51 真剣での稽古
中庭には雷禅と火堂がいつも通り待っていた。
「おはようございます。雷禅様、火堂様」
二人に朝の挨拶をすると二人は私の顔を見る。
二人ともどこか心配そうな表情だ。
どうかしたのかしら?
「おはよう、真雪。昨日は大変でしたね。大丈夫ですか?」
雷禅が優しい声で気遣うように尋ねてきた。
さすがに情報が早いわね。
まあ、魔公爵邸に不審者が入ったのだから当たり前か。
それで私のことを心配そうに見ていたのね。
自分たちの屋敷に不審者が侵入したことをこの二人が知らないはずはないのだ。
雷禅も火堂も将軍職にいるから烈牙様の息子とはいえ部下のようなもの。
烈牙様の御身を護るのも仕事の内のはず。
それなのに不審者に屋敷への侵入を許したとあっては屋敷の警備が甘いと烈牙様に怒られてもおかしくはない。
烈牙様にこの二人が怒られないといいわね。
もしかしたら昨日のうちに既に怒られたかもしれないけど。
「はい。魔公爵様に助けていただき無事でした。魔公爵様には感謝しかありません」
「そうか。真雪にケガがなくて良かったよ」
「そうそう、真雪がケガしてたら俺が犯人を血祭りにしていたところだ」
火堂は少し腹を立てているようだ。
犯人を血祭りにと言うけれどその犯人は生きてはいるだろうがかなりの傷を烈牙様に負わされたはずだ。
一瞬、昨夜の光景が脳裏に蘇るが私はそれを振り払うように笑顔を作った。
「私はケガもしてないので大丈夫ですよ。火堂様」
火堂は私の笑顔を見て安心したように怒っていた表情を緩める。
火堂の怒りは分かるけど今回のことは私の落ち度もあるのよね。
烈牙様だけでなく息子たちにも心配かけるのは母親として失格だわ。
反省しなくちゃ。
「それじゃあ。真雪、稽古を始めるぞ」
「はい」
私は烈牙様の言葉で稽古に意識を切り替えた。
「今日からは真剣で練習をする」
「真剣ですか?」
「実戦的な訓練を積んでおけばいざという時に体が動く」
烈牙様の顔は真剣な表情だ。
本当は剣が怖いけど誰かが言っていたわね。知らないから怖いのだと。
剣に慣れて知っていれば昨日のようにうずくまることしかできないことなど無くなるに違いない。
私も覚悟を決めた。
自分の身を護れないなら昨夜のように烈牙様も危険に晒してしまう可能性が高い。それだけは避けなければ。
「これが真雪の剣だ」
烈牙様が渡してくれたのは細身の剣だ。
剣を受け取ると少し重いがちゃんと構えることができた。
いつの間にか私も筋力がついていたのかもしれない。
「ではゆっくりやろう。動きは木剣の時と同じだ」
「はい」
烈牙様は真剣で私に切りかかってくる。
もちろんゆっくりとした動作だ。それでも恐怖心が私を襲う。
しっかり動きを見るのよ、真雪。
私は自分に喝を入れる。
烈牙様の剣を受け止めて烈牙様の力を横に流すように剣を動かす。
「その調子だ。ではもう一度」
「はい」
私は何度もその動作を繰り返す。
するとあれほど怖いと思っていた剣が怖くなくなっていく感じがした。
少しずつ烈牙様が角度を変えたり剣のスピードを上げてもそれについていくことができた。
これなら怖くないかも。
「よし。今日はここまで」
「はい。ありがとうございました」
私は烈牙様に頭を下げる。
「次は雷禅と火堂。お前たち二人でやってみろ」
「はい。父上」
「分かりました」
雷禅と火堂は向かい合って剣術の稽古をする。二人とも真剣な表情だ。
二人の剣の稽古は当然私とはレベルが違う。激しく打ち合う二人を見て私はいつになったら自分もあのようなレベルになれるのかと思ってしまう。
いえ、私がこの二人のレベルに追いつくことは無理ね。
だってこの二人は将軍位をもらうほどの子たちだもの。
それでもできるだけ剣の腕を上げたいと私は願う。
椅子に座った烈牙様の横に座り私は用意してあった水を烈牙様に渡した。
「ありがとう。真雪。剣が怖くなくなったか?」
烈牙様には私の思いは筒抜けだったようだ。
「はい。最初は怖かったですがだいぶ恐怖心はなくなりました」
「それは良かった。訓練すれば自然に体も動くようになる。だがこれはあくまで護身用だ。自分から率先して危ないことはするな」
「はい。心得ております」
「その剣はお前にやろう」
「いいのですか?」
「ああ。それと前に渡した短剣を常に携帯しておけ」
「短剣をですか?」
「見える所にあると高位貴族が来た時に見咎められるかもしれないから足につけておけ。そうすればドレスで隠れて見えない」
「分かりました」
ドレスの下に剣を隠しておくなんて女性としてはどうかと思うがこれは烈牙様の侍女として必要なこと。
さっそく自室に戻ったらつけましょう。
「それに常に短剣を持っていれば真雪に不埒なことをしようとする奴を撃退できるしな」
烈牙様はどこか面白そうな表情だ。
私に不埒なことねえ。
自分の息子に使うことがないことを祈るわ。
雷禅と火堂の稽古を見ながら私は思わず溜息を吐いた。
露骨な誘いはなくなったが息子たちが私に好意を持っていることは感じる。
フフフ、もし私が自分たちの母親だと知ったらこの子たちはどんな顔をするかしら。
さすがにこの子たちも自分の母親と恋仲になろうなんて冗談じゃないと思うだろうし。
思わずその時のことを想像して私は小さく笑ってしまう。
「どうかしたのか? 真雪」
「あ、いえ、何でもありません」
いけないいけない。余計なことを考えてしまったわ。
私が正体を明かす日なんて来てはいけないのよ。
「そうか。それならいいが。それから明日の昼間に真雪を遠乗りに連れて行ってやろう」
「本当ですか?」
「ああ。明日はあまり忙しくないからそれぐらいの時間は作れる」
烈牙様と遠乗りに行けるなんてとても嬉しいわ。
そうだ。明日はお昼のサンドイッチを作って行きましょう。
「では私はお昼のサンドイッチを作りますわ」
「真雪のサンドイッチは美味いからな。楽しみだ」
「ありがとうございます。頑張って作ります」
烈牙様は私に微笑んだ。
その笑みが私に安らぎを与えてくれる。
やはり烈牙様以上に私に安らぎを与えてくれる存在はいないわね。
これからもずっと私に、真雪に微笑んで欲しいわ。




