彼女の陥落3h③
ドウテツの怒涛の連撃に耐えきれず、数メートルを派手に弾き飛ばされたイワオ。
……のように見えて、実は色気を出し始めたマヤヤに見惚れて隙を作っただけ。のイワオである。
だが、幸運にも真実は露見せず、見た目どおりのノックバック攻撃に体勢が変化したようにしか見えていない。
そして、そのように見えたトキヤは、自分の“窮地”は置いといて、イワオのカバーをするべく行動しようと……して、断念した。
(今、俺の状況をイワオに知られれば、艶鬼王諸共殺される)
そんな確信があったからである。
そしてその原因を、憶えたての“俄テク”を駆使して何とか“何度目か”の鎮静化させて、僅かな精神的余裕を駆使して現状の窮地を覆そうと考える。
だがしかし。
「んーー♡、にゃあぁん!」
他の戦法がまとまらないうちに敵からはターゲットされるは、早くも“原因”が復活するわで、守護騎士とは言い難い、回避による逃げの戦法しか選べないのが悲しくも認めるしかない現実であった。
「タッキっ、たきたきたきっ、タキニャああぁぁんんっ♡」
まさに手に負えないほど盛り狂ったネコ娘という“原因”相手に。
トキヤとウスネも、イワオ達同様のスタイルで戦闘に望んでいた。多少違う部分は、トキヤの体格はイワオに比べやや小型なので、少女の身体を完全には抱えきれなかった、というあたりになる。
マヤヤが裸体を曝さないよう蓑虫のようにマントを羽織ったまま、イワオの身体に括り付けたのに対し、ウスネはマントをバスタオルを巻くようにまとめ、ロープで固定されると同時に自らもトキヤの首に腕を回して抱きつく恰好に収まっていたのである。
これは長年、滋養治士というジョブをしていた職業病の現れで、無自覚に滋養治士的な魔法を使いやすい姿勢をとった結果であった。
あったのだが……。
「ウスネぇー、回復有りがたいけど首を噛むな、舐めるな、キスマークつけんなあ!」
「あむあむ♡ 『HP遊填♪』……にょーんとぅ、ワタシも回復ぅー。ポーションぐびぃ~。っ、にゃはーっ、さあっ、第5ラウンドにゃー♡」
実にハシタナイ宣言である。
既に分かる者には分かっているであろうが、ウスネ(花梨)はトキヤ(瀧也)に片想い中である。いろいろとタイミングの悪さが重なり、ゲーム内では数年、現実で出会ってからも数ヶ月、結果的に一途に秘めた想いとして熟成させてきたのである。
それが『呪い』をきっかけに、余り綺麗にとは言えない状況で露見(と、ウスネは認識)し、素面では“無かった事”として行動しつつも、反面、このような状態では抑制が完全に利かなくなってしまっているのである。
まあ、タガが外れやすくなったわけだ。
既にトキヤの前では恥も外聞もない姿を曝した。という自覚がある分、戦闘中の最低限の理性は活動しているものの、それ以外では後で本人も泣きたくなるくらい過剰にトキヤを求めてしまっているのである。
とはいえ、如何に乱れたとはいえ仮想の状態。しかも最終段階までには至らない寸止めまでの経験である。ウスネの“求愛行動”はせいぜい“キス”と“マッサージ”のみで終わっているので、戦闘中のトキヤを別の戦闘状況へシフトさせるには成功していない。
が、逆にトキヤの労力は天井知らずである。
ただでさえ憶えたてである上、イワオの見様見真似レベルなので“体得”と言えるほどの手応えを得ていない。
しかも今は戦闘の中である。使えるのは良くて片手、動かせる位置にも限界がある。つまり、未だにウスネを完全に“治める”事には至らず、何度も何度も、中途半端に終わっては“最初から”な感じを、を繰り返す事となっていたのである。
その結果……、または途中経過を表すと。
身体同士はロープによって密着固定はされている、が、マントは開けに開け、腰回りに絡まっているだけ、な状態と化しているのである。
こんな状態を。しかも悶えまくったモーション付きでウスネの実兄に見られるとなると、それはもう、生き残る未来の無い世界線確定である。
「うわっちゃ! 『アイアンガード』! 『カウンターバッシュ』!!」
ターゲットにされたとたん、ドウテツが床を横凪ぐ。小さめの瓦礫が3つまとめて放られ、その範囲扱いの攻撃はどうやっても避けられないと直感。そのうちの大きめを狙ってカウンターバッシュで跳ね返し、残りは防御で耐える選択を取る。
「うわ、スキル損かよ!」
見事跳ね返した瓦礫だが、それは幽体のドウテツを通り抜けてしまう。反射攻撃は元の攻撃属性に準じた物になる弊害である。が、遅ればせながら、これでドウテツの瓦礫による砲撃は物理属性と判明した瞬間であり、やはり幽体には魔法属性の攻撃をしなければならないと分かったのである。
が、ひとつ怪我の功名が起きた。
ドウテツの幽体を抜けた瓦礫が背後の石材の山を崩し、そのうち幾つかがドウテツの死体を押し潰す形で崩落したのである。
幽体は死体が受けたダメージに反応するよう悶絶し、しばらくは硬直状態となって動きを止める。これを確認できた事で、攻撃属性が物理属性に偏っている『唐揚げ定食』には光明となる。
「当たり判定、死体の方も“アリ”だ! 物理が効くから、そっち集中!!」
「「「おー!!」」」
歓声と了解の意味を込めた返事が届く。ほぼ同時に白光をまとった矢が三本、少し遅れて燃え上がる火矢が五本、ドウテツの死体に突き立った。白光は聖属性、火矢は火属性が付加された矢であり、それぞれの属性効果でドウテツの肉体がどう反応するかの確認をしたらしい、とトキヤは推測した。
「残弾処理込みでゴザルが、影響無いでゴザルよな?」
単に幽体用の矢の残りを使い回しただけであった。
因みに、『トリオン・オブ・ラビリンス』で使用される弓や銃は、“基本”扱いにカテゴリーされる矢に限り、弾数という概念が無い。要は無限扱いである。
この基本カテゴリーには『物理』『火属性』『雷属性』『氷属性』が含まれており、レベルを5上げる毎にどれか一つを選択追加していく形となる。全属性を獲得後には同時発射数を増やす形に選択が変わり、どの属性の発射数を優先するかはプレイヤーの好みで変えていけるシステムとなっている。
他に、『クリーピングアロー』のような特殊扱いの矢も存在し、このてに限り、矢弾は消耗品アイテムとして得た数のみでの使用数となる。
初弾には属性変化させた基本の矢を使用したテンマルであるが、やはり死体には火属性が良いと確認できたので、本気の“特殊”な矢を使用しての攻撃に移行した。
「イワオー……は問題無いでゴザルな。じゃあ、トキヤー、三秒後に7メートルは下がるでゴザルよー!」
「わたっ、ちょっ、俺特攻しようとしてたのニー!」
「『爆裂の矢』、行くでゴザール!」
実に分かりやすいネーミングの矢を10連続で射放つテンマルである。
ボウガンで放てる間隔でないのは当然、一矢一矢放つ位置が違うくせに命中箇所は同じという、異常極まりない射撃術である。
トキヤがギリギリ範囲外に逃れきれないタイミングで、最初の矢が着弾。絵的にはゲーム的に分かりやすい直径1メートルの赤い火球状フィールドが広がるだけだが、その内部は死肉や結晶、骨の区別無くみるみる灰へと変える高熱の状景を生んでいく。
トキヤとしては絶対にカスリたくもない代物なのだが、タイミング的に盾をかかえた腕の分だけは間に合わない。プレイヤーの部位破壊処理はHPが満タンならば5分そこらで復活するが、守護騎士にとって盾が無いのは、ある意味致命的である。
が、テンマルはそこの辺りも計算に入れていたのである。
『爆裂の矢』の効果は高熱の空間を作るだけではない。まさに爆裂の名のとおり、着火と同時にフィールド外へと衝撃波を放つのである。一撃目の衝撃波はトキヤを瞬間的に弾き、高熱の範囲からも弾く。続く9発の着弾で衝撃波も連続し、体勢を立て直しかけていたイワオも含めて、ドウテツの周りから『唐揚げ定食』全員が退避した配置となった。
「ふう、いい仕事したでゴザルよ」
「阿呆ぅ! “マップ兵器”は殺り過ぎだわあ!」
ほとんどの武器や魔法は、状況によってはモンスターしかダメージ対象にしない。味方の魔法で轟々と燃え上がるモンスターと隣合い、剣で斬りつけても別に熱さも感じない。そんな状態である。
だがモンスターには特定の相手を対象としない範囲攻撃がある。そしてプレイヤーにも同じような範囲攻撃があり、その攻撃はモンスターとプレイヤーの区別無くダメージを与える処理となるのだ。
そういう攻撃を総じて、プレイヤーが付けた呼び名が『マップ兵器』である。古式ゆかしき太古のゲームから伝わる呼び名で、本当の意味で知るも者は軒並み還暦の祝い済みである。
「……俺、残飯処理かナア……」
矢の命中箇所は心臓の辺りであり、10連続の破壊の後にはさすがに『胴部位』の破壊扱いとなったようである。上半身そのものが消え去った状態で、右腕、臍から下の下半身がクレーターっぽい破壊後から離れた位置に転がっていた。
そして、一応は本体(?)である幽体は。
「よーやっと『HPバー』が表示されてっかあ」
半透明の密度を薄くしつつ、それでも五体満足の姿のままで、上半身のあった場所に浮いていた。
ボス戦の特徴として、総合ダメージの累積が50%を越えないとボスモンスターのHPを表す視覚情報が表示されないという仕様がある。これは多部位である事が多いボスで、“HPバー”を最初から該当部位に表示すると、狙う場所がモロ分かりになる事からの仕様なのだ。
敵の状態から攻撃手段を推測し、効果的と思える攻撃を模索しろという、サービス側の意向なのだが、一部のプレイヤー以外からは概ね好評の仕様となっている。
ドウテツの『HPバー』が設定されていたのは『頭部』『上半身』『下半身』『右腕』であった。死体の左腕が無いのを反映してか、幽体の左腕は非行撃扱いだったようだ。
そのうち『上半身』のバーは残数ゼロで真っ黒のバーとして表示されている。他の部位も七割り近くが削られた状況で、上半身を一気に削れたのが好判断だったと思える結果である。
と、右腕の『HPバー』がガリガリと削れたかと思えば、上半身同様に残数がゼロとなる。ドウテツの硬直状態を無駄にしないようにと、カッツェが死体の方の腕にダメージを与えたのである。
「時間は貴重だゼー」
至極尤もなカッツェの言葉である。
であるのだが、守護騎士二人には守護騎士なりの、どうしようもない問題もあるのである。
特にトキヤ。テンマルの攻撃の余波によって仰向けに倒れたのを幸い、淫らなネコが絶好の状況と錯覚していた。野郎組の視線の中、トキヤの胸の上で好きにのた打つウスネの奇態。皆、無表情になりつつも平静な不動心を保てるわけでは……無いのが当然だろう。
「トキヤの処刑は置いといて、残りの部位も削っちまうでゴザルよー」
「ダヨナー」
見た目賢者モードというか、真の怒りは顔に出ないというか、淡々と残る『頭部』と『下半身』への攻撃が放たれる。
下半身は死体への攻撃ができたが、頭部は幽体のみである。そのダメージ差が出たか、ドウテツの硬直が解かれた時には頭部のHPのみを残す状態だ。最終的にテンマルとカッツェ、二人の同時攻撃で頭部の『HPバー』が消し飛ぶ事となり、とたん、残る全ての結晶体が爆発するように粉々に散る事で、ラスボス戦の終わりが、告げられた。




