27 嵐を呼ぶロックユニット
ブログ掲載日*二〇一三年九月一一日(http://ameblo.jp/midorimushi-show-bow/entry-11604045831.html)
テーマ*飛行機
春子は想像していた。
飛行機といえば、偉い人が手を振りながら、フラッシュを浴びて飛行機の出入り口からタラップを降りてくるニュースの映像だ。
だから飛行機に乗り降りする際は、タラップでいちいち上り下りするものだと思っていた。
飛行機は大変大きいらしい。
そのすぐそばに行って「わーおっきい」と自分は思うのだろう。
そしてルミカちゃんと一緒に喜ぶのだ。ルミカちゃんならきっと飛行機に対する感動を分かち合ってくれる。
そういう心積もりだった。
ところが春子が修学旅行先の沖縄に向かうジャンボジェット機に乗り込むとき、まったくそんなタイミングはなく、通路を歩いていたらいつの間にか機内に着いた。
そこでやっと春子は自分の勘違いに気が付いた。
ジャンボジェット機を外から近くで見上げるタイミングなど、ないのだと。
そんなプチショックを抱えて春子は、中学二年生の秋の修学旅行に、初めての飛行機で旅立った。
「春子ちゃん飛行機初めてだったの?それでも、高いところ大丈夫なのね」
と、中学校に入学してからまた学校が一緒になったルミカちゃんが言った。
飛行機の席割りでルミカちゃんと隣同士になった春子は、窓際の席になった。ルミカちゃんが「高いところ苦手なの」と言ったからである。
「えっ、ウソ!!」と思ったけれど、口には出さず春子は黙って窓際の席に座ることにした。現在、角の丸い四角い窓の外には白い雲が眼下に広がる。意外と下を見ても景色が見られないと春子は知った。
「もうちょっと景色が見れると思ってた。富士山が見れたのは嬉しかったけど」
「意外とそうでもないのよね」
ルミカちゃんは肩を竦め、ふんわりした色素の薄い髪を撫でつけ、眠そうな目をした。空港に午前五時集合だったので早起きしなければならなかったので、仕方ない。ほどなくしてルミカちゃんは目を瞑った。
春子は初めてだらけなので目が冴えまくっていたので、また外の景色に目を移した。
中学校で再会したルミカちゃんは、ふんわりした中に、どことなく沈んだ雰囲気を持つようになっていた。
メールや文通を続けていたし、互いの家にも時々行き来していたが、転校先の小学校で色々あって、学校自体があまり好きでなくなったらしい。ルミカちゃんは中学校では言葉少なになった。
春子はそれが心苦しい。小学校でも、もう少し何かが出来たかな、と思った。
だから中学校に入ってから、もっとルミカちゃんのために頑張ろう、という気になった。中学一年生の頃に別のクラスだったルミカちゃんが陰口を言われていると聞いて、ルミカちゃんのクラスに乗り込んで行ったのは暴走じみていたと反省しているが。
ルミカちゃんの机の側を囲んでわざわざネチネチ悪口を言っている女の子たちを発見し、頭にきた春子はモップを持って女の子たちを追いまわしてしまった。後で先生にすごく怒られた。ルミカちゃんへの陰口は止んだらしいが、あれ以来、学年中の同級生に遠巻きにされている気がする。
「遠巻きにされているくらいが、丁度いいや。わたしは春子ちゃんがいるから平気」とルミカちゃんは言っていた。ルミカちゃんはそのとき微笑んでいたけれど、何だか前とは違うふうに笑うなと春子は思ったものだ。
中学二年生になってから、先生が粋な計らいをしたか、春子とルミカちゃんは同じクラスになり、遠巻きコンビとして仲良くしている。
もっとも、遠巻きコンビと仲良くしている変わり者もいる。
「ルミカちゃんもう寝てるの?勿体ないわねぇ」
と、後の席から春子とルミカちゃんの席を覗き込み、少し嫌味っぽく言うのはユキノちゃんである。
む、と春子が見上げると、ユキノちゃんの隣からもう一人顔を出した。
「飛行機じゃUNOもできないから仕方ないよ。私もなんだか興奮して落ち着かないみたい。本も読めないもん」
背が高く、旅行先にも本を手放さないのはキヨミちゃんだ。
小学校五年生のときに、ひょんなことから春子と関係が深くなった二人は、中学校になってからも春子と色々喋る同級生である。そうした関係から、二人はルミカちゃんとも話をするようになった。
四人でいると、少し変わり者同士であるためか、なかなか会話が噛み合わないこともあるが、概ね仲は良好といえる。ユキノちゃんは相変わらず少し嫌味っぽいし、キヨミちゃんは黒魔術の本とか読んでいるし、ルミカちゃんは天然である。
そして、相変わらずといえば、春子も相変わらずだった。
ユキノちゃんとキヨミちゃんを見上げた拍子に、ぬらぬらした異形のものが四本足で飛行機の天井を急いで移動していった。
む。
「UNO持ってきたの?」
「持ってきたよー。ホテルでやろうよ」
「消灯時間があるのが恨めしいわね」
春子はヤツが通り過ぎるのを見送り、ユキノちゃんに視線を戻した。
「意外と楽しみにしているんだ」
「・・・悪い?!」
「ううん、春子も楽しみ」
ユキノちゃんは何故か顔を真っ赤にして、顔を引っ込めた。キヨミちゃんが肩を竦めて、座席に座る。
ユキノちゃんは癇癪持ちというやつだ、と思いながら春子も座席に座り直し、うつらうつらしているルミカちゃんを眺め、それからまた電球のようなものがフワフワ浮いて機内を移動していくのを眺め、何ともいえない気持ちになった。
春子は、「脱妖怪」の孫という、異色の出自を持つ。
そのため、変なものや、おかしなものに遭遇しやすい。
春子がよく読む物語だと、幽霊や妖怪が見える子供は、やがて大人になったら見えなくなるパターンが多い。
だが、春子は中学生になって、思春期を迎えても、依然としてそんな気配はない。
祖父に訊ねたら、ぷくぷくと笑われた。「おぬし、おぬしの母を何と思うておる」
確かに春子の母も、大人になっても変といったら、変である。
何か見えるのはおもしろいし、不思議な出来事も経験になる。だから、不都合はないのだが。
飛行機も変なものの移動手段になってるんだなぁ、と変な感想を抱く自分に何とも言えない気持ちになるのは、否めない。
いや、おもしろいからいいけれど。
機内で騒いでいる男の子たちが、先生から注意を受けた。
白いワイシャツ姿が幼い中学生たちは、親や学校から離れて向かう修学旅行に湧いている。
早朝に起きなくてはならなかったわりに、興奮して皆元気である。
春子の隣では、薔薇色の頬をしたルミカちゃんが夢の世界に旅立っているが。
高いところ苦手って、あの不思議体験忘れちゃったのかなぁ。それともあれは特殊だったのかなぁ。
ルミカちゃんと夢の中のような世界を進んだことを思い出して春子が考えていると、ふと飛行機の窓の外に何か空の上に有り得ぬものを見た気がした。
もう一度見て、春子は視線を外す。
前の座席のモニターとネットのポケットを眺め、落ち着け、と自分に言い聞かす。
今見たものは、一体何だ。
白い雲がなめらかに広がっている空の上。
春子は、もう一度、窓の外を見た。
飛行機から少し離れた、白い雲の上に、ドラムセットを周りに配置して座っている金髪のお兄さんがいる。
なにあれ。誰。
唖然として眺めていたら、下を向いていたお兄さんが細長い棒を持っている腕を振り上げた。
―――ダンッ!
その音を始めに、彼は金髪を振り乱し、激しくドラムを叩き始めた。
春子はロックやパンクの音楽や、ライヴを知らない。
だが、時々、テレビの音楽番組でバンドの演奏を放送しているとき、その姿を一瞬垣間見ることがある。
だから、あれはロックかパンクかのドラムなのだろう、と思った。
ドラムセットには矢鱈シンバルが取り付けられており、お兄さんはシンバルを横から一気にすべて叩きまくっていく。
春子のもとまで、その音波の震動が伝わってくる。
どこかわくわくする、高揚感を伴うリズムが刻まれていく。
春子の目は雲の上の金髪のドラマーに釘付けだった。
と、ドラマーがスティックを振り上げ、髪を振り乱し、見事なドラムを披露しているところで。
もくもくと、白い雲が渦巻いて変化を始める。
ぽかーんと見ていた春子は、なんとなく怖い気がした。
金髪のドラマーの周りの雲がゆっくり起きあがって、増えていき、白かったものが、黒くなっていく。
ピカッ
光ったのは稲妻だ。
ゴロゴロという雷の音に合わせてドラマーは気持ちよさそうに低いバスドラムを轟かせた。
天気を操っている。
春子はぽかーんとして眺めていた自分に気付いて、はっとした。
ちょっと待って、あれって異常事態ではないか。
そう思っていたら、窓の前に黒髪に角が生えた男の子がギターを掻き鳴らして通り過ぎて行ったので、春子は完全に頭が真っ白になった。
次の瞬間、飛行機が揺れた。
『お客様にご案内します。気流の悪いところを通過するため、座席にお着きになり、シートベルトを締めて下さい。』
アナウンスが流れて、機内はざわついた。
春子はルミカちゃんを起こそうかと思ったが、高所が駄目だと言っていたのを思い出して止めた。夢の中にいる間に飛行機の揺れが収まっていた方がいい。ルミカちゃんの安眠を妨害しないようにシートベルトをつけてあげ、自分もシートベルトをした。
雲の向こうにいる金髪のドラマーは未だにドラムを叩きまくっている。シンバルを打ち鳴らす度に雷がピカッピカッと光り、黒雲を引き裂くように放電している。雲の中では雨もざあざあ降っているらしく、嵐といっても過言ではない。
あの黒髪の男の子はどこ行ったのかと思っていたらまた春子の窓の前を通り過ぎた。今度はニヤニヤしていた。ギターを掻き鳴らしながら空を縦横無尽に飛んでいるらしい。彼が纏っている長い布が風に膨らんでいた。
と、また飛行機が揺れた。
春子は若干気持ち悪くなりながら楽しそうな二人を眺めた。
やがて、その空を通過する。
窓に張り付いて、外を、いや雲の上のドラマーと空飛ぶギタリストを見ていた春子に、二人が大きく手を振って見送った。
わけが分からな過ぎて、叫び声も出なかった。
「っというのを見たんです!一体何だったんでしょう、あれ!!」
春子はホテルのロビーにある灰色の公衆電話で、電話相手に小声で興奮しながら訊ねた。
沖縄滞在一日目。
バスで平和記念公園に行き、地上戦の資料館を観て、語り部の戦争体験を聞いた春子は、悲惨な沖縄戦を知って、悲しい気持ちになった。戦争は歴史のようで、歴史ではないのである。人間の悲しい体験に、苦しい思いに、春子は色んなものを感じた。
それからソーキソバを初めて食べた。美味しかった。
そんな印象深い経験をした一日だったので、すっかり忘れていたのだが、自由時間にホテルの部屋でルミカちゃん、ユキノちゃん、キヨミちゃんとUNOをしながら話をしていて、思い出した。
「そういえば、飛行機揺れたね。あれ結構怖い」
「え?わたし多分そのとき寝てたわ。知らなかった」
「ルミカちゃん暢気だねー」
あっ!!!
そういえばドラムと金髪のお兄さんと雷と黒髪の男の子とギターと飛行機の揺れ!
声には出さないものの、突如思い出した飛行機の空の出来事に春子はいてもたってもいられず、UNOのカードを放り出して電話をしに行った。
電話の相手はふふふ、と笑った。
『何だかおもしろいですね』
「・・・そうですが」
電話の相手はミヨコさんという。春子よりも年上で、お寺で尼さんをやっている。
この人は祖父の知り合いの脱妖怪の孫という、春子の同類である。不思議遭遇経験としては春子より豊富なので、春子は小学五年生のときに祖父の紹介で知り合って以来、慕っている。
ミヨコさんはあっさり言った。
『推測するに、それは風神雷神なのではないでしょうか』
「・・・フージン、ライジン?」
『春子ちゃん、その金髪のお兄さんは、ドラムを叩いて黒雲を起こし、雷を落していたのでしょう?』
「はい」
『それから、黒髪の男の子は絹に風を孕ませて、ギターを弾いていたのでしょう?』
「はい」
『空の上にいるのだから不思議な奴らに決まっています。総合しますと、特徴が一致するのです、風神雷神と。ギターはよく分かりませんが。イメージとしては、そうですね、俵屋宗達の風神雷神図屏風が有名です。美術の教科書で見たことがありませんか?』
春子は電話口で固まった。
見たことある。
美術の教科書だけならず、歴史の資料集にも載っていた。
鬼のように目がぎょろぎょろしたもので、でんでん太鼓を持ったのと、布を持っているのとがいた。
「ミヨコさん」
『はいはい』
「金髪で、ドラムを叩いてました」
『ロックですね』
「ギター弾いてました」
『エレキですか?』
「エレキです」
ミヨコさんは納得したように言った。
『じゃあ、最近の風神雷神はきっとロックなのです』
「・・・・・」
『おもしろいものが見れて、よかったですね』
飛行機の窓に張り付いて激しいドラマーと空飛ぶギタリストを眺めた自分を思い出す。
「はい。おもしろかったです。・・・すいません、突然電話して」
『いいえ』
そう言って、ミヨコさんはふふふと笑った。
帰りの飛行機でも雲上のステージが観れないかと春子は期待したが、それは叶わなかった。
そんな簡単に見えるものではないらしい。残念だけれど、行きは運が良かったのだと、春子は思うことにした。
しかし、ある日CDショップで春子は『Fu-Jin&Rising』というロックユニットのCDがあるのを見かけた。
何となく気になって手にとったら『稲妻の如く現れた風雲児!!』とキャッチコピーが目に入って春子は悟った。
あの人たちだ。




