63 襲ってきた暴漢たち
それから数日後、私は休暇を取った。
烈牙様の侍女になってから初めての休暇だ。烈牙様が「たまには休暇も取れ」と気を回してくださったのだ。
なので今日は魔公爵邸に来る前からの女性の友達とお芝居を見に行く予定。
その友達は子爵家の令嬢なのだけど私とは学院が一緒で仲良くなった友達だ。
名前は梢という。
私は魔公爵邸の裏口から出て待ち合わせの公園まで歩いて行く。
公園に着くと私はベンチに座って梢を待った。
すると隣のベンチに座っていた女性たちの声が聞こえる。
「ねえ。お聞きになりました?」
「何を?」
「あの魔公爵様が女性を囲っているとか」
「まあ、魔公爵様が? あの方は亡き奥方を想って女性を寄りつけないようにしていたのでは?」
「私もそう思ったのですけどルーヴァス侯爵夫人がその女性にお会いしたそうよ」
「それでは真実ですの?」
「そうに違いないわ」
私は女性たちの話を聞いて身を固くしてしまった。
その魔公爵様の囲っている女性というのは私のことだわ。
本当に噂は広まっているのね。
そこでふと私は思った。
烈牙様には想い人がいると言っていた。
私が烈牙様の愛人にフリをしていたらその女性に誤解されるんじゃないかしら。
たとえ今はその女性が烈牙様以外の男性が好きでも烈牙様に愛を囁かれたら心変わりするかもしれない。
しかしその時に烈牙様に愛人がいるという噂を聞いたらその女性と烈牙様の恋路の邪魔になる可能性は大きい。
烈牙様に愛されたいと願う私だが同時に烈牙様の幸せを第一に考えている。
やはり愛人のフリはやめさせてもらおうかしら。
でもそうすると麗華王女が猛アタックをして来るのが目に見えるようだ。
少なくとも烈牙様の想い人は麗華王女ではあるまい。
う~ん、何かいい案はないかしらね。
私が悩んでいると梢がやって来た。
「真雪! 久しぶりね」
「梢! 元気だった?」
「私は元気よ。それより公園の外に馬車を待たせているの。劇場までは馬車で行きましょう」
「分かったわ」
私と梢は最近のことを話しながら公園の外に向かう。
「それにしても真雪から連絡受けた時は驚いたわ。魔公爵邸で働くって言うんですもの」
「私は梢と違って家の跡継ぎでもないから成人したら働かないとだもの」
梢は一人娘のため今は婚約者探しをしているらしい。
「私も家のためとはいえ婚約者探しはうんざりだわ」
「フフ、梢は美人だから良縁に恵まれるわよ」
梢が用意してくれた馬車までもう少しというところで私たちの前に三人の男が現れた。
お酒の匂いをさせて見るからにガラが悪そうだ。
私はとっさに梢の前に出て梢を庇う。
「お嬢ちゃんたち俺たちといいことしない?」
男の一人が私に近付く。
梢だけでも逃がさないと。
彼女は子爵家の大事な跡取り娘だから暴漢に襲われてケガでもしたら一大事だ。
私は梢に小声で言った。
「梢。馬車まで走って逃げて」
「でも真雪が」
「私は大丈夫。梢が急いで助けを呼んできてくれれば」
「分かったわ」
「お兄さん方。相手をするのにはここは明る過ぎて恥ずかしいから場所を変えない?」
「へえ? お前さん、顔に似合わず男慣れしてるのか」
男たちの意識が私に向いたのを確認して私は叫ぶ。
「今よ!」
梢は走り出した。
「おい! こら待て!」
「ほっとけ! 俺たちはこっちの美人さんと遊んでもらおうぜ」
男が私の腕を掴みそうになったのでスカートの下に装備しておいた短剣を抜いて私は男を切りつけた。
以前、烈牙様に護身用に短剣を持っておけと言われたことが幸いした。
「ぎゃあ!」
腕を切りつけられた男は腕を庇いながら座り込む。
「こいつ! 人が下手にでればいい気になりやがって!」
他の二人が近付こうとするのを私は短剣で威嚇する。
「今なら許してやるからお嬢ちゃん、短剣を捨てな!」
男が剣を抜く。
ここで怯んだら負けだ。
もしこいつらにいいようにされるならこの短剣で私は自分の命を絶つわ。
私は自分の喉に短剣を押し付けて男に叫ぶ。
「それ以上近づいたら私はこの剣で自分の喉を突くわ!」
男たちはさすがに自害されたら面倒なことになると思ったらしい。
一瞬動きを止めたがすぐに男たちは私に自害する度胸などないと考え直したようだ。
「やれるものならやってみろ。死ぬ覚悟なんてあるわけねえ」
男が一歩近づいたので私は自分の首に剣を強く押し付ける。
チクリと痛みが走り一筋の血が流れた。
「ま、待て! 考え直せよ。お嬢ちゃん」
「白昼堂々女性を襲うとはいい度胸だな」
その時、低い冷たい声が聞こえた。
周囲の空気が一気に重たくなった気がする。
だけど私にはその声に聞き覚えがあった。声の方に振り向くとそこには烈牙様がいる。
どうして烈牙様がここに?
疑問に思う私は烈牙様の赤い瞳がこれ以上ないほど冷たく鋭いものになっていることに気付いた。
視線だけで人が殺せそうだ。空気が重たくなったと感じたのは烈牙様の怒気によって周囲に烈牙様の魔力が漏れ出ているからだ。
「この女性は私の家の者でな。お前たち外道が触れていい相手ではない」
そう言って烈牙様は腰の剣を抜き三人の男に刃を向けた。
鋭い烈牙様の剣が男たちを次々に襲う。
「ぎゃああ!」
「ぐわ!」
「ぐぶ!」
三人の男はあっという間に烈牙様に切られてその場に倒れ男たちの身体は血に染まっていた。
「おい。こいつらの後始末をしておけ」
「はい。元帥様」
私はそこで烈牙様の後ろに兵士がいたのに気付いた。
「大丈夫か? 真雪」
烈牙様が心配そうに私の瞳を覗き込んでくる。
その赤い瞳からは冷たい光は消えていた。
大丈夫よ、落ち着いて、真雪。
烈牙様が男たちを退治してくれたからもう平気よ。
私は震える手で短剣をしまったが私の首筋に一筋の赤い血の流れた痕を見た烈牙様が顔色を変える。
「真雪! ケガをしているじゃないか! 痛むか?」
「いえ、大丈夫です。たいしたことありません」
「まったく無茶をする。私がたまたま通りかからなかったらどうなっていたと思うんだ!」
烈牙様に怒鳴られて私は怯むがこの怒りは私を心配してのことなので怖くはない。
ただ迷惑をかけてしまったことに申し訳なく思う。
「あいつらの手にかかる前に自死するつもりでした。でも烈牙様に助けていただいたので本当に感謝しています」
私は誤魔化しても仕方ないと正直に説明をした。
その瞬間烈牙様が私を強く抱きしめる。
烈牙様の身体は僅かに震えていた。
「頼むから死ぬようなことはするな。どんな状態に陥っても死なないでくれ。お願いだ……」
ごめんなさい、烈牙様。
心配をかけて。
「はい。分かりました。これからはどんなことがあっても自死することはしません」
「……その言葉忘れるなよ」
烈牙様に心配をかけてしまった私は顔を俯かせる。
そこへ梢が兵士を連れてやって来た。
「真雪! 助けに来たわよ……って、あれ?」
梢は街の警備をしている兵士を呼んで来てくれたらしい。
「梢、ありがとう。魔公爵様に助けてもらったわ」
「まあ、そうだったのね。魔公爵様。失礼しました。真雪の友人の梢です」
「梢殿には悪いが真雪は魔公爵邸に連れて行く。傷の手当をしなければならないからな」
「はい。承知いたしました。真雪、また手紙出すわ」
「分かったわ、梢」
私はそのまま烈牙様に抱かれるように烈牙様の馬に乗せられて魔公爵邸に戻った。




