60 紅葉からのお願いごと
魔王軍主催の剣術大会を明日に控えた日の3時のお茶の時間。
烈牙様の部屋には雷禅と火堂もいた。
私は三人分の紅茶を出す。今は角砂糖の数を覚えたという振りをして雷禅には砂糖を入れず火堂には二つ入れて紅茶を出すようにしていた。
もちろん烈牙様は角砂糖三つだ。
「真雪。明日は吹雪と響も来るそうだ。真雪は吹雪たちと会場に来るように」
「はい。分かりました」
「ちゃんと特等席を用意したから楽しんでくださいね」
雷禅は笑みを浮かべる。
やっぱり私の前では笑顔だわ。
鬼将軍の顔と笑顔の雷禅。どちらが雷禅の本性なのかしら。
雷禅の浮かべる笑みを見て私はそんなことを考えてしまう。
「はい。楽しみにしています。今回の優勝候補は誰ですか?」
「そうだな。第一部隊副隊長の阿蘇や傭兵の春斗かな」
私にとっては二人とも聞いたことがないが雷禅が言うぐらいなら剣術に優れている者たちだろう。
そういえば以前颯がいろんな大会に出て賞金や賞品を貰っているって言ってたわね。
今回の大会に颯は出場するのかしら。
「颯様は大会には出ないんですか?」
「あいつは今回は魔王様の警備の仕事を抜け出せないらしく出場を見送ったそうだ」
なるほど。颯は近衛隊ですもんね。
仕事で出場できないのか。
少しだけ颯の戦う姿を見てみたかったが仕事なら仕方がない。
「颯はこの大会とは別の剣術大会で優勝してたぜ」
「え? そうなんですか?」
「ああ。あいつはいろんな大会に出て稼いでいるよ。個人的資産なら公子の中で一番金を持っているし」
まあ、あの颯が公子の中で一番お金持ちなんて。
宰相補佐の水魔や宮廷医師の樹牙の方が稼いでる気がしていたが思い違いだったらしい。
「颯の趣味は貯金だからな」
「趣味が貯金……」
「意外な趣味だろ。前に何に使うんだって言ったらいずれ迎える自分の妻に使うんだそうだ」
火堂は面白そうに笑う。
結婚資金を貯めているのかしら。
颯には結婚したい女性がいるってこと?
「颯様には恋人がいらっしゃるのですか?」
「それがいないんだよ。颯が金を使う日が来るか楽しみだぜ」
そこまで馬鹿にしちゃ颯が可哀想よ、火堂。
今は恋人がいなくても颯が将来の自分の家族のために貯金をしているのは良いことよ。
爵位を継げるのは長男だけだ。魔公爵家を継ぐのは雷禅になるだろう。
それ以外の公子は自分で稼いで独立するかもしくはどこかの貴族に婿に入るかしかない。
「颯様は優しいですからきっと良い縁談が来ますわ」
「私たちは父上のおかげで結婚相手は自分で決めていいと言われてますからね。ありがたいことです」
雷禅はチラリと烈牙様を見た。
「そうだな。私は政略結婚をしなくても今の地位が揺らぐことはないからな。息子たちにも自由にさせている」
「やはりそうですか」
「やはりとは?」
烈牙様の言葉に私はうっかり本音が出てしまった。
「いえ。公子様が一人もまだ結婚してないことが不思議だったもので」
貴族の結婚は早い。
それは政略結婚で婚約者が幼い頃に決まることが多いからだ。
高位貴族であるほどその傾向は強い。
「私たちだって結婚願望はありますが地位目当てで寄ってくる女はろくな女ではないですからね」
普段からそういう女性に狙われているのか雷禅はうんざりした様子だ。
以前、雷禅は地位目的の女性は嫌いだと言っていたわね。
「きっと雷禅様にもお似合いの女性が現れるはずです」
「ありがとう、真雪。そう言われるともっと待とうかなと思えるよ」
息子たちが政略結婚する必要がないならそれぞれ好きになった相手と結婚してもらいたい。
もちろん私に求婚されては困るのだが。
お茶の時間が終わり私は退室する。
明日は剣術大会だ。
烈牙様の勇姿も見られるだろうし楽しみだわ。
私は鼻歌交じりにお茶の道具を厨房に返しに行った。
その日の夕方。
結城から紅葉が会いたいと西棟の入り口に来ていると連絡を受けた。
西棟には決められた使用人しか入れない。
だから紅葉が私に会いたい時には結城などに話をして呼び出してもらう必要があるのだ。
紅葉がわざわざ会いに来るなんて急用かしら。
私は西棟の入り口まで急いで向かう。
そこには確かに紅葉の姿があった。
「紅葉。どうかしたの?」
「真雪。忙しいところごめんなさい。ちょっとお願いがあって」
「お願い?」
「ここではちょっと……」
ここには西棟の出入りを見張っている警備の者の目がある。
どうやら紅葉は何か秘密の話をしたいようだ。
「分かったわ。少し中庭に行きましょうか」
私は紅葉を促し中庭に出る。
中庭の椅子に座ると紅葉が口を開いた。
「明日の剣術大会は真雪も公子様たちと行くのでしょう?」
「よく知っているわね」
「偶然吹雪様と響様の会話を聞いてね。吹雪様が真雪も一緒に行くって話をしていたから」
「まあ、そうなのね」
「それでね。お願いというのは…」
紅葉はポケットから手紙を取り出した。
「明日は会場に高位貴族が集まると聞いたわ。もしその中にサイラス侯爵家の怜王様がいたらこの手紙渡して欲しいの」
「怜王様に?」
「ええ。滅多に会えない方ですもの。もちろん真雪が会えなかったらそれでいいの」
頬を僅かに赤く染める紅葉はまさに恋する乙女だ。
紅葉は本当に怜王様のことが好きなのだわ。
それなら紅葉の恋を応援したいから私ができることなら協力してあげたい。
私は紅葉から手紙を受け取った。
「当日は怜王様に会えるか分からないけど会えたら必ず渡すわ」
「ありがとう。真雪!」
紅葉は私に抱きつく。
「紅葉のためだもん。協力するわ」
「良かった。じゃあ、お願いね」
「ええ」
私は手紙を大事にポケットに入れる。
明日は高位貴族が集まるとはいえ怜王様を見つけられるか分からない。
でも紅葉のために頑張らないと。
烈牙様を愛する私には分かる。その恋に身分差のような障害があったとしても恋心を抑えるのは難しい。
誰だって好きな人と結ばれる未来を望んでもいいはずだ。
私は紅葉と別れて西棟に戻る。
そこへ荷物が届けられた。
烈牙様から「明日着るように」とメモがついていて中身は薄い青色のドレスだった。
私のためにあまりお金を使わせたくはないが烈牙様に言われたら仕方ない。
それにドレスを見て烈牙様が選んでくれたと思うだけで胸が高鳴る。
好きな人から貰うものなら石ころ一つだって嬉しいもの。




