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Trillion of Labyrinth 一生懸命癒やします!  作者: 魚介貌
第1話【ある滋養治士のお話】
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彼女が芽吹いて2h⑧

 城内から中庭へと一旦移動したメンバーは、中庭の広さを利用して『野営地』を展開した。共有設定してある5軒分が展開すればいいので、並びや配置は適当である。


睡眠(スリープ)は1時間の設定でな。それ込みで3時間後に出発するぞ」


「「「「「はーい」」」」」


 イワオの指示に返事が返り、それぞれが簡単な休憩へと散っていく。

 テンマルはストレージ内のアイテムが凄い事になっており、鍵の一件があった事から流してヘルプの確認をしていた。無駄なアイテムが実は重要性が有りました。などの嫌な罠があるような気がして、不安だからである。


 トキヤも同様だ。ただし、対象はストレージのアイテムでは無くて自分のスキルである。未だにどういった理由でスキルの経験値が減るのか、本人の感覚では分からないからだ。自分の行動や戦闘での立ち回りを思い出しつつ、関連性を繋げようとはしているが、まだハッキリ自覚できたモノを掴めていない。

 問えば年長組からは参考意見は聞けるのだが、それを聞いて即、成果をだせるほどトキヤはまだ大人ではない、くらいの自覚はある。故に聞きたいが聞けないという心情でもあった。

 年長組もその内心が察せれるので、ハッキリ頭越しからの説明は避け、それとなく誘導しているのだ。


「おっ?」


 スキルの一つにとうとう変化が起きていた。『理性弱体』がレベル4から3へと下がっていたのである。これで『呪い』の総数は19種扱いとなり、わずか4個の不足で済むまでになった。

 トキヤに自覚は無いものの、角などは既に小さな瘤状に変化している。『修羅の波動』の影響下ではあるものの、外見的にはほとんど元のアバターへと戻っていると言っていいだろう。

 その心の在り方が『呪い』系スキルの弱体率を上げているのだが、トキヤ自身はそれに気づけない。ようやく、年相応の陽気さを表に出し始めた事に周りが気づくのを、余所に。


 カッツェの場合、現状特に注意する事は無かった。強いて言えば、継続中であるジョージの依頼を遂行できているとは言い難い処だろうか。滋養契約の更新で急速に色気を増したマヤヤの追加動画はスクショできたが、その程度で装備代とチャラにしても納得してくれるのか、イマイチ不安に感じているのが本心であったりするのだ。

 根拠は、かなり過激であったろうマヤヤの“治療”からハブられた事だ。イワオのフォローで一応カッツェ自身は納得はしたが、最初に感じた不満は消えてはいないし、何より、邪悪厄隷嬢越しに此方の情報を知ってるだろうジョージの判断が分からない。

 せめてイワオプロデュースによる“自己鍛錬”が実ったなら、今度こそマヤヤとっ、という邪度(よこしまど)Maxの野望のスクショで帳尻合わせできれば、と燻っていたのである。

 最も、先ほどイワオの実力を見せつけられて、そんな野望は簡単にへし折られたのであるが。なんせカッツェ唯一の恋愛経験は、中坊時代、最初のデートで昼から夕方コースだけで終了したカッツェである。現実でのディープキスはおろか、VR環境での『お仕事ですから』と割り切ってくれる一般滋養治士とのフレンチ物も稀である。

 たった数秒で文字通り女を“落とす”技のインパクトは、カッツェには未知の異世界を垣間見た瞬間である。


「(両棲類キャラの意地にかけて、爬虫類キャラには負けないゼッ!)」


 未知すぎて決意の度合いが謎過ぎるカッツェであった。



 そして、一方的に師匠とライバルと種族対立の対象扱いされたイワオであるが、探索の流れで大したアイテムも情報も得ていないのを幸い、のんびり風呂に浸かっていた。

 前回の休息で入ろうとしたものの、別の要件を優先したのでダメになっていたからだ。イワオの感覚的に、一度娯楽を期待すると先延ばしはできても中止はできないのだ。オッサン趣味を子供のように執拗に求める。たまに出るイワオの欠点である。


「うっ……うぉーーー……ぃ~。やっぱり江戸っ子は“熱湯”(あつゆ)だねえ……」


 生まれも育ちも東京とは無縁である。当然、江戸っ子といえる親戚筋も存在しない。どこでそんなフレーズを知った? というレベルである。

 そしてイワオが肩をゴキゴキと鳴らしつつ、もう一度“ふうぅぅ……”と一息入れ、やや胡乱な眼差しを洗い場に向ける。


「で、マヤヤ。何故お前はいるんだ?」


「ダメですか?」


「いや、ダメじゃないんだが……。最近俺の中で風呂とマヤヤがセットな感じになりつつあってなあ……」


「ほほう、そこんとこ“詳しく”にゃ!」


「いや待て、なんで“お前”(ウスネ)まで居る?」


 実の処、寛ぎの場は状況的にはあまり寛げてはいないような、な、有り様なのであった。


 フォート『唐揚げ定食』の共有野営地は、現役組5名の個人野営地を最低3名で連結する事で、最盛期32名を収容可能な状態で展開できる。金と技能で巨大な個人宅は作れるが、収容可能人数だけはフォートを構成する人数に比例するので、容易には増加できない。これは、個人によってのエリアソースを偏らせない、サービス側からの仕様である。

 野営地自体、対象のクエストをクリアしないと得られない物でもあり、プレイヤーによって所持の有無が別れる物となる。そのためフォートに属さない個人の野営地でも、1パーティー人数である7名までは入室可能な仕様となっている。基礎内装ではかなり狭い事となるが、持ち運びできる安全地帯としては破格の便利さだ。

 そしてこのシステムが導入されて早10年。より上の便利を求める欲求に限界は無く、多くの対価が払われた『唐揚げ定食』の野営地は、一般プレイヤー的には馬鹿丸出しの状態となっているのである。


 就寝場所に二階を充てているのは置いておき、一階共有設備は何処の隠れ家的逗留施設か、という状態なのである。リビングロビー、システムキッチン、中庭スペースの菜園エリア、そして『風呂』。

 仮想環境なのでトイレだけは省略されているが、その分風呂に使われた空間と設備が異様である。基礎内装10部屋分があてがわれた空間には桧風呂、ジャグジー、サウナ露天と、風呂や温泉でイメージできるものがほとんどある。各湯船は最低5人は浸かれる大きさで温泉用の湯船は泉質の切り替え機能までついているのだ。


 イワオが使用しているのはタイル貼り銭湯型の湯船で、背後の壁には御丁寧に富士のペンキ絵まで描かれていた。湯温設定ができるのでイワオ的にはかなり熱めの44度としている。それでも実の処、昭和初期の世の銭湯世代には“ぬるい!”と怒鳴られる温度である。


 が、世代的に半身浴や微温浴で生きてきたマヤヤにはキツいで済まない熱さである。かけ湯で慣れようと何度も挑戦しているが、肩から脇腹へ流れる熱さに「ひやぁぁっ」と情けない声を出しては軽く跳ねていた。


「そう無理してまで入ろうとしなくともな……。隣の湯船なら確か美容泉質の設定だろう?」


 やや白濁の湯を溜める石組みの湯船を示して言うイワオ。仮想の世界で美容もへったくれも無い気がするが、そこに突っ込むのは地雷である。


「あー……お兄ちゃん。“そこ”は分かろうよ」


 共に暮らす強みか、ウスネはマヤヤと同い年ながらイワオ設定の温度に耐性がある。浸かったら最後ピクリともできないが、透明感ある肌を茹でタコ状態にしつつも同じ湯船に入っていた。

 が、イワオが軽く湯を掻き回した時点で逃げ出した。首から下の全身に、隈無く針を刺されて捻られるような刺激には到底堪えられるものでないのだ。


「ぎひい! 痛痒いイタ痒いイタガユイー!」


 ハシタナい恰好で洗い場をのたうち回るネコ娘であった。

 一方イワオは、こんな効果まで再現するサービス側に脱帽である。


 それはさておき。

 イワオの男の部分としては、何時までも湯船に入れず、眼前でモジモジとする裸身のマヤヤは良い鑑賞品だ。だが大人としてはと自問すれば、余り褒められたものではない。湯の熱さも楽しめたので、マヤヤの適温であろう隣の美容泉へと移動することにした。

 案の定、今度は嬉々としてついて来るマヤヤである。さらに追々してくるウスネがイモリかアホロートルが這うように頭から入って来るのが異様に気味悪い。実妹の奇行に本気で心配になる実兄である。


「(まあ、これでも惚れられてる、ってのとは違うようだがな……)」


 イワオの観察では、マヤヤの懐きようには年頃の娘が持つような恋愛心は含まれていない。言い方は悪いが、拾った捨て犬にエサをやって以降、全力で媚びを売るようになった“ペットの依存心”である。

 新しい家族に含まれようと、必死になっていると言ってもいい。要はイワオを、群れのリーダーと認識している故の行動なのである。


「(色んな感情が出始めたのも、少しは慣れた甘えからだろうしな)」


 そう考えてウスネを横目で見る。濁り湯を利用してマヤヤを擽って(くすぐって)遊んでいた。その様子はかつて、岩騎(イワオ)花梨(ウスネ)を懐かせようとした過去と妙に似ていた。


 岩騎と花梨は年の差が9歳離れている。折りしも花梨が物心を付けようとした頃には、岩騎は中学生となり、ほぼ一日中をVR環境で過ごす事にもなっていた。別にVRゲームだけにかまけたのではない。岩騎も当然のように仮想学級で基礎学習をこなしていたのである。

 だが幼児であるウスネにそれを理解できるわけでもなく、兄と遊ぼうと岩騎をVR環境から取り戻そうとする事も多くなる。一度は通信ケーブルをハサミで切ろうとし、一時期は完全に隔離状態まで引き離す事となったのである。


 そして、花梨は拗ねた。


 その状態が後に悪影響化せずに済み、岩騎と花梨にとっての幸運に結びついたのは、岩騎に年齢よりも強めの庇護欲が備わっていたことだろう。まとわりつく妹を面倒に感じず、拗ねる妹へのフォローを重要視したからこそ、現在の関係を保てたのだろうから。

 岩騎の選択した行動は簡単だ。VR環境に居ない間はトコトン花梨と共に居たのである。寝て起きて、風呂からトイレからと徹底的に。

 花梨に自立心が育ち、同じくVR環境でも行動を共にするようになるまで、岩騎の献身は続いたのである。

 だからこそか、岩騎にはマヤヤの、“柔波”の心情が観て取れる。

 VRゲームの世界で、1人で立つための“杖”として、今はイワオを必要としているのである。

 花梨は単純に柔波が兄に惚れたとでも考えているようだが、その可能性は有るとしても、今はまだ、いいところ“親代わり”だ。

 そう、岩騎は考えていた。


「イワオさんは時々、ちょっと意地悪ですよね」


 温めの湯と、ウスネの悪戯に頬を染めたマヤヤの言葉。

 その言葉の紡がれ具合に、イワオは改めてそう、考えていた。



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