53 紅葉の恋の相手
使用人棟に行くと紅葉がいた。
紅葉は洗濯物を干しているようだ。
「紅葉。ちょっといい?」
「あ、真雪。ちょっと待って。この最後のシーツ干しちゃうから」
そう言って紅葉は白いシーツを広げて干す。
今日は晴天だし多くの洗濯物が干してある。
私は烈牙様の侍女をしているのでこういった雑用はない。
洗濯物を干す作業は意外と重労働だ。
紅葉は華奢な身体をしているがここで働き始めて慣れているのか重たいシーツ類も難なく干せるらしい。
「これで良しと。どうしたの真雪?」
紅葉は洗濯物を入れていた籠を片付けながら私に訊いてくる。
「あの刺繡糸が余ってないかと思って」
「刺繍糸? 何に使うの?」
「魔公爵様や公子様に刺繍をしたハンカチを贈ろうと思ってるのよ」
「まあ、魔公爵様たちに?」
私と紅葉は休憩室へ向かいながら話す。
「いつもお世話になっているから何か感謝の印をあげたくて」
「なるほどね。真雪は刺繍が得意なの?」
「ええ、得意よ。実家ではよく刺繍をしていたわ。あ、これは私が刺繍したハンカチよ」
私は以前自分用に刺繍をしたハンカチを見せた。
白いハンカチに薔薇の花が刺繍してある。
「わ! すごい細かい刺繍ね。とても素敵だわ。本物の薔薇の花みたい」
「ありがとう」
私は紅葉に褒められて嬉しくなる。
この薔薇のハンカチは私も気に入っていてもう何年も使っているものだ。
「私は刺繍は苦手なのよね。親には貴族の娘なんだから刺繍ぐらいできないとって言われたけどさ」
「刺繍はコツを掴めれば楽よ」
「私には無理無理。それじゃあ、刺繍糸が置いてあるところに案内するわ」
「でももし魔公爵家で使う分しかないなら私は街に買いに行くけれど」
「大丈夫よ。魔公爵家には男性の公子様しかいないから刺繡糸は余っているのよ。公女様がいらしたら刺繍糸も活躍していたかもだけど今は公子様の服の装飾に少し使われるだけだから」
紅葉はそう言って私を備品室に連れて行く。
ここは私がまだ足を踏み入れていない場所だ。
前世のアリシアの時は必要な物は使用人が用意してくれたのでこの備品室に用事はなかった。
こんなところに備品が置いてあるのね。
この屋敷で暮らしていてもここの存在は知らなかったわ。
「ここの引き出しにあるわ。好きなだけ使ってちょうだい」
備品棚の引き出しを開けると色とりどりの刺繡糸が置いてある。
赤、青、黄、緑に金糸や銀糸まで様々だ。
「さすが魔公爵家ね。これだけの品揃えとは」
「そうでしょう? なのにあまり使われなくて湊さんももったいないって言ってたわ」
「じゃあ、必要な分だけいただくわ」
私は刺繍糸を必要な分だけ選んで持って来た袋に入れた。
「ありがとう、紅葉。助かったわ」
「どういたしまして。それより真雪。聞いて欲しいことがあるのよ!」
「聞いて欲しいこと?」
「咲夜祭で私に指輪をくれた殿方が誰か分かったの!」
「まあ! 本当に?」
私は驚いた。
紅葉は今もあの時貰ったと言う指輪を大切に指にハメている。
「ええ。サイラス侯爵家の長男の怜王様というの」
「サイラス侯爵家の長男? サイラス侯爵家と言えば名門貴族じゃない。どうして相手が分かったの?」
怜王という人物は知らないがサイラス侯爵家は私がアリシアだった時から名門貴族として有名だった。
「それがね。私が昨日買い出しに行った時に怜王様が声をかけてくれたの。私の指輪を見て自分が贈った物だと言ってくれたのよ」
「まあ! そうだったのね」
「そして身分と名前を教えてくださったわ」
「でもサイラス侯爵家の跡継ぎだといろいろ問題があるんじゃない?」
私の言葉に紅葉は溜息を吐く。
「そうなのよね。怜王様はとても素敵な方なんだけど私とはつり合いが取れないわよね」
「相手の怜王様も紅葉に本気なの?」
「それは分からないわ。高位貴族の情報なんて私あまり知らないし」
「こう言ってはなんだけど高位貴族の長男なら婚約者がいても不思議ではないわよ」
高位貴族は幼い頃に婚約することも珍しくない。
私の息子たちである公子たちはまだ誰も結婚はしていないがおそらくそれは烈牙様の地位が高いため政略結婚させる必要がなくさらに烈牙様が公子たちの自主性に任せているからだ。
普通の高位貴族の跡継ぎともなれば政略結婚は当たり前だ。
「なんとか怜王様の情報を手に入れることはできないかしら?」
紅葉の言葉に私は考える。
そうだ! 烈牙様なら高位貴族の情報を知っているに違いない。
なんとか怜王様の情報を烈牙様から聞き出せないだろうか。
「私も情報を集めてみるわ」
「ありがとう。真雪」
「親友の紅葉のためですもの。応援するわ」
私は紅葉と約束して別れた。
紅葉の恋が実るといいわね。
私にできることはしてあげたいわ。
そして西棟に向かう途中で景虎に会った。
私は廊下の隅に立ち景虎に頭を下げる。
「真雪。無事か?」
素っ気ない言葉だが景虎が昨日の出来事を言っているのは分かった。
「はい。大丈夫です。魔公爵様が助けてくれたので」
私は笑顔で景虎を見る。
この調子じゃ息子たち皆に心配されてるみたいね。
申し訳ないわ。
普段の景虎は表情が顔に出ることが少ないが今日は珍しくその顔に怒りの表情が現れている。
あら、景虎が怒るようなことが何かあったかしら。
「不審者は私が処理をするから真雪は心配するな」
私は「処理」という言葉に不穏さを感じる。
どうやら景虎は私を襲った不審者に怒っていたようだ。
不審者にこの後どのような処罰を受けさせるかは私が口を出せることではないが景虎に心配をかけてしまったことは謝っておこうと思った。
「はい。景虎にご心配かけてすみません」
「これ」
景虎は自分のポケットから紙に包まれた飴玉を私に渡す。
あら、また飴玉をくれるの。
私が不審者に襲われたことを慰めようとしているのかしら。
私は素直に飴玉を貰うことにした。
「ありがとうございます。景虎様」
「真雪はいつも笑っていればいい」
それだけ言うと景虎は東棟の方に行ってしまう。
やっぱりあの子は変わっているわね。
でもこの飴玉はあの子なりの優しさね。
ありがとう、景虎。
私は飴玉もポケットに入れると西棟へと戻る。




