プロローグ
白い肉体か、眩しい反射か、光そのものか。
波打つ透明な絨毯は、視界の奥のそれに続く。
「大天使アシュエル。お前は罪を犯した。」
光源から放たれた声色が天に響き渡る。
ひとりの天使への断罪が、この世界に棲むすべての存在に公開される。
「主の名の下に、お前を天界から追放する。」
「そんな...私は人間を深く知り、相応しい処置をしたまでです...!」
アシュエルが乱れた髪を振り乱し弁明する。
長いまつげを携えた切れ長の目が屈辱に歪む。
「それが、禁忌なのだ。」
「世界の営みに、お前の判断など不要。」
「今日を持ってお前は—堕天となる。」
偉大な上位天使たちが口々に畳み掛ける。
「主よ!私は貴方様に忠実にお仕えしてきました。人間を視る勤めを果たしたまでです。」
この世のあらゆる存在の主。
すべての創造者。
姿の見えない主人に、アシュエルが訴える。
「―実に立派だ」
慈愛に満ちた声が天界に響き渡る。
「ああ、主よ...やはり慈悲を...。」
主人の声色に希望を感じ、アシュエルが口を広げる。
「この者に、与える褒美は...?」
最上位の天使が光の中に語りかける。
「——色欲を。」
光の奥から青い筋が伸び、アシュエルに突き刺さる。
「ああ、そんな...。」
身体がみるみる重くなり、後頭部が下方に引かれる。
「天使アシュエル、お前を含む全存在がその名を忘れ、二度と戻ることはない。」
「お待ちく...!」
身体が重くなると同時に、腹のなかに熱を持った異物が生じたことに気づく。
「なんなの...。」
「穢らわしい。すでに渇望が湧き出ている。」
天使のひとりが吐き捨てる。
「いやっ、いやです!私は大天使アシュエル!世界に生...」
「もう気づいているだろう。お前は悪魔となった。」
輝きを放っていたはずの身体が青黒く変色し、ただ重力のままに落下していく。
「さらばだ。アスモデウス。果てない劣情に苦しむがいい。」
大天使たちが平然と、かつての仲間の堕天を見下ろす。
悪魔の影が遠ざかり見えなくなると、何事もなかったかのようにそれぞれの持場に戻っていった。
_______
「ぎゃあ―ぎゃあ―。」
人間界の片隅、誰も見守らない馬小屋のなかで、赤子が誕生した。
まだ幼い母親は、血にまみれた赤子を抱くこともなく息を引き取った。
(寒い...。寒い...。身体が動かない。)
赤子の脳内で、アスモデウスが叫ぶ。
口から言葉は発せられず、獣のように泣き叫ぶことしかできない。
このままでは命が尽きる。
アスモデウスはそれを無意識に感じ取り、より大きな声で泣き続けた。
この命の先にさらに惨めな欠乏が待つことを、色欲の悪魔はまだ知らない。




