彼女を巡りて1h⑥
「えぐ……ひぐ……。“呪い”? 何だウスネちゃん、そんなものに振り回されてるの?」
「ワタシじゃないんだけど。ある意味呪われた本人はどーでもいいんだけど。ちょっと親友に飛び火して困ったの。というか“エヴァねえさん”、呪いのアイテム関係、知ってるの?」
「知ってるも何も、ぐすん。……とっくに解析し終わってるシステムじゃない。今更何で騒いでんのって感じ?」
唖然とするしかないウスネである。
ほぼ同時刻、カッツェも唖然としていたのだが、それはまた後に語る事であった。
「例えば、ほらコレ」
エヴァラがストレージから取り出したのは、リップクリームほどのサイズの青いクリスタルで、中にトロリと粘る無色の液体を満たしていた。
ゲームではお馴染みのポーションを実体化させたアイテムオブジェクトである。
「この中の薬効は『状態永続化』。私が彼氏をテイムした時に使うのね。データ的に言うと、テイムの効果時間設定を“カウント無し”に書き換えるの」
それはテイムのシステム自体を書き換える事である。
「ウスネちゃんの言う症状なら“コレ”ね」
と、エヴァラが別のポーションを取り出す。
「『スキル生成構成薬』。服用者の思考ロジックを抽出して、まとめて整頓。それが済んだらアバターへスキルとして登録。ゲーム的に思考を効率良くする機能があるのよ。もっとも、人によっては感情抑制が効かなくなって、アバターが壊れるけど」
アバターとは、プレイヤーの思考を反映する仮想の身体である。そして同時に、電気化した思考を安定させる入れ物でもある。
意志や思考を無理なく拡張し、人間以上の驚異的な行動を支える機能がスキルである。例えジョブとして所持するのが定番なスキルだとしても、そのアバターを構成する意志に過剰な負荷となるならば、負荷を増長させる系統のスキルは封印される。また本来はジョブ的に所持されないスキルでも、アバター情報から作成し、ジョブ行動の別方向からのサポートに使うことで行動の負荷を減らそうと働く。スキルの基本はそういうものである。
だが、『呪い』の機能は、そういうバランスをいっさい無視し、強引にスキルを付与したり、アバター情報を変更する物なのである。
特定のスキルをアバターに書き込むだけならば、そのスキル対応の行動で抑制も可能だろう。だが、本来アバターが欲する機能を過剰に強化してスキル化し、アバターの特性として固定したらどうなるか?
感情の面で『怒りやすい』者ならば『倒れるまで暴れる』。そんな極端な精神状態へと強制的に変えられてしまうのである。
質が悪いのは、そんな精神状態をゲーム中は違和感として自覚し辛いという事である。そして、その精神状態はアバターのみならず、本来の精神にも行動原理として焼き付けていくのだ。
「上手く使えば本当に好い機能なのよね。彼氏の“好意”が自分に向けて絶えず働くようにすれば、彼氏はそのうち好意から愛情を育ててくれるんだから。その愛情は彼の育てたものだから、自分とって理想通りとは限らないけど、本物よ。後は自分の方でもその愛情を受け入れる努力を怠らなければ、ね」
ウスネが呪いのシステムを解釈している内に、エヴァラはまた別のポーションを取り出していた。分かりやすく“♡”の絵柄が印されていることから、『惚れ薬』であることは明確だ。
「つまり、『呪い』のシステムは、今物を考えるシステムに介入して、洗脳しちゃうって……こと?」
「ゲーム内限定か、生身の方もかってのは、個人差だけどね。それと、発現方法も種類有りすぎよ。私の専門なら、これらの方法に偏るってことね」
「自分の意識の極端化……、と、強制的な思考の誘導……。スキルはあくまで“ついで”」
「極端化なら生身まで汚染されても、リハビリで解消可能よねえ。でも誘導はどうかなあ、洗脳だから強めに書き込もうとするだろうし、巧みに拒絶しない流れにするだろうし。因みにどんな子がどんな風な感じになっちゃったのかな?」
ウスネは説明下手である。エヴァラには『変なスキルが次々発生して、トキヤがエロくなっていく』ぐらいしか伝えられてない。
トキヤ自身に影響する変化はエヴァラの解説でほぼ収まるのだが、トキヤ以外の周囲に影響を与えた結果については、全くの盲点となっているのだ。
今、ウスネが自らのステータスを確認し、パッシブのスキルを確認したなら驚いたろう。『異性魅了』や『堕落誘発』のレジストに失敗しているウスネには、その効果に対応する形で新たなスキルが刻まれていたのだ。
『情欲恋慕』と命名されたスキル効果は、“好意対象に対するハラスメントパラメータの過剰偏向化”である。スキルが発動するのは好意対象の前とは限らない。視覚を始めとした五感への刺激。記憶の再現、つまり“想う”事による刺激。それによって特定個人への過剰化した上昇数値が記録され、そのまま下降せずに固定される。さらに発動毎に累積されていき、最後には抑制が不可になるほど高まった時点での暴走である。噛み砕いて書けば『色狂う』。
その結果による行動方法は千差万別だが、時と場所と相手によっては傍迷惑以外何者でもない必殺の時限爆弾であった。
当然、同じ状況に曝されたマヤヤにもスキルは刻まれている。ウスネよりも遥かに重症な状態で。
「んー、個人名は……伏せようっと。高二で男子。中肉で背はちょい高め。でも肩幅広めで見た目は一応、体育会系。おっぱい主義者で親友見る目つきには注意が必要の要注意野郎、だね」
「……で、危ない呪いって?」
「自分はおろか周りも巻き込んでエロい空気振りまいてたなあ。親友なんかモロに感化されちゃってて、なんていうかもう、身体の芯の部分でガラス引っ掻いたような感触植え付けられてさあ……」
「はいウスネちゃん。ステータス見せて!」
「え?」
「は・や・く!」
そのてのプロの指摘に言うとおりにしてみれば、知らぬ間に存在していた危険なスキルを目の当たりにし──
「なんじゃこれーーーーえぇっ!!」
と、女子にはあるまじき絶叫を迸らせたのであった。




