23 特権的天才サル
ブログ掲載*二〇一三年二月一一日(http://ameblo.jp/midorimushi-show-bow/entry-11416590385.html)
テーマ*きのこ
茜色に燃えるようだった校庭の桜の葉もすっかり落ちて、黒い枝を晒して淋しい景色となった。
その幾本か並ぶ桜の中の一本に、大きく張り出した皿のような、瘤のようなものが根元に生えていた。
桜の黒っぽい幹の木質とは異なり、灰色をしていて、桜の幹を囲むようにしている。黄色く変色している部分もあって、病んでいるみたいだった。
円盤のようだから、小さい鳥などはその上に乗れちゃいそう、と思っていた春子だったが、それの名は「サルノコシカケ」というのだそうだ。
何故それを知ったかというと、「サル」と名乗るモノがそこに腰かけて、声をかけてきたからだった。
「おい、そこの女。これは『サルノコシカケ』というんだ。知っているか」
振り向くと、そこにけむくじゃらの何かが座っていた。
桜の木から生えている皿のようなものと似た灰色をしていて、ふわふわした毛並み。ニホンザルに見えるが、体長は二~三十センチくらいで、小さい。
おまけに両目がなく、その部分はのっぺらぼう。歯を剥き出してニヤニヤしていた。
声をかけてきたのは間違いなくそいつであったので、春子は失敗したなぁと思いながら、つっけんどんに答えた。
「『これ』って何。どれのこと」
「オレが座っているコレだ。『サルノコシカケ』というのだ」
「知らないよ。初めて知った」
横柄な物言いとイヤな漢字。面倒臭い、異界のおかしなモノに絡まれたに決まっていた。
そいつは喜々と笑って、言った。
「人間が知らないのか。そりゃケッサクだ。オマエたちがナヅけた。オレらがこの上に座るからだ」
「あなた何?」
「オレはサルだ」
キキキキキキ。
歯を剥き出して笑う。
桜の幹に頭をこすり付けるようにして、サルノコシカケにふん反り返る。
春子は頬を掻いて、そいつを観察した。確かにサルっぽい。しかし、喋っている、その仕草が人間ぽいが、わざとらしい。人を下に見る言い方や、馬鹿にするようなニヤニヤ笑いは、下品で不愉快な感じだ。
春子の背後では、四年生のみんなが、体育の時間のキックボールをしているはずだった。春子のいるCチームは観戦の番で、AチームとBチームが試合中だ。確かに、駆け足音や、審判の声、声援や激励が飛び交っている。が、それらの喧騒がうんと遠くに聞こえる気がする。
それだから、あえて春子は校庭を振り返らなかった。今、自分が目の前のおかしなやつと向き合っている状態で、授業中のみんなとの距離を確認してしまえば、戻れない気がした。
赤帽。白い半袖の体操着。紺の半ズボン。寒いのに教師に指定されたこの格好を、強く意識する。そう、春子はあっちの仲間だ。目の前のこいつに偶々声をかけられただけ。
キキキキキ。サルは笑う。
「オマエはオロかな人間だ。オレよりモノを知らない、それはオレらより下等な人間の女というコトだ。オレが人間というモノを教えてヤル。オマエはオレの嫁にナルんだ」
うげ。
春子はぞっとして身震いした。こんな嫌な獣のお嫁さんになんて絶対なりたくない。
「なんで」
「サルノコシカケも知らないなど人間のクズだ。だからオレの自由にしてよいのだ」
「仲間と結婚すればいいじゃない」
「オレはカシコいからサルの女など見合わないのだ」
キキキキキキ。
目のない顔で笑いながら、腹のあたりの毛を掻きむしるサル。
春子は自分が失敗していたことに気が付いた。こいつは最初からそのつもりで、「サルノコシカケ」をネタに春子に声をかけたのだ。
こめかみが痛くなる。これが人間の不審者なら、逃げて担任にでも警察にでも言いに行くところだ。しかし、こいつは春子にとって本当の事であっても、校庭の喧騒の方では存在しないものである。
赤帽をとめるゴムを顎の下にじっとりと感じながら、春子は話の通じない獣相手にどう乗り越えるか考えた。このままではいけない。何か持っていなかったかと、ポケットの中を探る。
サルはサルノコシカケの上に乗っかって、身を乗り出した。
「オレは他のサルより秀れているか人間のようにカシコい。しかも人間よりモノを知っている。オレのようなサルは他にはいないのだ。このように身体も他のヘイボンなケモノとは違ってきた。オレが特権的天才サルである証だ。だから嫁も人間の女にするんだ、どうだ、ウレしいだろう」
キキキキキキ。サルは笑って、サルノコシカケに腰かけた。
春子は後ろ手を組んで、サルと向き合った。
「そんなにすごいなら、花を咲かせることはできる?」
にわかに、サルは黙った。
首を傾げ、頭を掻いて、落ち着かない様子で答えた。
「ハナ?サかせるとは。うむ・・・できる、できるぞ」
「じゃあ、やってみせて。そんなにすごいなら、それくらいできないと」
口を閉じて、のっぺらぼうな顔でサルは固まった。足を上げて首のあたりを掻きながら、しきりに呟いた。
「ハナをサかせる・・・ハナをサかせる・・・ハテ、どうやるんだったかな。人間はミナできるんだったっけな?」
「当たり前だよ」
「ハナをサかせる・・・それを人間はどうするんだ?」
「分からないの?」
「イヤ・・・」
「誰でもやれるよ。あなたわたしより賢いんでしょ。そんなこともできないんじゃ、人間のお嫁さんなんてとれないよ」
「できるッ」
キィッ、と喚いて、サルは全身の毛を総立たせて歯を剥き出した。
「オマエもできるんだろうな」
「できるよ」
「やってみせろ」
「いいよ」
春子は左手を出して、サルの前で開いてみせた。
ふわりとピンクの花弁が開く。薔薇の形のそれが、よい芳香をさせて、春子の掌に咲いた。
瞬間、サルは鋭く叫ぶみたいに一声鳴いて、サルノコシカケから転げ落ち、一目散に逃げていった。
ぱっ、と場面が切り替わったような景色の色彩感に、目をぱちくりとさせて、春子はもとの校庭の一角に戻ってきていると意識した。
誰かがボールを蹴った音がした。声援が飛び交う、キックボールの試合を、背中で感じながら、春子は桜木の根元を見下ろした。
黄色く膿んだような灰色のサルノコシカケは、桜の根元に絡み付いて沈黙している。
春子の汗でびっしょりの手には、ピンクの薔薇の花の造花が収まっている。芬々たる人工的な薔薇の香が漂っていた。ルミカちゃんが体育の授業前の休みにくれた薔薇のポプリだ。造花に香を染みつけたそれを、授業前ギリギリで渡された春子は、仕方なくポケットに入れておいたのだ。
ポケットの中の感触で、ポプリの存在を思い出した春子は、一か八かのシナリオを思い付いてサルの前に提示してみせた。騙せるか分からない賭けだったけれど、なんとなく、あの化け物サルには〝見えていない〟気がした。
目の部分がのっぺらぼうで、景色が見えていない、という以上に。
「春子ちゃん、次試合だよー!」
苦々しい思いでサルノコシカケを見つめていたが、呼ばれて春子は大きな声で返事をした。
ポケットの中にポプリを仕舞って、眩しい校庭を振り返った。
暫く経ってから、校庭の桜木の根元にサルノコシカケという茸が生えているから、植木屋さんが来てそれを切り取るのだという話を春子は小耳に挟んだ。
なんでも、サルノコシカケという菌類は、木に寄生して枯れさせてしまうこともあるらしい。




