句を。なら俺も言うぞ。“叔母さん”)」
『(ぐはあぁぁ!)』
身内同士の馬鹿なかけあいでようやく解放されたマヤヤが、何故か逃げもせずにイタズラをしていたイワオの腕を掴み持つ。意外な怪力で強引に腕を取られたイワオが唖然とすると、間髪入れないタイミングでイワオを“中指”を──
「あぐっ!」
と、噛んだマヤヤであった。
『「…………」』
良くわからない反撃に言葉を失うオバサンとオッサンである。
が、イワオの場合、指一本がフランクフルトソーセージ並みのサイズなので、その絵面は唖然というより、やや淫靡気味に妖しいイメージが強くなる。特にオバサンの方は完璧にそっち系に補正して見ているのが分かり過ぎるほど分かる反応であった。
「えーと……?」
「うぅぅ……むぐぅ!」
『いいわコレェ! かいぐり倒した子猫がキレて、とにかく全力で噛みついて怒ってんだけどまるで痛くもなくて逆に愛らしさ爆発! な感じが全身から醸されてイイワァ!』
とことんダメな大人の感想をキメるエヴァラであった。
だがその感想は正鵠を射てもいて、要は、実に初めて、マヤヤがイワオに怒っているの図。なのである。
まあ、あれだけ好いように弄ばれれば、怒らない方がオカシイのであるが。
『マヤヤちゃぁん、指って先端の方がより神経通ってて痛み感じるのよう。だから噛むなら“先っちょ”でっ、ね!』
「そこは律義に噛み直すな。罠だ罠!」
エヴァラの戯れ言に踊らされかけたマヤヤだが、当のイワオの訂正で元に戻る。
『……ナニこの砂糖吐きそうな絵面。てか岩騎、懐かせ過ぎじゃん』
それに被されるイワオの反論は、その冒頭さえ発する機会は得られなかった。
「うわっ、ががっ何だ?!」
トキヤの悲鳴と驚愕の言葉。全員が視線を向ければ膝立ちのトキヤが赤光に包まれている。すると破壊不可能のアイテムを含め、いっさいの装備が突如解除された状態となり、ウスネが弾かれる形でトキヤから離れる。
そのまま、トキヤの身体が一瞬二重へとブレ、今度は裸身のトキヤがウスネ同様にその場から弾かれる。
「なっ、トキヤが二人?」
『わちゃあ、何かまたエリアが戦闘状況になったようだねえ……』
エヴァラの使い魔の姿がぼやける。パーティーに組み込まれていない、しかもモンスター扱いの対象なので強制退場されかけているのである。
『第2ラウンド開始だね。ガンバレ~』
そう言って、使い魔はマヤヤの中へと消え、“もう一人”のトキヤの準備も整ったように『カ……ハァ……』と大きな息を一吐きし終えていた。
『ふん……下僕の浅慮で散々人族の我欲を押し付けられて辟易していたが、結果、地縛を解き放ってくれた事には感謝かのう……。矮小なれど“鋳型”を用意したお前にも、感謝じゃな』
呪われたばかりの頃のトキヤのように、しかしトキヤ本人には浮かべる事のできない傲岸不遜な表情を鬼の面相に貼り付けたトキヤが、人に戻ったトキヤに礼を言う。
『“腕一本”分から“生き直し”か。まあ、それも鬼の生涯と見れば面白いもんじゃろう。と、そうじゃそうじゃ、お主等、我と今一度遊んでもらおう。なに余興じゃ。殺しはせん。我、艶鬼王ドウテツ改め、“色王トキヤ”の転生の祝いにの──』
「どありゃあああ! 死にさらせえーぇぇぇ!!」
さて、解説しよう。
ボス戦というものは、大概が何回かの連戦である。明確な決まり事というわけではないが、これも半世紀を越す日本のゲーム史においての“お約束”と言っていい。
今回の場合、元々の死体に地縛されていたドウテツの幽体は、死体を完全に滅ぼす事で分離、解放する条件付けがなされていた。これにより最初の戦闘は基本終了状態となり、肉体を破壊しようのない、幽体頭部の消滅をもって完了されたのである。
次いで残る肉体、ドウテツの左腕を素材として造られた装備である『鬼魂の鎧(色式)』は、本来の機能である艶鬼王の転生を開始する。爆散して後トキヤのストレージに格納される『鬼の赤心玉』へと修羅の波動系統のスキルを移動。同アイテム間でスキルの転写増殖を行い、アイテム枠一つ分の修羅の波動を力の源として、鬼魂の鎧を核にオーガとしての身体を再生。また、霧散しかけたドウテツの意識を取り込み見事転生体として復活したのである。
因みに、最初のドウテツや三体の中ボスは、トキヤが鎧を作るためのクエストを受けた時点でのレベルを元に強さの設定が成されている。当時のトキヤのレベルは『48』であり現在の半分近くも低いレベルを基準とする強さの設定だったのである。
戦闘内容の激しさの割りにあっさりと終了したのは、その難易度バランスのお陰であった。
一方、今回誕生(?)したボスモンスターは、その基礎情報は現在のトキヤのレベル89を基礎としている。勿論、守護騎士のジョブ能力もコピーされており、さらにトキヤ好みの万能型寄りの構成ビルドのお陰で純粋に“強い”と言える能力を有していた。
まさに、第2戦目というシチュエーションには最適……、いや過剰な相手と言っていい。
……のであるが。
「ぬあーにが“色王”だ。ふざけんな運営! 顔は同じだし個人名まで使い回しやがって、身バレ確実じゃねーかチーイィクショウー!!」
『おおおおっ、さすが我の鋳型というべきか? 艶王のスキルも残りカスだろうにっ……、というかまだイベントモードで戦闘不可状態だろう? 検証不足か? クラックか?』
少年の純真をイロイロと抉り続けたイベントの影響である。キレた少年の何かにVR機能が反応したのか、ゲーム仕様を逸脱するような現象付きで、戦闘開始となったのである。
「なんかなー。こりゃもう、すっかり“中の人”付きって事だなあ」
「むう、中の人って、何ですか?」
「ああ、極一部のモンスターは俺達みたいに人間が操作してるんだ。普通はそうは分からないようにすんだけどな。トキヤのお陰で早々に分かった」
「いや、イワオ。何普通に理解してんのカナ? ていうか、なんでマヤヤはイワオに噛みついてんダ?」
「というか、何時までトキヤを全裸無双で放置でゴザル?」
キレたトキヤは辛うじて剣と盾を装備したものの、その他は実に見苦しいほどの真っ裸を披露しての攻撃無双中である。あまりの連撃展開に色王も防御一辺倒の状況だが、結果から言えば効果的なダメージは入れられてはいない。
艶鬼王モードの終了で正気に戻ったウスネが、トキヤに全力のサポートを入れての拮抗状態なので、何時立場が逆転するかも分からない状況だったりするのだ。
「あー、なんか気が抜ける展開だけど、結構ギリなんだなあ。んじゃ、今度は対人戦での定番モードで仕切り直すぞ。俺がトキヤ抑えて一時的に盾代わるから、あの二人はちゃんと装備させてから戦線復帰させろ。以降はアドリブだな。一応メインアタッカーはテンマル。サブはカッツェ。マヤヤ、まだ再装備もできんから無理はしない範囲でサポートな。回復はポーション主体の自己管理でやるから防御強化だけ、こまめに配ってくれ」
「「了解」」
イワオの観察では、あの拮抗状態の成立は色王を管理しているのが人間だから。という推測が成り立っている。これがNPC用のAIならば、モンスター的なロジックで放たれる特殊スキルが何度か出されていてもおかしくない“間”があったからだ。
加えて──
「あちらさん、俺達が参加するまで手加減してくれてるのが見え見えなんだよなあ。だからまあ、こっちもそこは利用させてもらう」
『唐揚げ定食』は古参や廃人揃いなので、一度や二度の戦闘でリソース切れを起こすような貧相なアイテム環境とは無縁である。ただ、ストレージ内の配置によっては展開に多少の非効率を生む事もある。その再配置や、まだその域に達していないマヤヤへアイテムの一部を分け与えたりもする。使い方の諸注意を簡単に説明し、最後に最重要の注意を上げる。
「いいか。相手は人間だ。だからヘイト管理は無視していい。つうか多分、マヤヤとウスネを集中して殺しにくるからな。カッツェはそのカバーを忘れないようにな」
「了解だゼー」
「で、マヤヤ。絶えず狙われるのは承知で、渡したアイテムを可能な限り使い続けろ。あの敵は、言わば今回のセクハラクエストの元凶だ。向こうはお遊びプレイのようだが、こっちはマジに殺りに行くぞ」
「ええーと。ハイ。……あのイワオさん、何か凄く怖いです。さっき噛んだのゴメンナサイ」
リーダープレイを再開したイワオは、徐々にマヤヤも分かるほどに機嫌が悪くなっている。それをマヤヤは、自分が癇癪を起こしたせいかと思っていた。
「ん? いや、マヤヤのせいじゃ無いから気にするな。つうか、コレが完全にプログラム任せの内容なら、こんな気分にはならなかったんだがなあ。なんかこう、モロに悪意を自覚したんで、つい、な」
「悪意?」
いまいちピンと来ないマヤヤである。
(ま、マヤヤが分かるのは、もうちょい後だろうなあ)
そう内心に言葉を飲み込み、『唐揚げ定食』全力の第2ラウンドの開始を告げる、イワオだった。
どうにも7月いっぱいは時間の余裕が生めそうも無さげ……
ひぎぃ




