第2話 敵意
「—悪魔が人から人に乗り移ってると。対策が議論されてる。だから見回りを強化してる。」
顔の筋肉が凍りつき、正常に戻らない。
それを見てコンフキウスも目を丸くする。
「恐ろしいよな...。気をつけろよ。フランシス。」
コンフキウスが私の肩をポンと叩いた。
驚いて身構えてしまい、怪訝な顔をされる。
「コンフキウス...。気をつけて。へへ...。」
変な笑いが出た。
「...?」
コンフキウスが首をかしげながら去っていく。
人から人へ乗り移る悪魔とは...間違いなく、私アスモデウスのことだ。
騎士たちに感づかれていたとは...。
しかし引き下がるわけにはいかない。
逆にここは大胆に。
今宵。
舞踏酒場―ラストナイト―に潜り込もう。
そしてタカクワイ王子の情報を聞き出す。
なによりあそこならすぐにでもうまい汁が吸えるはずだ。
ニヤケ顔を抑えながら、傭兵慰労区のほうへ歩みを進める。
______
闇が支配する夜――
とは思えないほどに街が煌々と光る。
慰労とはすばらしい。
かつて傭兵をこき使いすぎて統率が乱れた結果、隣国に領土を奪われた反省から設けられた場所と聞く。
慰労区ができてから、傭兵志願者は急増し国力が回復。
今では隣国もうかつに手を出せない強国になったそうだ。
――そう。
人間を統べるならば、まずは“褒美”をチラつかせること。
欲望が叶うと信じさせること。
それが基本。
そうしてやれば、欲深い人間など簡単に操れるのだ。
「お兄さん!乙女酒場どうですか。」
「―?」
道に立っていた娘が突然声をかけてくる。
私と飲みたいのか。
ふふ。
こんな冴えない男の肉体に宿っていても、この私の魅力は隠せないか。
だが――
「お兄さんー、待ってよー!」
安い娘に興味はない。
私はこれから王になる存在なのだ。
道端の花をひとつひとつ摘んでいても仕方がない。
私が欲すのは、快楽をもたらす女神が際限なく湧いて出る泉。
そして誰もが求め、誰もが失った絶対的権力。
悪魔の寿命を持ってすれば、永久にその席に居座り続けられるのだ。
「ハッハッハッハッ」
高笑いを抑えきれない。
「お兄さんご機嫌じゃんー。けっこう飲んだ?」
なんだまたガールズバーか。
あいにく私は――。
「――!?」
頭にとがったツノ、ねじれた尻尾と尖った歯...。
こいつら...悪魔か!?
やはり私の他にも、人間界に悪魔が――
「あたしサタンたん!ギー!あたしと契約する?なら店は―」
サタン――!?
最恐の悪魔がこんなところに...!?
しかもこんな可憐な娘に取り憑いて...!?
—いかん!
サタンなどと関わっては!
私の魔力など酒の肴にされてしまう!
「悪魔喫茶ごーとぅへる わぁ—」
「わ、私は、関係ない...!」
「えーなんて?」
サタンが間抜けに口を開けている。
無害なふりをしても無駄だ。
私は見抜いている。
お前の邪悪さ。
究極の敵意を—。
私は駆け足で逃げ、なんとかサタンの認識外に出た。
しかし...待てよ。
コンフキウスが言っていた“悪魔”とは、サタンのことかもしれない。
事実私は人間に警戒されるような悪事をしでかしていない。
人間に取り憑き、そいつの色欲を叶えてやったまで。
危険視され対策される謂れはない。
「なんだぁ。」
安心して声が漏れる。
そうだ最初から、私は追われてなどいなかったのだ。
サタンたんとの邂逅に、かえって救われた。
私は私のペースで、人間を陥れていけばいいのだ。
あいつと張り合う必要もない。
そうだ。
自分らしく、生きよう。
心が軽くなると同時に、歩みのリズムも弾む。
やがて足音に覆いかぶさるように、大地を震わす大太鼓の音が近づいてくる。
太鼓の音を、魔術で増大させているのか。
人間は実に滑稽だ。
魔術によって自身の矮小性を紛らわし、力や神秘を演出する。
そんなものは生命力の本質とは程遠いのに。
人だかりの先、舞踏酒場—ラストナイト—の看板がギラギラと輝いている。
腹の底を揺らす音に従い、私は肩を踊らせながら入場口に並んだ。




