55 リール湖までの遠乗り
次の日朝食が終わった後に私は烈牙様と遠乗りに行くために服を乗馬服に着替えた。
烈牙様に乗せてもらうのでドレスでもいいのだがやはり汚れてもいい服がいいだろうと思い侍従長の結城を通じて昨日のうちに手に入れておいたのだ。
私は昼食用のサンドイッチを籠に詰めて約束の時間に馬屋に行く。
すると烈牙様はもういらしていた。
いけない、烈牙様を待たせてしまったかしら。
「遅くなってすみません」
「いや、真雪は時間通りだ。私も今来たところだからそれほど待っていたわけではない。今、ハデスを連れてくるから待っていろ」
「はい」
馬屋から烈牙様はハデスを連れ出してくる。
いつ見てもハデスは美しい馬だ。
このハデスに乗って戦場を駆ける烈牙様は戦神のように勇ましく美しい姿に違いない。
でも戦場で烈牙様がケガをされる方が嫌なのでその勇姿は見れない方がいいわね。
ブルルン。
ハデスは私の姿を見て鼻を鳴らす。
そして私に擦ってくれと言うように頭を近付けてきた。
フフ、あなたにはやはり私が何者か分かるのね。
鼻づらを撫でてやるとハデスは気持ちよさそうに目を細めた。
「やはり不思議だな。ハデスが真雪を警戒しないのは」
呟く烈牙様の言葉に私は内心焦る。
私はアリシアの生まれ変わりですからとは言えない。
「私は昔から動物によく懐かれるんです。実家でも猫を飼っていましたし」
「なるほど。動物は心の綺麗な者が分かるというから真雪が動物に好かれるのは分かる気がするな。よし。乗るぞ。こちらに来い」
「はい」
返事はしたものの私は烈牙様の言葉に動揺する。
私の心が綺麗なんて過分な誉め言葉だわ。
だって私には烈牙様を独り占めにして愛されたいという欲望に塗れているもの。
しかしそう言うわけにもいかない私は烈牙様に馬に乗せてもらう。
烈牙様は私の後ろに乗りギュッと私の身体を支えた。
毎度のことながら烈牙様のたくましい身体を近くに感じると私は自分の心臓の鼓動が速くなるのを感じる。
私の心臓の音が烈牙様に伝わらないといいけど。
「では、出発だ。しっかりつかまっていろ」
ハデスが勢いよく走り出した。
魔公爵邸を出て王都も出ると周囲は田園風景が広がる。
その間をハデスは軽やかに駆け抜けた。
しばらくすると森の入り口に辿り着き烈牙様はハデスのスピードを落とす。
森にもちゃんと道がありハデスはゆっくりと森の中を進む。
「真雪。見てみろ。森の景色を」
私はそれまで烈牙様にしがみついていたのだが馬上から周囲を見た。
「まあ、綺麗だわ」
新緑に包まれた森は木々や花の匂いがする。
「この森の奥にリール湖がある」
烈牙様の言う通りしばらく進むと目の前に湖が現れた。
「ここがリール湖だ」
「とても素敵ですわ」
昔と変わらずその湖は美しかった。
太陽の光を反射すると湖面が七色に光る神秘的な湖だ。
「よし。そこのボート小屋からボートを出そう」
烈牙様の手を借りて私は馬から降り烈牙様はハデスを木に繋ぐと私をボート小屋に連れて行く。
ボートの準備が出来て私はボートに乗り込む。烈牙様もボートに乗ると勢いよく漕ぎ出した。
七色の湖をボートから見るとより綺麗に見える。
「烈牙様。とても美しい湖ですね。とても綺麗」
「それは良かった。ここは魔王が狩りを行う所でもあってな。一般人は立入禁止だから思う存分楽しめるぞ」
そう言えば魔王様は狩りがお好きだったはず。
「魔王様は狩りがお好きだと聞いたことがありますが最近も狩りをなさるのですか?」
「ああ。兄上は月に一度は狩りに来る。今度真雪も連れて行ってやろう」
「よろしいのですか?」
「兄上は真雪のことを気に入っているからな。私が連れて行くことに反対はしないさ」
私がアリシアの時は「危ないから」という理由で狩りに連れて行ってはくれなかった。
まあ、ただの人間だった私を烈牙様は過保護なくらい大切にしていたから仕方ないことだったのかもしれない。
でも私は狩りを見たかったのだ。真雪になってその夢が叶うとは。
私はアリシアに一歩勝ったような気分になる。
湖を一周するとボートから上がり昼食を取ることにした。
「どれ。真雪の作ったサンドイッチを食べるとするか」
私は小型ポットに入れてきた紅茶も烈牙様に渡す。
「はい。どうぞ」
「ありがとう、真雪」
烈牙様はサンドイッチを食べた。
「うん。うまい。やはり真雪が作ると一味違うな」
私の料理が魔公爵家の料理長に敵う訳ないけど烈牙様は私のサンドイッチを気に入ってくれている。
ありがたいことだわ。
今度お菓子でも作ろうかしら。
そんなことを思いながら私もサンドイッチを食べる。
リール湖の湖畔で二人きりで過ごすなんて昔に戻ったようだ。
烈牙様はここがアリシアとの想い出の地であることは覚えているはずだ。
そこに私を連れて来た意図は何だろう。
真雪のこともアリシアと同じくらい好意を持ってくれているのだろうか。
そしたらとても嬉しいのだけど。
「そう言えばもうすぐ魔王軍主催の剣術大会ですね」
「そうだな。真雪も見たいか?」
魔王軍の剣術大会は一般の者も見学できる。
「そうですね。ぜひ烈牙様の戦っている姿が見たいです」
烈牙様が剣を振るう姿はとても美しいもの。
「私が戦うのは優勝者とだけだぞ」
「はい。承知しております。稽古で見ている烈牙様も素敵ですが本気で戦う烈牙様も見たいです」
「私は本気では戦わない。本気で戦えば相手を殺してしまうからな」
「まあ。そうなんですか?」
「私を誰だと思っている。魔王軍の元帥だぞ」
そうだったわね。
元帥の地位は伊達ではないもの。
「だが、見学したいなら公子たちと来るがいい。特等席で見せてやる」
「はい。ありがとうございます」
公子たちも一緒なら貴族席での観覧ね。
そこで私はふと思った。
「麗華王女様もいらっしゃるのですか?」
「たぶん来るだろうな」
烈牙様は不愉快気な表情になる。
余程麗華王女が苦手なのだろう。
確かに麗華王女の態度はひどいものだ。
彼女は自分のことしか考えない自分勝手な女性。
そんな麗華王女に烈牙様は渡せない。
「また愛人のフリをした方がいいですか?」
「そうしてくれると助かる。……それにサイラス侯爵家の怜王も来るぞ」
「まあ。怜王様が?」
もしかしたら怜王様と話す機会があることもあるかもしれない。
紅葉のことを本気で想っているのか聞けるかもしれないわ。
「……怜王が来ると嬉しいか?」
「はい。怜王様とは一度お話したかったので」
「……そうか」
烈牙様は残りのサンドイッチを食べ終わると「帰るぞ」と言ってハデスに向かって行く。
その後ろ姿がどこか不機嫌そうに見えて私は首を傾げる。
なにか気にいらないことでもあったのかしら。
ボートに乗っている時は烈牙様も楽しそうだったのに。
私には烈牙様の不機嫌になる理由が思い付かなかった。




