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第1話 見回り

人間は、卑しい。

欲望を叶えるためにしか行動しない。

そしてそれは私にとって非常に好都合。


私は色欲の悪魔アスモデウス。

人間の欲の連鎖に身を委ねれば、無限の快楽を得ることができる。

この千年余り、私は数え切れない人間の身体を渡り、その魂をすすってきた。


私を追放した者たちの言葉はハッタリだった。

与えられたこの色欲を上位天使たちは苦しみだと言った。


たしかに最初の数百年は、生きることすら危ぶまれる被差別民として、快楽とは程遠い生活をしていた。

だがひとたび文明側の人間と接触すれば、あとは簡単だ。

その人間の欲望が、私を苦しみからは程遠い“貴い”人間たちのところまで押し上げてくれた。


ついに、ここまで来た。

人間界の支配者である“王”に近づける身分の男のなかにいる。


なんでも王という存在は、望んだものは全て手に入るという。

生きた人間さえも例外ではない。


王の魂に宿れば、二度とあの寒さや飢え、渇きを感じることはない。

私に与えられた“褒美”である色欲を延々と満たせるだろう。


勿論、王の警備は厳重で簡単には近づけない。

自分の存在が明るみに出れば、魔術師たちに追われる身となる危険もある。


この世界の魔術師は、神秘解明のためならどんな卑劣な手段も厭わない狂人どもだ。

人間界に迷い込んだ神獣が、魂であるツノを抜かれたという噂も聞く。

王に直接取り憑くのは得策ではない。


ところがなんと、神がお膳立てしたかのような状況に恵まれている。

王の息子・タカクワイ王子が夜な夜な傭兵の慰労区に出入りし遊び呆けている。

その乱れっぷりは酒呑童子(しゅてんどうじ)と呼ばれるほど。


慰労区はこの軍事国家の要と言える傭兵を労い、明日の戦いの士気を高めるために国が整備している区画。

夜通し明かりを絶やさず、酒、賭け事、踊り、あらゆる娯楽が傭兵たちを誘惑する。

まさに人間の欲深さを煮詰めたようなおぞましい場所だ。


そしてその慰労区なかで最も人間が過密に敷き詰められる場所が、『舞踏酒場―ラストナイト―』。

あのごった返した舞踏広間(フロア)でなら、タカクワイ王子の唇を奪うことは容易いだろう。


そう―、憑依に必要なのはたった一度のキス。


なんと簡単な条件だろう。

おかげで極貧から貴族にまで上り詰められた。


「ははッ」

王子の身体を乗っ取った後の想像をして、ニヤけ顔を禁じ得ない。


いかんいかん。私は気品漂う貴族の紳士。

まずは、このむさ苦しい男の肉体から、美しい娘の肉体に乗り換えなくては。


どの娘にしようか。

私は目を細めて庭で優雅に過ごす令嬢たちを見回す。


「フランシス?」

「わっ!」

舌なめずりをしかけたところで、気配もない男が話しかけてくる。


宮殿の平和な景色にそぐわない長すぎる剣を二本も背負った黒騎士。

まっすぐな瞳でアスモデウスの宿主―フランシスを見る様子は、ふたりの親交を感じさせる。


「お前は...」

「僕は見回り中さ!フランシスも、見回りかい?騎士団を退団しても、その正義感。同期として誇らしいよ。」


宿主フランシスの脳内を探り、この黒騎士の名前を引っ張り出す。

ギラファ―ではなく、コンフキウスか。

剣の湾曲がほとんどないところで判断できる。


騎士なら傭兵慰労区事情にも詳しいはず。

王子について、少しでも聞いておこう。


「なあ、タカクワイのことだが―」

「タカクワイ?ああ。彼は本当に凄い。先日もひとりで前線に立ち往生して、敵軍を返り討ちにしたって。」

ん...?あの酒呑童子、そんなに強いのか。


「鬼術・百鬼夜行...一度だけ見たことがある。あんな動き見せられたら、敵も戦意を喪失するだろうね。」

ほ、ほう...。物騒な技を使う王子なんだな...。


「彼の存在、彼がやがて僕らの王になるのが心強いよ。8年前の開戦から、戦いは激化する一方だ。それに―」

「タカクワイの、夜の方は...?相変わらずかね?」


少々強引に話を戻しすぎた。

コンフキウスが怪訝な顔をしている。


「...あ、ああ。そうだね。毎晩、舞踏酒場通いらしい。僕もあそこは苦手だよ。フランシスもだろ?」

「...ん!そ、そうだ。そ...うだったんだが。少し様子を見に行ってもいいかと思ってな。王子のことが心配で。」


一騎当千の王子が心配な、騎士崩れの貴族とは...我ながら苦しい発言。


「そうだよな。僕も心配だ...。」

「お気に入りの娘とかは...いるのかな?」


コンフキウスが口元を引きつらせる。

落ち着け私。

千年かけてここまで来たんだ。

ここでボロを出してどうする...!


「お気に入り...とかはわからないけど、タカクワイは一度口説いた女とは二度と会わないとか...言ってたよ。ミラビリスが。」

「そうなんだな...。」

平然を装う...が。


一度口説いた女と会わない...!?

なんと強欲な鬼子...。

しかしこれは耳寄り情報。

逆に楽しみだ。

やはりそれほど女に困らないというわけだ。


コンフキウスがチラチラとこちらを見てくる。

私の表情が、可笑しいか。

溢れる期待を、抑えられていないか。


仕方ないだろう。

こんなに色欲の悪魔にぴったりの物件はお目にかかれない。


「でも、本当に心配さ。そんなに遊び回って。」

コンフキウスが真剣に話すのが滑稽だ。

必死に笑いを堪える。

「どうして。病気とかか?」


一瞬考え込み、コンフキウスが口を開く。


「いいや、悪魔が人から人に乗り移ってると。対策が議論されてる。だから見回りを強化してる。」


――!!!!!

悪魔が――!?

乗り移ってる?


目を剥いた私の顔を、コンフキウスが覗き込む。

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