彼女が堕ち炒る2h④
都市国家ゴリンドにて、トキヤは途方に暮れていた。
自分にできる唯一の行動が、完全な空振りに終わる。その結果は、一週間予定の冒険生活の初日からの大失敗。しかもこの世界では“頼りになる大先輩”を演じる目的を持ちながら、それでできた事が、そう捉えて欲しい相手に余計な面倒をかけただけという事実だ。
まだ現実では十六歳の少年でしかいトキヤ。本名『海渡瀧也』には、八方塞がりの状況におかれ、わずかな時間内に理想の結果へと結ぶ道を探し出せ。などという、物語のピンチのような事態に都合良く浮かぶ解決策など、全く無かった。
もし、予め『マヤヤは休んでいる』と聞いていなかったら、もし、自分の無力をマヤヤに知られるような状況だったら、このまま黙ってパーティーを抜け、誰とも連絡を取れないようにして、“逃げたろう”。
恥をかきつづける姿を見せるより、一瞬の恥を見せるだけの方が、まだ自分を守れる。自分の“何”を守るのかも分かってないが、とにかく、そうした方が正しいと思いこんでいた。
そして、その思いこみはほんの少し、先延ばしにしているだけなのが、その時のトキヤの事実だ。
「イワオ……、クエストの情報、得られそうに無いや……」
『……だから、俺抜けるな』。そうトキヤが言葉を続けようとした時。
『──じゃ、待機しとけ。ちょっとこっちで気になるネタが拾えた。確認に暫くは時間食うだろうから……、4時間くらいスリープする余裕はあるだろ──』
「だか……、え?」
『──今のうちに休んでおけ。クエスト始まったら、何時止まれるかわかんねーぞ──』
「分かっ……た。あ、ああ、イワオ。俺の『呪い』また少し変わったみたいで……」
実はこの時、イワオは何の情報も得てはいない。トキヤの口調のわずかな変化を嗅ぎ取っただけだ。だがイワオにとっては、実に良く嗅いだ事のある流れであった。
MMOゲームには、“始まり”はあっても“終わり”は無い。強いて言えば“続けたくない時”が、そう感じた者にとっての“終わり”である。
そのキッカケは些細なことから始まる。もっとも多いのは『進めている』や『上手くいっている』という意識が閉ざされた時だ。何かのコンテンツを、小さな結果を出し続ける事で集大成へと至れる。そう漠然と思えるだけの日々の成果があれば続けられる。だが、その成果を消されたならば。それだけで簡単に心は折られてしまうのである。
それは無慈悲に言えば、子供の身勝手な妄想だ。『頑張れば結果がでる』。それを身勝手に『頑張っているのだから結果がでるのが当然』と解釈する。さらに身勝手に『望む結果が出ないのは“おかしい”』へと増長させる。
その流れから外れた時に、“つまらない”と、去っていくのである。
そういう、己の無自覚な身勝手に振り回され消えた者を多く見た、イワオの直感である。
イワオ自身、我慢の利かない若い頃は“つまんねー”と、多くのゲームを自分の意志で辞めたつもりで、単に挫折を誤魔化していた過去もある。
ゲームの世界を出会い系と同様に使い、男を見せるつもりで大恥をかき、逃げるように引退した事もある。
であるから、トキヤがマヤヤに対して、自分が理想とする自分を見せたかった事も簡単に予想ができた。
だから、嗅ぎ取れたのである。“今、止めなければトキヤが消える”と。
小さな男のプライドは、その実、案外重いものなのだ。
そして重くとも、誰かが蹴り上げれば案外簡単に舞い上がるものでも、あるのだ。
結果として、出任せは事実としてトキヤには伝わる。
イワオにしても、単に嫌な流れを変えたいだけでの出任せだ。もし、あのままトキヤを放置し、そして引退の流れとなり、現実問題での瀧也と柔波の関係がどう気不味くなるかの意識も無い。
本当に、タイミングだけの偶然である。
が、そのタイミングによる未来のカタチに、トキヤが別の悩みを抱えるのは、また別の話なのである。
スリープから復帰し、少しは気分も回復したトキヤは、イワオの言葉どおり休む間もなく動かされる。伝えてなかった『呪い』の詳細を指摘され、バツの悪さを感じつつも、進む指針が決まったことでかなり気持ちは持ち直した。メンバーへの迷惑も最小限に治まったと知らされ、自分の呪いを抑える気力も生まれはじめていた。
クエストの先読み、思いもしないクエスト関連の場所を教えられ、自分の状況との整合性の確認で街中を走り、有効と思えれる感触を得、そして、とうとう次の流れが見えて来た。
【装備属性:転生(人鬼族)】
【パッシブスキル:『修羅の波動/呪い(定着)』(火艶Lv1)(剛力Lv1)(他者魅了Lv1)(異性魅了Lv3)(理性弱体Lv4)(堕落誘発Lv4)(王命Lv1)(卑心強奪Lv3)(執着の眼Lv2)】
『呪い』を完了させる事。それが次のクエストの発端となる。
そう伝えられてから、トキヤの内心からは焦りが消えた。代わりにあるのは期待感である。完了時間の数十分前から廃墟と化した鍛冶屋に待機し、ステータス確認を数秒おきに確認する。
待つ間は全く飽きず、とうとうその時間となり、『装備属性』の欄はあっさりとした内容に変化してしまう。
『呪い』が消えた? と一瞬思うものの、教えられたとおり、装備からアバターの内容確認へと変えれば、種族スキルの欄がトンデモナイ事になっていた。
概要のみの『修羅の波動』が正式にスキル化し、『呪い』のスキルの大半が移動して下位の、というよりまとめて『修羅の波動』の効果のひとつとなっていた。さらにまたスキルが追加されていたが、トキヤにはそれの確認より優先する事がある。
薄暗い部屋の奥。鍛冶屋として機能していた時は作品などが置かれていた、壁に備え付けの棚。廃墟と化し、何も置かれず蜘蛛の巣と埃で飾られたその棚に、“ゴトン”と鈍い音をひとつたて、アイテムが虚空から生まれ落ちたのだ。
「もしクエストが発生してから来たら、分からなかったかも……」
それは革表紙の本だ。文庫本ほどの大きさで、周囲の荒れ果てた雰囲気にマッチするボロボロさで、今にも崩れそうな感じである。
トキヤが触れるとウィンドウが展開し、『妄執のレシピ帳』とアイテム名称の通知がされ、ヘルプ説明が名称の下に続く。
『オーガ王族4属性のうち、火の王に仕えた王宮鍛冶師のレシピ帳。現在では失われた秘術が記されている。ただし再現は不可能』
続いてアイテムを拾得するかの確認である。トキヤは躊躇わずに『Yes』を選択する。
とたん、トキヤの背後に人の気配が立った。
反射的に振り返れば、そこには『鬼魂の鎧』クエストを依頼したドワーフ鍛冶師が居た。ただし、亡霊として。
『ほう……。ワシの悲願、一応はお主の身体を贄に成せようだな。が、往年の我が王の御姿には程遠い。困った……。余りに脆弱……』
「おいっ!」
『……このまま措けば、我が王の貴き玉骸は拙きお主に引き摺られ、やがては塵に帰るのみ。我が悲願。それで成すを良しとするか……? ……ならぬ。我が王の、貴き御姿と貴き御力、貴き血筋を残せてこその我が悲願……』
「対話式のクエスト、じゃないのか」
『……お主っ、今一度、ワシの用を聞くか? いや、選ぶがいい。我が王の貴き御力も受け入れれず、無様な亜人となって野垂れ死ぬ生を過ごすか。我が王の貴きお身体を返上し、卑しい蛮人の血へ帰るか? 選ぶ末は二つ。だが、道はひとつじゃ』
「うわっ!?」
亡霊の一方的な物言いが終わったと同時にトキヤの足元には魔法陣が浮かぶ。何処かへと転送されるのだとは直感的に判断できたトキヤであるが、やはり不意打ちには驚く。
魔法陣の光に呑まれ、視界を光で染められ、それが回復した時。
「……進む方向が分かるのは好いけど、これはちょい、強引だよ……」
赤く、紅く染められた視界。熱い空気。燃える大気と燃え燻る大地の世界へと、トキヤは単身、放り出されていたのであった。
『廃都ルツボ』とエリア情報が通知され、未到達エリア扱いかエリアマップが自動に開き位置を印す。トキヤの記憶によれば、その位置は従来の地図では都市国家間を移動する街道そば、単に高低差の激しい禿げ山の山脈である。
見回せば、天井は高いが溶岩のデザインで作られた巨大なドームとも思える印象であり、ここは山脈内の山の中の大空洞らしいと想像ができた。
「……東京ドーム何個分だろう? いや、それより!」
足踏みだけでパキバキと割れるガラスかタイルのような大地。そこに立つ自分の周囲を慌てて見回せば──
「あった!」
やや離れた位置に人が10人は乗れるような正方形の岩の舞台を発見。このてのエリアには当然有るはずの、他のエリアへの転送装置である。
舞台に乗ればウィンドウが開き、跳べるエリアの一覧が表示される。トキヤが今まで到達したエリア全てが選択に載り、『廃都ルツボ』と、今居るエリアも選択不可状態で表示。再びここを訪れる事ができると確認もできた。
「ふう……」
もうトキヤに昨夜のような落ち込みの気持ちは無い。進める道があれば気力は漲れる。むしろ、マヤヤに誰も知らない初めてのクエストをあげられるという満足感すらある。
少年故の短絡さである。
しかし『唐揚げ定食』メンバーが居れば、軽く笑える好ましさでもある。
だからトキヤは、意気揚々とメールを送る。
「イワオ。呪いの解除クエストが発生したよ。座標は……。そう、迷宮扱いで転送できる。一端モタルサに跳んで……」
簡単に流れを伝え、後は帰ってからと転送でモタルサへと移動するトキヤ。
高揚していたトキヤとしては、仲間が喜んだ顔で迎えてくれるだろう。そんな気分でモタルサへ跳ぶ。
ところがいざ、モタルサで仲間と再会してみれば、皆が口をアングリと開けていた。
それに困惑するしかない、トキヤなのだった。




