61 サイラス侯爵家の怜王
剣術大会当日。
朝食を食べた後に私は烈牙様の用意したドレスに着替えた。
まるで私のために作られたようなドレスは私をいつもより何倍も華やかにしてくれる。
化粧をして髪を簡単に結い外出の準備は整った。
そして紅葉の手紙をポケットに入れる。
これは大事な手紙だものね。
うまく怜王様に会えるといいけど。
正面玄関に向かうと吹雪と響と青龍が待っていた。
青龍も一緒だとは思わなかったわ。
「おはようございます。吹雪様、青龍様、響様」
「おはよう真雪!」
吹雪が元気な声で挨拶をしてきた。
「今日は青龍様も剣術大会に行かれるんですね。お仕事はお休みなんですか?」
「いや、今日は公子として剣術大会に出席する方が仕事なんだ。元帥の身内としてね」
なるほど。そういうことなのね。
「今日のドレスも素敵だよ。真雪」
「ありがとうございます。吹雪様。魔公爵様がご用意してくださったので」
「父上は真雪の美しさをちゃんと分かってるから真雪が最高に輝くドレスを用意できるんだよ」
そうね。烈牙様には感謝だわ。
自分自身は周囲が言うほど美人だとは思わないが華やかなドレスのおかげでいつもよりは私も貴族令嬢に相応しい姿になっているに違いない。
でも私よりも正装している目の前の息子たちの方が何倍も輝いて見えるのは母親のひいき目だろうか。
私が公子たちに恋愛感情を抱くことはないけど他の令嬢がこの三人を見れば夢中になりそうだわ。
それぐらい三人の公子の姿は美しい。そこに立っているだけで美しい絵になりそうな三人だ。
さすがは烈牙様の子供ね。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
私たちは馬車に乗り込んで魔公爵邸を出発した。
王都の中央付近に剣術大会が開かれる闘技場がある。
私たちは貴族専用の入り口から中に入った。
民にとってもこの剣術大会は楽しみの一つで一般席はもう満員の様子だ。
一番良い席には王族が座りその周りに貴族席が設けられている。
「俺たちの席はここだよ」
吹雪がチケットを確認しながら椅子に座る。
貴族席は椅子の間隔も広くゆったり座れるようだ。
私は椅子に座りながら辺りをキョロキョロ見ていた。
紅葉から事前に聞いていた怜王様の特徴は金髪に茶の瞳。それに左目の下にほくろがあるらしい。
それらしい人はいないかしら。
「どうしたの? 真雪。キョロキョロして」
「いえ。ちょっと化粧室に行こうかと」
「それならあちらですよ」
響が化粧室の場所を教えてくれる。
とりあえず化粧室に行くことにして席に座っている人を確認してみましょう。
私は席を立ち貴族席を確認するように歩いたが怜王様は見つからない。
今日は来てないのかしら。
高位貴族が全員この大会に来るわけではないし。
そんなことを考えながら化粧室のある建物の中へ入ろうとすると人とぶつかってしまった。
「きゃ!」
「おっと!」
倒れそうになった私を相手が支えてくれる。
そのおかげで私は倒れずに済んだ。
「すみません。ありがとうございます。あっ!」
私は自分とぶつかった男性を見て思わず声を上げた。
金髪に茶の瞳。左目の下にほくろがある。
「あ、あの、失礼ですがサイラス侯爵家の怜王様でいらっしゃいますか?」
私の言葉に男性は不審そうな目を向けたが質問には答えてくれた。
「はい。そうですが。失礼ですが貴女はどなたですか?」
やったわ。怜王様を見つけたわ。
私は口早に怜王様に説明する。
「あの、私は魔公爵邸で働く者で実は紅葉から怜王様に渡して欲しいと手紙を預かって来たんです」
「魔公爵様の? 紅葉ってユウラン男爵家の紅葉のことですか?」
「はい。そうです」
「とりあえずこっちに来て」
怜王様は私を人気のない場所に連れて行った。
紅葉との恋愛については怜王様もまだ公にしていないはずだから目立ちたくなかったのだろう。
「ここなら大丈夫だ。そういえば貴女の名前を訊くのを忘れていたな」
「私はジル男爵家の真雪と言います。魔公爵様のお世話をしていて」
「そうか。貴女が噂の…いや、失礼しました。それで紅葉からの手紙とは?」
一瞬だけ私の噂とやらが気になったが今は紅葉の手紙を渡すことが大切だ。
「これです」
私はポケットから手紙を出し怜王様に渡した。
怜王様の顔がパッと明るくなる。
「ありがとうございます。真雪さん。魔公爵邸への出入りは厳しくて紅葉とも連絡が取れなくて困っていたんです」
「そうなんですか」
まあ、魔公爵邸の警備が厳しいのは当たり前よね。
サイラス侯爵家の者でも使用人に会いに来たという理由では警備の者も怜王様を屋敷に入れないはずだ。
だからと言って魔公爵の烈牙様に会いに来る用事が怜王様に簡単にできるとも思えない。
紅葉からの手紙を宝物を貰ったように喜んでいる怜王様に私は自分の懸念について訊いてみることにした。
「あの不躾な質問で申し訳ないんですが怜王様は紅葉のことを真剣にお相手として考えていらっしゃいますの?」
「もちろんです。あのような可愛い方はいません」
怜王様は少し顔を赤くして照れた様子。
紅葉、怜王様も本気のようよ。
良かったわね。
それに初めて怜王様に会ってみたがとても誠実そうな男性だ。
私はますます二人の恋を応援したくなる。
「では真雪さん。紅葉に会ったら必ず準備をして迎えに行くから待っててくれと伝えてもらえないでしょうか?」
「分かりましたわ。怜王様」
私は怜王様とそこで別れて化粧室に向かう。
ふう、一番重要な仕事は達成できたわ。
紅葉に頼まれたことを無事にやり遂げた安心感に浸ってしまった私は気付くことができなかった。そんな私と怜王様を見ていた人物がいたことを。
私が会場に戻ると間もなくして剣術大会が始まった。
最初は魔王様の御言葉が述べられてそれから競技が始まる。
剣術大会にエントリーするだけあって皆剣術に優れた者たちだ。
観客は試合の度に熱狂的に声援を送る。
そして優勝者が決まった。
優勝者は烈牙様と戦うことになる。
休憩後、優勝者と烈牙様の試合が始まった。
烈牙様が姿を現すと観客の盛り上がりは最高潮に達する。
実戦ではないが魔界で最高とも言われる魔王軍元帥の剣技が見られるのだから皆が興奮するのは当たり前だ。
烈牙様の戦う姿はいつ見ても惹きつけられる。それと同時に胸がドキドキと高鳴る。
烈牙様と優勝者の試合が始まった。
激しくぶつかり合う剣の音に私は緊張して試合を見守る。
最初は優勝者の方が攻撃をしていて優位に思えたが開始から5分で烈牙様が守りから一転攻めに転じる。
そこからは圧倒的な実力差を見せつける試合だった。優勝者の剣を弾き飛ばし烈牙様が勝利する。
さすがは烈牙様だわ。
戦う姿も素敵!
「さすがは魔公爵様ですね!」
「うん。父上に敵う者はいないよ!」
「相変わらず容赦のない人ですねえ。少しぐらい手加減してあげればいいのに」
吹雪は興奮し青龍は呆れ顔。
「でも父上はこれ以上手加減できないくらい手加減してたみたいですよ」
「そうだよ、響の言う通りだよ」
三人の公子たちはそれぞれの感想を言い合う。
その後、私たちは馬車に乗って魔公爵邸に帰った。
魔公爵邸に戻った私はさっそく紅葉に会いに行く。
紅葉は使用人棟で休憩していた。
「紅葉!」
「真雪! 早かったわね。剣術大会どうだった?」
「楽しかったわ。それにやっぱり魔公爵様は強かったわ。優勝者をあっという間に倒したわよ」
「それはすごいわね」
紅葉が目を丸くする。
そうよ。誰から見ても烈牙様は強く立派な方なのよ。
私はもっと烈牙様の自慢をしたかったが本来の目的を思い出した。
「あのね、怜王様にお会いできたわよ」
「ホント!?」
「ええ。紅葉の手紙を渡したら紅葉に伝えてほしいって伝言を預かって来たわ」
「どんな伝言!?」
紅葉は私の両肩を勢いよく掴む。
「ちょ、ちょっと、紅葉痛いわよ!」
「あ、ごめん! つい」
「フフ、怜王様はね「必ず準備して迎えに行くから」ですって」
「まあ、なんてこと!」
紅葉は余程嬉しかったか涙目だ。
紅葉の恋はうまくいきそうね。
これで私の恋もうまくいけば幸せなんだけど。
「ありがとう。真雪。協力してくれて」
「これぐらいたいしたことないわ」
私は紅葉と別れて西棟に戻る。
さて烈牙様が夜帰って来られたらお酒を出さないとね。
戦って体力を使ったかもだから軽食も必要かしら。
とりあえずお疲れ様って労ってあげたいわ。




