彼女が堕ち炒る2h⑩
県立伊鞍高等学校。
この学校は他の県立高と同様、少子化に歯止めが効かない無能な国政の煽りをうけ、県全域より生徒を集めないと存続ができないほど、危機的な運営状況に陥っている。
そのくせ学業方針を生徒数に合わせたものにするという柔軟さは皆無で、現在では実質通用しない、謎な校則を遵守せよと時代錯誤な一面も残している。
要は“五十歩百歩”の駄目な部類の学校なのである。
全体的に長閑、というのは美点なのだが。
駄目な校則筆頭は、生徒全員何かしらの部に所属というものだ。『野球』『サッカー』『バスケ』『テニス』と定番の運動部はあるものの、公式戦に出れるのはバスケ部のみ。他は人数不足で練習試合もできないからである。
試合という成果を求められない文化部は、部費は少ないものの活動の自由度は高く部の総数も多い。空き教室が半端無いので、仲良しグループの延長となる部がいくらでも認可されるからだ。だがやはり、故に栄枯盛衰も激しい。昔からの最大派閥は『文芸部』で、図書室を独占できるのが強みだろう。次いで『美術部』、しかし画材という投資設備が半端無いので、卒業する先輩から画材を譲り受けれない者の活動は地獄の如し、である。
そして、文化系第三の勢力が『地質天文野草調査部』である。
他の弱小部が仲良しグループから派生し、入学から卒業までの三年間で消えていくのに対し、地質天文野草調査部は名前なら分かるように複数の部が融合していく事で存続を維持して来た。部を構成する人数は6人と、ともすれば最底辺カーストの部にも劣る人数ではあるが、数十年間続く部としての実績から永く第三の勢力と呼ばれているのである。
言葉の意味を深く取ってはいけない。
で、その地質天文野草調査部であるが、構成は二年生が四人。一年生が二人であって、さらに現在部員として活動する者は、実質三名しかいない。他の部員が幽霊というわけではなく、部に参加する余裕が無くての休部扱いなのである。
休んでいるのは全て二年生だ。1人は女子生徒で天文に燃えている。燃えすぎて現在、南半球、しかも極地付近でしか見れない星を狙い単身渡航中である。毎日のように活動報告はメールされてくるのだが、たまに4~5日音信不通となるのが非常に怖い。
残る二人は男子生徒で、うち1人は会おうと思えば会える。学校には通っているからである。単に家業が大変過ぎて放課後の予定が取れないだけなのだから。
問題は最後の1人。現在の部の部長を務める男子である。
彼も家業を手伝う真面目な部類なのだが、その家業の影響で現在入院中なのだ。
部長の実家は地元だけではなく、隣の県にまで有名を馳せる地元素材のピザ屋である。高校入学前から既に配達のプロとして隣県へ抜ける山道や峠では名物だった。ついでに、峠最速の出前ライダーとしても。
仕事ついでのバトルは日常。典型的な配達バイクに貼られる“勝利のキルマーク”。は衛生的にどうなんだ? のレベルである。そしてとうとう、骸骨シールで埋もれた食配バイクに天罰でも落ちたのか、ある日、部長は峠から谷底まで全力ダイブ。高低差約20メートルを放物線付きで墜落し、片足をポッキリやってしまったのである。
そして現在、生死を心配されるより“何故死なない”と不思議がられる理不尽を平然と受け流し、部の運営を副部長である『海渡瀧也』を押し付けて“休暇”を満喫しているのである。
「……あれ?」
夕方の部室。天井には夜の星空をプリントアウトした夜景図が貼られ、壁際には学校近くの登山可能な山の俯瞰図が貼られ、登山用の進行ルート、サバイバル前提のハンティングマップ、何故か宝箱の絵が描かれたマークと注意書きに埋もれている。
部の活動が全てまとめられた弊害だが、どこかフザケているようにしか見えない。
反対側の壁際には、部の設備が床に直置きで山積まれている。これも中々カオスとしか言いようの無い、半分はゴミの山である。
生徒50人を楽々収容できる空き教室を利用しているのに、ゴミのおかげで狭い印象がある部室であった。
「………………あれ?」
瀧也は疑問の言葉を繰り返す。
ここは確かに、何時もの部室である。だが、何故今、自分は部室に居るのだろう? そんな疑問に瀧也は支配されているのだ。
自分は、ここに居るはずはないのに。と。
「どうしたの? ヤっくん」
背後からの声に振り向けば、何時もの柔波がそこに居た。
『真島柔波』。一つ年下の幼なじみ。ただし仮想環境で、という注釈はつくが。瀧也の家は仕事の都合で頻繁に転居を繰り返した。そのため瀧也は学区の違い、というよりネットワークの都合で小学校途中に柔波とは違う仮想学級へ振り返られた。その状況は中学卒業まで続き、統合範囲率の大きい高校でようやく、それも生身での再会へとなったのである。
当然、最初の頃はお互い再会に気づかず、初対面として話していた。だが身の上話からすぐ分かり、掘り起こした記憶に合致する子を思い出せた。多分、初恋対象だったと瀧也は考えている。ただ物心もろくにつかない年の初恋なんて、見る女の子全てでもおかしくないのだが。
ともかく、柔波は瀧也の事を昔通り『ヤっくん』と呼ぶようになり、学内では男子枠の上の方の位置なのだろうと思えるようになった。
「あれ、ええと、今日の活動って何だったかなあ? ってね」
休部扱いが多過ぎて、現状部活動は予定が無い。その日出た宿題を学内で済ませたりと、個人的な用事に使うのが関の山なのだ。
最近、共通の“用事”が予定され、その準備でワイワイやってた記憶はおるが、瀧也には何故か思い出せない内容であった。
「──え、ヤっくん忘れちゃったの? ヤっくんの方で決めた事なのに──」
「俺、なんか予定組んだっけ……」
柔波にきり返され、暫く困惑する瀧也。最近決めた予定など、しかも柔波も込みの予定などに瀧也は思い当たるものが無い。
「──ほら。次は『ちゃんと“回復”しよう』って言ったよ。“トキヤくん”──」
「えっ?」
柔波は、部室の中でマヤヤへと変じていた。白地のセーラー服が若葉色を基調とする滋養治士のジョブ装備に変わり、水着より際どい裸身同然の恰好で立っていた。
髪色だけは柔波のままで、裸足の足でペタリペタリと瀧也に近づき、あっという間に身体どうしが触れ合うほどの近さへ。小動物が真上を見上げるような仕草でマヤヤの視線が瀧也へと注がれる。
『博愛の口づけ』。柔波の、マヤヤの唇を瀧也へ届けようと健気に背伸びする仕草。
いつの間にか、マヤヤの肩からポンチョが消えて素肌の肩が曝されていたが、瀧也の視線はマヤヤの唇に注がれたままだ。
「──ヤっくんは“キス”は嫌? 私、おててをペロペロした方がいい?」
瀧也が自覚無しに差し出していた“掌”。足下にはマヤヤが四つん這いになって、瀧也の掌に舌を伸ばそうとしている。
既にマヤヤは滋養治士の恰好でも無い。身体のアチコチにピンクの粘液をまとわりつかせた裸身であり、剥き出しのお尻には“フサフサの尻尾”が生え、喜びにブンブンと振られていた。
「ペロペロする? ううん、したいの。ワンワンだもの。ご主人様のおてて、ペロペロしたいの。ね、撫でて撫でてぇ。ペロペロしたよう」
みるみる変化するマヤヤの姿。もう尻尾だけではなく頭には柴犬のような耳まで生やしている。立っていたはずなのに瀧也は大の字に倒れており、マヤヤの小さな身体が自分の上に跨がり、覆い被さり、悶えている状態へとなっていた。
「んーんふぅん♡、ご主人様ぁ~。ペロペロ~。んにゃあ~。んるんるるるぅ♡」
人の身体の上でのた打つという、器用なバランス感を発揮するマヤヤ。
瀧也はマヤヤを安定させようと、腕を伸ばしてマヤヤの背を抑える。それは自分に強く抱き寄せると同じ行為で、より密着するマヤヤを瀧也はさらに本能的に求めた。
もう片方の腕も伸ばし、そちらは背よりも、腰よりも下へと伸ばされ、女子の柔らかいお尻へと這わされる。
反射的にマヤヤから瀧也へと身体が押し擦りつけられ、マヤヤの“細やか”な直の胸の感触が瀧也へと伝えられた。
「……ん? 細やか?」
気づけば、従順なワン娘だったはずのマヤヤが『にゃーにゃー』と鳴くようになっている。心成しか口調も元気に、いや粗忽な感じに変化した。
頬と口許に『ペロペロ~』に合わせた感触も強くなり、しかし、その感触は“ペロペロ”ではなく“ザリザリ”である。
気がつけば、ワン娘だったマヤヤはニャン娘へと変わっており、蕩けた瞳は人間のそれでは無く、縦に細い光彩を持つ猫科のそれだ。そのくせ眼球に焼き付いたような“♡”のマークが妖しい。目の奥から発光しているように痛いくらいの光量で瀧也の視界を焼いてくる。
「トキヤぁー! たーきぃやぁー! “たっ……きぃー”!」
「っ!」
そして瀧也はようやく気づく。コレはマヤヤでは、柔波では無い! と。
柔波は瀧也を『ヤっくん』と呼ぶ。瀧也を『タッキー』と呼ぶのは。
未だに『タッキー』呼びを続けるのは──
「花梨!!」
脳内の何処かで“カラーン~カラーン”と、スリープからの目覚めを伝える鐘が鳴る。視界の縁を赤めでピンクの何かが通り過ぎた。同時に、頬に“ザリっ”と感じる舌触り。
目だけを下に向ければ、ほぼ夢のとおりに、トキヤの上には全裸の少女が覆い被さっていた。猫の獣人をアバターにした少女、ウスネと名乗る花梨が。
これも夢のとおりに、瞳に“♡”の刻印を刻み、人に化け損ねた子猫が甘える仕草をとりつつ。




