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第3話 竜舌

煙が立ち込める舞踏広間で、人々が入り乱れ踊っている。

滑稽に身体を揺らす人間たちを真似て身を揺すれば、自然と笑いがこみ上げる。

人々が波のように寄せては返し、私の身体をあらぬ方向に押し流す。


「おっとぉ!あぁ!」

男か女かすらわからない隣人たちと身体をぶつけ合うと新たな流れが生まれ、また別の者と出会う。


「兄ちゃん!ノッてんな!乾杯!」

「えぇ?」

爆音のなかで見知らぬ男が話しかけてくるが、なにを言っているか聞き取れない。


「あぁ!?」

「酒が切れてるじゃねぇか!持ってこいよ!」

男に強引に押し出され、淡く輝く給仕台に向かう。


その道中も、行き交う男女の波に揉まれる。

給仕台までの僅かな距離に、大河を横断するような錯覚を覚える。

「ふぅ...。」


「―タカクワイ、いい女見つけた?」

鼻にかかった女の声を私は聞き逃さなかった。


タカクワイは紛れもない、私が求めた王子の名だ。

声の方向、私の頭の後ろに聞き耳を立てる。


「いいやさっぱり。ラスナイも品切れかな。」

男の軽い声が応える。


この声が...タカクワイか?

王子という程の威厳は感じない。

どこにでもいる若者だ。


「ラスナイ枯らしちゃったら行くとこないじゃんか。」

いるぞいるぞこの私が!

そうか、タカクワイ王子は一度口説いた女は口説かない...早く女の姿に移らなければ...。


「ちょっとお兄さんー!?前進んでっからー!早く注文して。」

女の手が肩に触れる。


振り返ると、長い髪を両肩でふたつに束ねた女が私の顔を覗き込んでいる。

目尻の上がった三白眼がいじらしい。


「え!フランシスじゃん!ほら、タカクワイ、見てコイツ。」

「えっ。」

女が嬉々としてタカクワイのほうに私を押し出す。

まずい...この宿主、タカクワイと知り合いか...?


「あ?フランシス?そんなのいたっけ。」

タカクワイが何食わぬ顔でこちらを見ている。

確かに顔立ちが整って爽やかな印象だが、二重の意味で“百戦錬磨”の風格はない。


「ほら、ウチらの2コ下とかの騎士見習いだった...」

「あーいたかもな。でも俺、人おぼえんの苦手なんだって。わりーな。フランソワ。」


タカクワイが頭を掻いている。

正直なヤツだ。

まあ一国の王子が、こんな騎士になり損なった男を覚えているはずがない。


「にしてもフランシス、舞踏酒場(クラブ)興味あったんだ。ただの真面目ちゃんだと思ってたケド。」

ん...?

このフランシス、堅物だったか。

侍女に憑依していた私に誘惑され、簡単に口づけを許した軟派者なのに。

情けない男だわ。

一応弁明してやろう。


「いやいや、私は、視察に来ているだけだ。傭兵たちの生活を知るのも、貴族の仕事のうち...」

語りながらフランシスの脳内を探り、この馴れ馴れしい女の情報を確かめる。


「へー。貴族ってそんなこともすんだ。大変そう。騎士なら、戦いだけしてればいーのに。」

この女は―ミラビリス。

コンフキウスも一瞬名前を出してた。


女騎士で戦闘狂―と。

...待てよ、少々マズい状況か...?

一騎当千の王子と、戦闘狂の女騎士に囲まれている。


ここは...万が一にもボロは出せない―。

「はい。フランシス。再会の(さかずき)。」

「え。」


ミラビリスが顔を傾け上目遣いで私に手渡したグラスは、そのまま口に入れられるほどに小さい。

赤子の涙ほどの液体が底に溜まっている。


「なにこれカラっぽ...。」

気づけば周囲にいる皆がその小さなグラスを片手にタカクワイを見つめていた。

グラスを配り終え、ミラビリスが私の肩に手を回す。


「今夜のラストナイトはアタシたち騎士(ナイト)の奢りぃ!」

「ウェーーーイ!」

ミラビリスに傭兵たちが歓喜の声を上げる。


「ただしもちろん!奢りはテキーラのみ!じゃんじゃん飲んでこー!」

「ウェーーーイ!」

皆が盃を高く掲げる。


ミラビリスがタカクワイに目配せする。

「よしカンパーイ!」

タカクワイが叫ぶと、皆一斉にテキーラという液体を飲み干した。


「くぅーーー!」

ぎゅっと目を閉じ苦しんでいるのかと思えば、次の瞬間には笑い合っている。


「フランシス。ほら。乾杯。」

「あぁ。」

ミラビリスに促され、私も一息でテキーラを流し込む。


なんだこの焼けるようなのどごしは...。

人間はこんな苦行を―。


ミラビリスは一度ニカっと笑ってから、大きく顔を上げ盃を飲み干す。

シュッとした顎のラインと喉の動きに私は目を奪われる。

顔を戻すと同時に開かれる長いまつ毛が妖艶に映る。


「ハァ〜〜キマる。」

ミラビリスはまだ私の肩に腕を回している。

首筋に触れている彼女の二の腕がひんやりと気持ちいい。

鼓動の高鳴りに、遅れて気づく。


「ミラビリス。」


この娘だ。

今夜の私の宿は。

私は目を閉じ顔を近づける。


「......。」

限界まで顔を突き出しても、私を受け止めるはずの柔らかな感触にたどり着かない。


あれ...?

片目を開けたと同時に、手が引っ張られる。


「フランシス踊るよ!」

ミラビリスの手の感触が心地よく、私は控えめに握り返す。


彼女のもう片方の手が、その更に先を進むタカクワイと繋がれているのが見えた。

心なしかフランシスの身体が重く感じる。


「待ちたまぇ...!」

とっさに出た声が裏返るが、それをかき消す爆音にある種の安心感を覚えた。

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