彼女を巡りて1h⑤
「うふふふふふふふふ。ウスネぇ、お久しぶりぃ」
ロレンス酒場より一馬力で約5分。ほぼNPCのみの集落で構成された別のオアシスに、何時の間にかそこそこ大きな“プレイヤーハウス”が建てられていた。居城に区分されるサイズで、“城”というよりは“屋敷”か“邸宅”と呼べる印象である。プレイヤー個人で所持するのには限界ギリギリの巨大さである。
エリアチェックで地図に表記された名称は『バーベキュー味邸』。意味不明も甚だしい代物であった。
だが此処が、紛れもなくプレイヤー『エヴァラ』のモタルサ拠点である別邸なのである。
ウスネは既に“頭痛が痛い”。寄りまくる眉間のシワで蟀谷が痛み、その痛みから仮想の脳内が破裂するような圧迫感を感じて痛い。
正に痛みの二重奏なのである。こんな部分まで再現しようとするVR技術を恨めしく思うウスネである。
そして、頭痛の原因を生み出すエヴァラの全てが恨めしかった。
思い出したくなくても、思い出してしまう。つい5分前の事から──
待ち合わせを伝えられて、嫌々ながらウスネがロレンス酒場に近づけば、既に“迎え”は到着済みで、しかもウスネを大声で名指しそばに来た。
「おおぉおおおお~ぅ! セェ~ニョゥッ、リィィ~トゥアアァ~!」
一言で言えば、迎えは“王子”である。お伽話に登場するような綿の詰まりまくった真っ赤なプールポワンで逆三角形の上半身。逆にピッタリピチピチと黄緑色のタイツで細く締め付けられた下半身。ガテンでゴツい面相なのにブルネットのオールバックの長髪で、頭頂部には小さな金の王冠が鎮座している。実に、如何にも、欧米アニメの印象強い王子様、である。もちろん毛並みが良すぎてビロードのような光沢付きの白馬も一緒である。
「セニョリータ~、お迎えにまいりまし~た~」
声帯が筋肉で詰まっているような、やたらとドスの効いた声なのだが、そこらも含めてウスネが口調につっこまないのは、既に何度も聞かされた定型文であったりするからである。
「……チャッピー王子、相変わらずですねぇ……」
「んふふふふ~ん! 愛するエヴァラの、たぁ~めぇ~ならぶぁ、ボォクはぁ、畜生~ぉぉの、如~く働ぁくの、さあぁ~!」
野太く張りのありすぎる声で、ヅカ調に吠え……ではなく囀るチャッピー王子である。
ウスネが普通に接しているが、彼、チャッピー王子はNPCである。キキキル地方の都市国家ヒューゴウの第一王子で、老境の現王に代わり、戦では総大将を、治世では摂政役をと、実質、ヒューゴウを統治している役割のNPCなのである。
いや、正確には“であった”。過去形である。
『隷調教師』であるエヴァラの毒牙にかかり隷属化され、以来エヴァラを守る守護者として、国を放ったらかしているのだ。エヴァラの命令ならば、使い捨てのスマートミサイルのように激しく過激に鬱陶しく行動する頭の痛いNPCなのである。
因みに、重要な役回りのNPCなので、彼を起点にするクエストが多々あるのだが、エヴァラの僕状態であるために、それらのクエストは履行不可能となっている。
『トリオン・オブ・ラビリンス』のサービス側も頭を抱えている状態なのだが、プレイヤーの行動を尊重するのが基本姿勢なので、今のところ何の打開策も導入されていない。故に、ヒューゴウ関係の重要クエストは実質閉鎖状態と言えた。
そんな重要人物に傅かれて、優雅に馬上へと迎えられたウスネが、王子と共に駆けて行く様は一部のサイトで画像付きでアップされた。
夜の街だったおかげでシルエット程度の画像だったが、それでウスネの表情が隠れたのはサイトの主の幸運である。もしウスネの表情がハッキリと写っていたならば、とても使える画像ではなかったろうから。
だが、どのような表情だったのかは、ウスネの名誉のために伏せておく。
そうして送迎されたウスネが屋敷の奥へと誘われ、今、主のエヴァラの前に立っているわけである。
エヴァラは全体的に黒を基調にした姿のバーディス系獣人である。『バーディス』とは鳥の特徴持ちであり、普段は人間と変わらないが腕全体が翼となって短時間、空中戦闘を可能とする特性を持っている。
エヴァラはカラスのイメージでデザインされていて、肌が小麦色である以外はほぼ黒で染まった体毛と羽となっている。
装備と羽と体毛を巧みに組み合わせたエヴァラの恰好は、ゴスロリと言える外見にまとまっている。そして飛べる性質の代償に、バーディスは小柄だ。人間での小学生ほどのサイズが限界で、ウスネと並んでもなお小さい。もう子供といってもいい凹凸であり、実年齢がウスネの倍以上の女性のアバターには絶対見えない姿である。
「『香代姉さん』、相変わらずゲーム破壊してますね……」
「いやぁぁん、ウスネちゃん、本名呼びダメ! それマナー違反だから!」
そう、ゲーム運営に障害を与えているエヴァラは、ウスネの親類なのである。本名『榎原香代』。自宅警備員で家事手伝い。ウスネ羨望の都心暮らし。趣味に腐心する腐った系統のヒト。『トリオン・オブ・ラビリンス』では自力で成し遂げた“逆ハー”環境にプレイヤーから賞賛と罵倒を贈られ、サービス側からも嫌み半分で『邪悪厄隷嬢』の正式称号を贈られた真正の廃人である。
「いやー、マナー違反の権化から言われてもー、……また増えてるし」
ウスネの送迎が済んだチャッピー王子は音も無くエヴァラのすぐ後ろに控え、妖しい手つきで黒い幼女のウナジを撫でる。一瞬“ピクリ”と擽ったそうに反応するが、騙されてはいけない。この一連の動きは、全てエヴァラ自身がチャッピー王子を動かしてやった自作自演である。
そして、チャッピー王子が参加するより前から、エヴァラは様々なタイプの男性NPCに囲まれ、擽られ撫でられ続けている。全員、何処かの都市国家から強奪してきた“美形”NPCであり、チャッピー王子同様、ゲーム的に居なくなると危険な重要人物ばかりである。
ウスネの記憶が確かなら、エヴァラの爪先の脚指を描写不可能な恰好で描写不可能なテクで舐めあげている十代未満の美少年は、モタルサの防衛を担う対オーガの要、キルジ将軍の末っ子である。病弱設定の彼のため、滋養強壮の食材探しや護衛をしながらのトカゲ狩りなど、乙女プレイヤーには生唾クエストの配信起点NPCとしての超有名人である。
全財産をカケてもいい。今日、エヴァラがこのモタルサにいるのは、この末っ子を獲物として狩ってきたためだろう。そう確信しているウスネである。
「うふふふふ♪ 気づくわよねぇ。レミリオ君、かぁわいいわよねぇ」
再び『頭痛が痛い』エフェクトに襲われるウスネであった。
早々に問題を終わらせて去らないとメンタル的に死ぬ。そう自分に言い聞かせ、用事を済ませようと最初の“楔”を打ち込むことにした。
「じゃあ、マナーは守ってと。“エヴァおばさん”、ちょっと時間が圧してるので早速要件に入りたいんだけど?」
“ハウッ”と平坦な胸を抑えて仰け反るエヴァラ。理由は言わずもがなであろう。
「う……ウスネちゃん……」
「今回は錬金術職人としての“エヴァおばさん”に聞きたい事があるんです」
「ひぎぃ!!」
今度は悲鳴付きで仰け反るエヴァラである。主の不安定な体勢をそっと支えるNPC達がイジラシイ。
「本当に時間無いんで、ボケ無しでお願いしますね“エヴァ汚ばさん”」
「うわぁぁぁん! ウスネちゃんの意地悪ぅー!」
年甲斐無さ過ぎで爆泣きしたエヴァラであった。腐りきった彼女ではあるが、実は案外“ピュア”でもあるのだ。




