49 不審者の襲撃
「しょうがないなあ。それと剣術大会の準備は進んでいるか?」
魔王様が話題を変えた。
そういえばもうすぐ魔王軍主催の剣術大会だ。
「ええ。出場する選手はもう決まっています。今回はなかなか楽しめると思いますよ」
「ほお。それは楽しみだ」
「剣術大会の優勝者は魔公爵様と戦うんですよね?」
私が尋ねると烈牙様は優しい瞳を私に向けた。
「ああ。私が戦う。もし私に勝てれば魔王軍の将軍位を授けることになっている」
「魔公爵様は負けたことあるんですか?」
「ない」
それはそうね。烈牙様が負けたなんて聞いたことないもの。
それにしても烈牙様の強さは底なし沼のようだ。
「魔公爵様はお強いのですね」
「烈牙に敵う者など今の魔界にはいないよ。この私でさえまともにやり合ったら勝てるかどうか」
「それは魔王様と同等の魔力の強さを魔公爵様がお持ちだということですか?」
「あぁ。だがこのことは他言無用だ。兄上は魔界で一番強くなくてはならない存在だからな。一番が二人いては争いの種になる。魔王は兄上だけでいい」
「はい。分かりました」
「魔王なんて皆に崇められていても私は真の魔王ではない。真の魔王は烈牙の方だ」
「何を言ってるんですか、兄上」
「だってそうだろ? 純粋な魔力の潜在能力は烈牙の方が高い。だがお前はたった一言「魔王なんて面倒だ。兄上がやってくれ」って私に押し付けたじゃないか」
「魔王なんて面倒だ」と魔王様に押し付ける烈牙様もどうかと思うわね。
まぁ、烈牙様が魔王だったら私の恋はもっと実現不可能だったかもしれないけど。
「私の我儘を聞いてくれた兄上には感謝しますよ」
烈牙様は僅かに笑みを浮かべる。
そのことが魔王様の言っていることが本当だと証明しているようなものだ。
「さてそろそろ戻ります」
「おお。もうそんな時間か。真雪。またお茶をしよう」
「はい。ありがとうございます」
私と烈牙様は魔王様の部屋を出る。
帰りの馬車の中で烈牙様は私に話かけてきた。
「今日は付き合わせて悪かったな」
「いえ。とんでもありません」
「今日のお礼に今度遠乗りに連れて行ってやろう」
「本当ですか?」
「ああ。前に遠乗りに連れて行くと約束もしたしな」
「楽しみにしています」
烈牙様との遠乗りはアリシアだった頃に私の楽しみの一つだった。
また烈牙様と遠乗りに行ける。そう思うだけで私の心は浮き立った。
麗華王女の毒牙から烈牙様を護ることも考えないとだけど烈牙様と一緒に行動できる時間が増えるのは嬉しいことね。
屋敷に帰って来ると烈牙様は仕事が残っているらしく竜葉と執務室に籠ってしまった。
今日は3時のお茶の時間の準備はしなくていいと言われて私は手持ち無沙汰で自室で刺繍をしていた。
私は刺繍が得意でいろいろな物に刺繍を入れている。自分の普段の服やハンカチなどにだ。
「そうだわ。良いこと思いついたわ」
私はハンカチに烈牙様と公子たちにそれぞれの名前と魔公爵家の紋章を刺繍して贈ろうと考えた。
烈牙様だけとか特定の公子だけに贈ると勘違いされそうだから全員に贈ることにする。
そうすれば私にドレスを贈ってくれた吹雪や演奏会に連れて行ってくれた響やいつも剣の指導をしてくれる雷禅や火堂にも感謝の気持ちを伝えられるはずだ。
私は材料の刺繍糸を貰えないか紅葉に相談に行こうと思い部屋を出た。
三階から階段を降りるとすぐに私は異変に気付く。
二階には烈牙様の執務室と私室と竜葉の執務室と私室がある。
烈牙様の私室の前にはいつも兵士が二人立っている。
それは烈牙様が不在でも変わらない。
逆に執務室の前にはいつも兵士はいない。執務室では竜葉や侍従長の結城などが待機していて烈牙様が一人になることはないからだ。
しかし私室は烈牙様がお一人で過ごされる空間のため警備兵がいるのだ。だがその私室の前に今は兵士がいない。
何かあったのかしら?
もしかしたら何か烈牙様に言われて兵士は持ち場を離れただけかもしれない。
だが、そこで改めておかしいことに気付く。
今、烈牙様は執務室にいる。私室の前の兵士に何か用事を頼むことはないはずだ。
私はそっと烈牙様の私室に近付いた。
本当は執務室の烈牙様に報告すべきだったかもだが私の気の回し過ぎかもしれない。
何事もないのに忙しい烈牙様の手を煩わせることは避けたい。
私は烈牙様の留守中でも烈牙様の私室に入る権限を持っているので私が私室を見回ることに問題はないはずだ。
烈牙様の私室の扉をそっと開ける。
リビングには誰もいない。
寝室も確認しようと寝室の扉を開けた。
その瞬間キラリと何かが光る。
私は本能的にに身を伏せた。
ガツン!
鈍い音が響く。
その音がした方を見ると私の後ろの壁にナイフが刺さっている。
誰かがナイフを私に向かって投げたのだ。
「きゃあ!」
私は悲鳴を上げた。
すると寝室から誰か飛び出して来る。
その人物は黒づくめの服を着て覆面をしていた。
そして私に向かって剣を振り下ろす。
私は恐怖で逃げることも避けることもできない。
もう、ダメ!!
私は目を瞑った。
死を覚悟したその瞬間ガキーンと金属同士がぶつかる音がする。
「ぎゃああああーっ!!」
男の悲鳴が上がった。
「真雪! 無事か!?」
私はその声に目を開けた。
目の前に烈牙様が剣を持って立っていた。
そして烈牙様の足元には私を襲った黒づくめの男が血だらけで倒れている。
私はガタガタと体が震え出す。
剣で斬られそうになった恐怖心が今になって襲ってきたのだ。
「真雪! しっかりしろ!」
烈牙様はうずくまっていた私を抱き起して抱きしめてくれる。
「れ、れつ、烈牙……さま……」
私は舌がもつれてうまく話せない。
「烈牙様! 大丈夫ですか!?」
竜葉が血相を変えて部屋に飛び込んできた。
その後ろに兵士の姿もある。
「大事ない。まだそいつは生きてる。誰の手の者か調べよ」
「は! 承知いたしました。おい、こいつを運べ!」
竜葉は兵士に命令して男を拘束してどこかへ連れて行った。
私はまだ呼吸が整わない。
心臓がバクバクと音を立てて口から心臓が飛び出そうだ。
「真雪。私の執務室に行こう」
烈牙様は血だまりのできた私室から私を横抱きにして抱きかかえると自分の執務室に連れて行った。
ソファに座った後も私を抱きしめてくれる。
私は烈牙様の体の温もりを感じて段々と身体の震えが止まってきた。
「大丈夫だ。真雪。もう恐ろしいことはない」
烈牙様は私の白銀の髪を撫でてくれる。
その声は労わりに満ちた優しい声。
「も、申し訳ありません」
私は烈牙様に謝った。
「何を謝る必要がある? 真雪は何も悪くない」
「いえ。異変に気付いたのに報告もせず……」
そうだ。あの時一人で部屋の確認をしようとしたのは間違った判断だ。
異常を察知したら主人か兵士に報告するのが侍女として正しい行動だったはず。
しかし烈牙様は私を怒ることはなく静かな声で話しかけてくれる。
「そうだな。これからは私に一番に報せてくれ。そうでなければ私は二度も……」
「烈牙様?」
「いや。何でもない。真雪が無事で良かった」
烈牙様は抱きしめる腕に力を込める。
そのぬくもりが私に安心感を与えてくれた。
ああ、私はいつも烈牙様に護られてばかりだわ。
もっとしっかりしなければ。
それにしてもあの男は何者だったのかしら。
「烈牙様。あの者はいったい…」
「誰の手の者かは分からないが何か盗み出そうとしたのかもしれないな。警備の兵士の交代時間を狙ったようだ」
「烈牙様のお命を狙った暗殺者では?」
「いや、あの程度の腕前ではプロの暗殺者とは言えない」
そんなことが分かってしまう烈牙様はいったいどれだけ命を狙われてきたのだろうかと疑問に思ってしまう。
私はようやく身体も心も落ち着く。
あれぐらいのことで動揺していたら烈牙様の侍女は務まらない。
しっかりするのよ。真雪。
「助けていただいてありがとうございました。もう大丈夫です」
「無理はするな。まだ顔色が悪い。真雪を危険に晒したことについては謝る。すまなかった」
「いえ。烈牙様が謝ることなど……」
「どうかこの件に懲りて侍女を辞めると言わないでくれ」
烈牙様は真剣な表情だ。
私は烈牙様の全てを受け入れる覚悟がある。
烈牙様の傍にいることは危険もあると実体験したいい機会だと思えばいい。
「はい。私は烈牙様の侍女を辞める気はありません」
「そうか。ありがとう。今日は夜の酒の用意はしなくていい。ゆっくり自分の部屋で休みなさい」
「はい。そうさせていただきます」
「部屋まで送っていく」
烈牙様は私を部屋まで送ってくれた。
私は自分のベッドに横になり息を吐く。
これでは侍女として失格だわ。
少なくとも烈牙様のお傍にいるつもりならもっと強くならなければ。
護られてばかりでは前世のアリシアと同じになってしまう。
私はアリシアを超えた存在になって烈牙様を支える存在になりたい。
そして烈牙様にアリシアではなく真雪を愛してもらうのよ。
私はギュッと拳を握り締めた。




