48 アリシアの死因
私と烈牙様は魔王様の私室に来た。
扉をノックすると入室許可が出る。
烈牙様が扉を開き部屋に入ったので私もそれに続いた。
「烈牙。よく来たな。お、真雪もちゃんと連れて来たようだな」
魔王様は上機嫌で私たちを迎えてくれた。
魔王様の私室はいくつもの部屋に別れているが私たちが招かれたのは第一の間と呼ばれる来客接待用の部屋だ。
大きなソファに魔王様は座っている。
紫の髪に烈牙様と同じ赤い瞳。顔立ちは烈牙様と少し違うが美形な魔王様。
そして纏う雰囲気は支配する者が持つ独特のものだ。
王者のオーラと言うべきか。
「兄上。忙しいですからお茶会は短くお願いしますよ」
「分かってるって。おい、お茶の準備をしろ。真雪もこちらにおいで」
魔王様は侍従にお茶の準備を言いつけて私を呼んだ。
烈牙様と共に私は魔王様の向かい側のソファに座った。
「これはこれは美しいな。真雪が社交界に出たら男どもが列をなしてダンスの申し込みをするだろうな」
「ありがとうございます」
魔王様に褒められて私はお礼の言葉を述べる。
たとえお世辞でも美しいと言われれば悪い気分にはならない。
「真雪が美しいのは私が一番知っています。兄上も真雪に手を出さないでくださいね」
烈牙様は魔王様を牽制するような言葉を使う。
実の弟とはいえ魔王様が烈牙様の態度を咎めるのではないかと私は心配するが魔王様は苦笑いをしただけだった。
魔王様には何人もお妃様がいるがお妃様は何人までと決まっている訳ではない。
望めば魔王様が私を新しい自分の妃にすることは可能だろう。私には魔王様の要請を断れる力はない。
だけど烈牙様の言葉を聞いている限りは私が魔王様に妃にと望まれても私が嫌がれば烈牙様が反対してくれるだろうと予想できる。
たとえ烈牙様の心に私がいなくとも烈牙様はお優しい方だから私の意思を大切にしてくれるに違いない。
「分かってるって。お前は昔から自分の女のことになるとどんな無茶もするからな」
魔王様の烈牙様の自分の女というのはアリシアのことね。
烈牙様はアリシアのためにそんなに無茶なことをしていたのかしら。
私がアリシアの頃は今よりももっと烈牙様のやっている仕事などの内容を知らなかった。
人間だったアリシアに心配させないように烈牙様が隠されていたのだろう。
そしてアリシアだった私も自分から「魔族」というモノを知ろうとする努力を怠った。
本当に烈牙様を大事に想うなら魔族である烈牙様を理解しなければならなかったのに。
そう思うと私に後悔の念が押し寄せる。
「別に無茶なことなんてしてませんよ。当時はアリシアとの生活を優先しただけです」
「家に早く帰るために反魔王派の最大のアジトをたった一人で壊滅させたことが無茶じゃないというのか?」
「昔の話です」
なんですって。反魔王派の最大のアジトに一人で乗り込んで壊滅させた?
なんて無茶なことを。
「魔公爵様。そんな無茶なことをしたんですか!?」
私は驚いてつい烈牙様を問い詰めてしまう。
魔公爵である烈牙様を侍女の私が問い詰めるなど不敬なことだ。
しかし私の不敬を烈牙様は咎めず溜息をついて答えてくれた。
「アリシアとの結婚記念日に食事をする約束をしていたのだ。だから援軍の到着が遅れると聞いてそれなら自分だけで壊滅させようと思ってな」
そんな約束を守るためにその身を危険に晒したの?
冗談じゃないわ。ケガしたら大変じゃない!
いえ、ケガだけで済まないことだってあるのに!
烈牙様は魔力が強いと言っても不死ではないのだ。
「そんな無茶なことは二度としないでください!」
私はつい大きな声を出してしまった。
烈牙様は私の剣幕に少し驚いたようだが私の頭をポンポンと宥めるように軽く叩く。
「分かった分かった。今は無理なことはしない」
「本当ですか?」
「ああ、約束する」
「ハハハ、烈牙は真雪にも尻に敷かれているようだな。まるでアリシアが生きていた頃のようだ」
私と烈牙様のやり取りを見ていた魔王様は大笑いする。
だが私はアリシアの名前が出たことに緊張した。
私がアリシアの生まれ変わりだということは悟られてはならない。
そこに侍従たちがお茶を淹れてお菓子も持ってきてくれた。その後魔王様は人払いをする。
魔王様は紅茶を一口飲んで烈牙様に視線を向けた。
「お前はだいぶ真雪を気に入っているようだが正妻にするつもりはないのか?」
「またその話ですか。真雪には想い人がいます。私が妻に迎えることはありません。真雪にも失礼です」
烈牙様の言葉に私は内心溜息をつく。
だからその想い人は貴方なのよ。
私が想い人は烈牙様だと話したら烈牙様は私の想いに答えてくれるのだろうか。
「それに私はアリシアを生涯愛すると約束したのです」
ああ、アリシア。貴女はまだ烈牙様の中で生きているのね。
でもアリシア。いつか貴女から烈牙様を解放してみせるから。
「だがアリシアはもう亡くなったしお前の子供たちも成人してそれなりの人生を歩んでいるだろう。そろそろ新しい恋人を見つけてもいいのではないか?」
魔王様は私が言いたかったことを烈牙様に言ってくれる。
「アリシアが死んだのは私が一番知っていますよ。兄上」
「アリシアだってお前に幸せになってもらいたいはずだ。他の者を愛しても彼女なら許してくれると思うぞ」
魔王様。よく言ってくれたわ。
そうよ。アリシアは死んだの。烈牙様は新しい人生を歩み出すべきだわ。
そしてできればその新しい烈牙様の人生に真雪として寄り添っていきたい。
「おそらく兄上の言う通りでしょう。彼女は私が新しい女性を好きになっても許してくれるでしょう」
「なら問題はあるまい」
烈牙様はチラリと私を見た。
「私は二度も愛する者を失いたくない」
「それは分かるがアリシアは人間だったし寿命や病気というものはどうしようもないからな」
「アリシアの死因は毒殺です」
「え!」
私は思わず驚きの声を上げた。
自分は病死だと思っていた。
私は誰かに殺されたの?
いったいなぜ?
「本当なのか? そんなことはお前言ってなかったじゃないか?」
「ええ。アリシア本人も知らないことです。私の妻でなければアリシアはもっと生きられた」
「犯人は分かったのか?」
「犯人は自害しているのを発見しました」
「そうか」
魔王様は渋い顔をしている。
だけど私は混乱していた。
私の死因が毒殺だったなんて。
でも私が魔公爵夫人であることを不満に思っていた者たちはいたはずだ。
魔王様の次に高位とも言われる魔公爵の妻が人間だったことは普通の魔族であれば嫌悪の対象になって当たり前なのだ。
自分が思っていたよりも魔族からアリシアは厭われていただけ。
私はギュッと唇を噛みしめた。
「それでお前は妻を持たぬと決めたのか」
「はい。兄上。私に愛する者が仮にできたとしてもその者を妻にすればまた狙われることになる」
「だが真雪を囲っているだけでも真雪が狙われることはあるだろう」
「分かっています。真雪のことは全力で守ります。彼女には私の虫よけのための手伝いをさせていますから」
「なるほど。愛人のふりをさせているのか」
「ええ」
「真雪。お前は烈牙に愛人のふりをしろと言われたのか?」
魔王様は私に確認してきた。
今の私は烈牙様を身分だけで判断する女たちから烈牙様を護ることなので私は頷く。
「はい。主を毒牙から守るのは当然だと思っています」
「そうか。このことは我々だけの秘密にしよう」
「そうしていただけると助かります。兄上」
烈牙様は魔王様に頭を下げた。
「事情は分かったが社交界ではだいぶお前に新しい女ができたという噂が広まっているぞ」
「分かっています。麗華王女にも言われましたしね」
烈牙様は先ほどの麗華王女のことを思い出したのか不愉快気に眉をひそめる。
「麗華は美人だし魔力も高い。まあ、今はお前の想いを聞いて無理強いはしないが麗華を正妻にと考えてもいいのではないか?」
魔王様はお菓子を摘まみながら言う。
まったく魔王様はあの麗華王女の性格のキツさを分かっていないのかしら。
身分や魔力の高さで伴侶を選ぶような烈牙様ではないはず。
「確かに麗華王女は身分も魔力も魔公爵夫人としては申し分ないでしょうがあのような性悪娘はたとえ兄上の推薦でもお断りします」
「そうか? 麗華はそんなに性格悪いかなあ」
魔王様は首を傾げている。
そういえば颯が麗華王女は魔王様の前では猫を被っていると言ってたわね。
だから魔王様は麗華王女と烈牙様をくっつけようとしたのだわ。
魔王様にとっては麗華王女は可愛い娘なのかもしれない。
「麗華は私の正妃の唯一の子供だからな。結婚相手は慎重に決めなければならない。その点魔公爵夫人になるのはちょうどいいと思ったのだが」
「それこそ迷惑だと何度も言っているでしょう。私に結婚願望はありません」
烈牙様はハッキリと断った。
そうよ。麗華王女と結婚したって烈牙様は幸せになれないわよ。
でも私も貴族の端くれだから分かる。
王族や貴族の結婚は時として本人たちの意思は無視されることも多い。
いわゆる政略結婚だ。
魔王様の娘を正妻に迎えれば烈牙様と魔王様の繋がりはより深くなり魔王様の治世はさらに盤石になるだろう。
「まあ。私からはこれ以上は言わないが麗華はお前を好いているから麗華から猛アタックされても仕方ないと思えよ」
魔王様の言葉に烈牙様は溜息をつく。
「分かっています。麗華王女が兄上に言われたぐらいで私との結婚を諦めないことは」
「それならいいが。まあ、麗華は正妃の子供だから穏便に済ませてくれよ」
「それは麗華王女しだいですね」
烈牙様はギロリと魔王様を睨んだ。
魔王様は睨まれても怯んだりしない。そして私に視線を向ける。
「一番手っ取り早いのは烈牙が真雪と結婚することなんだがなあ」
魔王様の言葉に私はドキリと胸が高鳴る。
「だから真雪は妻に迎えないと言ってるでしょう」
それに答える烈牙様の言葉は私の心に無数の棘となって突き刺さった。
分かっていてもハッキリと「妻にしない」と言われると悲しさに襲われる。




