彼女を巡りて1h⑦
ウスネが王子の送迎を受け、エヴァラの屋敷へと到着する頃。
カッツェは種族特性を存分に発揮し、宙を跳び続けて目的地へと到着していた。
プレイヤーショップ『ジョージ武具店』である。
剣や斧の武器類。身体の一部から全身隈無く覆う様々な材質の鎧。それら定番の物の他、際どい布地のみの装備や本当に新品か? と問いたくなるような血糊付きの大鎌など、質も量も多岐に置かれる総合武具店である。
これでいて、店舗自体は“屋台”と言っていい規模である。リヤカーその物の荷車の上に少量の見本を展示するショーケース型の箪笥が置かれ、それを土台に隣の地面に二畳ほどの広さのキャンプ用シェラフで屋根が張られている。屋根下の地面には敷き布を敷いて格安の投げ売り品を並べる場所となる。敷き布は店主が座る場所でもあり、主にその商品を挟んで、店主は客と向かい合っての商談となるのである。
「お、さっきメールしたってのに、何か用事でもできたんか? ゲロスケ」
「“何か”じゃねえヨ。何だあのメールの内容?」
「そのまんまなんだがなあ。ほれ、ゲロスケからのスクショ」
店主が周囲からは見えないよう細工した画像が、カッツェの前に展開される。内容はカッツェが今し方まで観ていた物と全く同じだ。店主が特殊な再生方法を選択しているのか、連続スクショは最適スピードで連続再生され、まるで動画のような雰囲気である。
「あの装備に、どうやったらそんな機能付けれんだヨ。貰った時にチェックしたけど、そんなこと欠片も書いてなかったゾ?」
「んなこたあねーぞう。もう一度見てみろよ」
「えー?」
店主に言われたとおり、革鎧の装備を見てみれば──
【装備属性(呪い/限定)cd-712h:視覚共有(従)・聴覚共有(従)・嗅覚共有(従)】
認めたくない事が記されていた。
「こっ、ここここっ、コレ!?」
「ゲロスケの視覚聴覚嗅覚をオレへと共有させる、呪い属性のスキル付与な。『cd-712h』は共有期間が後712時間っ意味な。あー、呪い属性ってのはな、発動した時点で表記されるんだわ。段階式は組んでねーから、一ヶ月後には普通の装備になるぞ」
「ななななっ、なんっ、何でこんナ!?」
「装備付加のスキルにしたら、その装備外したら作動しなくなるだろうが。その呪い、もうゲロスケに“定着”してるからな。迷宮以外の、日常の新人ちゃんのスクショも、たーんと撮ってくれってこったよ」
「そうじゃねーーーってノッ!」
「おわあっ、……何テンパってんだあ?」
中々に、話の噛み合わない二人である。
その後、カッツェの仲間の状況を聞いた店主は、自分のウィンドウから『鬼魂の鎧(色々)』に関する情報を検索していた。
「『鬼魂の鎧(銭奴)』なら過去に出てるなあ」
微妙に名称が違っていた。
「まあ、“人によって変わるしな”。この鎧のクエストは着用者の“餓え”の数値で発動する。何に餓えていたか? そりゃ人それぞれだろう。だから、着用者が求める願望に沿ったスキルを構築するんだな。つか、そいつかなり欲求不満なのかよ?」
店主の情報網はかなり広いのか、『唐揚げ定食』メンバーが自力での調査では匙を投げたクエスト内容を、あっさりと見つけ出した。
店主が発見したクエスト内容の主は、金銭欲の強い者であった。鎧を得たことで所持金を効率的に増加させるスキルを幾つか発現させたが、反面、金額の限度を考えれない精神状態に固定されてしまった。配当金の良いクエストを事前に知れるスキルや、モンスターから得られる素材を高品質化するスキルなどなど、“何のため”に“金が欲しい”のか? が分からなくなったまま、『金を貯めるために金を欲する』という状況になってしまった。
「結局、そいつは“金を貯めるため”にToLを引退したらしいな。なんせゲームは金を使うからな」
「……すげえなあ……、呪いっテ……。ていうか、じゃあ『呪い』の解除はできないってことカ?!」
「あー、いや。そんなことはない」
守銭奴と化したプレイヤーをマトモに戻そうと、当時の仲間が奔走した記録があった。だが精神の汚染が酷かったために結果を出せないまま、途中で引退してしまったのである。
「情報を信じるなら、『呪い』は一度完了させなきゃならない。そうなって初めて、解除用のクエストが発生する。ま、途中で挫折したクエストだからな。その解除用のクエストが本当に解除できるのかは、オレも知らねえ」
店主の言葉は、可能性ではあるがそこまでのものでしかない。が、カッツェにしてみれば、動く方向が決まったどけでも助かる言葉である。
が、問題は──
「それで、欲求不満のソイツはクエストを“進行できる精神”なんかね?」
「んー、どうだろうナア。あいつ、マヤヤ第一で動いてるもんナア」
「若いねえ。……じゃあ、案外楽に行きそうかね」
前例の失敗は、解除クエストに金を稼ぐ要素が無かったせいである。そのせいで呪いを解く本人が積極的に動くどころか、妨害に走ったのだから。
それに比べれば、今回の被害者は目の前に“女”をぶら下げればいいのだから。
「あでも、『呪い』の効果って仲間全体に影響来るんだよナア……」
「ほむ、他者感染型か。下手すりゃ公衆の面前でモザイク祭りってか。それはそれで……面白い?」
「いやソレ、キツいからナ!」
完全他人事の店主にカッツェが突っ込む。店主にとっては他人事なので、当然と言えば当然なのだが、見逃せる部分ではない。
「ふー……む。まあ、ゲロスケにゃ期待以上のスクショを貰えたからなあ。つか、“アレ”以上のエロトラブルが頻発したら価値が下がるもんなあ……」
「売るんじゃねーゾ!」
カエルの面相で器用に造ったジト目で睨むカッツェに、露骨にそっぽを向く店主である。
が、それも一瞬。店主は不気味に“ニヤリ”と笑い、不適な言葉を自信タップリに紡ぐ。
「面白そうだから首突っ込んでやろうか。『呪い』? んなもんとうの昔に遊び倒してんだ。サービスの『呪い』とオレ様の『呪い』、どっちが上かやってみようかねえ」
何処か惚けた表情の店主であったが、啖呵をきったとたん、やたらと獰猛そうな面相へと変わる。
その勢いに呑まれたカッツェに“人殺し”のような物騒な視線を向けた店主は、まるでそれが普通のように“命じる”。
「おう、そのエロ坊主。さっさと呪い漬けにして連れてこい。オレがチャッチャと綺麗にしてやんよ」
極々一般の社会で生きる大学生に過ぎないカッツェである。
“モノホン”の臭いをプンプンさせる男の言葉に、ただ、首をガクガクと縦に振るしかなかったのであった。




